宝箱に咲いた花

藤咲 沙久

祖母の見舞い


 息子の凛太郎りんたろうを伴って見舞いに行くと、祖母はことほか元気だった。

「お医者先生も大袈裟なんよ。ちょっとアレやらソレやらの数値が高いからって入院やって」

「そんなん言うたかてばあちゃん、去年倒れたとこやんか。みんな心配してるんやで」

「アホ、アタシは凛太郎がお嫁さん連れてくるまで死なれへんわ」

「それ俺ん時も言うとったやん。頼もしいし嬉しいけど、いつまで更新する気なん」

 当の息子──祖母からするとひ孫──はまだ幼稚園児、さすがに無茶な話だ。とはいえ、この歳で痴呆もなくしっかりしているのは本当に有難かった。手先の器用さを活かして趣味を広げているのが良いのかもしれない。一緒に住んでいた頃はよく、折り紙を教わっていたものだ。

 懐かしさに浸っていると、祖母が不思議そうな顔をしていた。どうやら俺ではなく、いつもに増して静かな凛太郎に対してらしい。

「なんや凛太郎、病院やからて緊張しとるんか?」

 祖母の問い掛けに力一杯首を左右に振る。同時に、大事に抱き締めていた平たい箱がシャカシャカと音を立てた。

「ちゃうねん、ばあちゃん。ほら凛太郎、大きいばーばに渡したり。よう落とさんかったな。偉いで」

 こっくり頷き、少し背伸びをして凛太郎は箱を差し出した。元々は菓子が入っていた紙製で無地のものだ。随分軽いそれを受けとると、祖母はますますきょとんとした。

「自分で持ってくって聞かんくてな。落としたらあかんでって言ったら、もう必死で抱え込んどってん」

「そら頑張ったなぁ凛太郎。開けさせてもらうで……、……、綺麗や」

 ──アサガオ。バラ、チューリップ、ヒマワリ、ダリア。箱の中にはカラフルな花たちが溢れんばかりに咲き誇っている。それらはすべて折り紙で出来ていた。驚きながらも一つ一つ手に取り、はああ綺麗、綺麗と祖母は繰り返した。

「とうちゃんが、大きいばーばに折り方教えてもらったって。ぼくにも教えてくれてん」

「そおか、そおか。凛太郎すごいな、もうこんなん作れるんか。慎太郎しんたろう、アンタも教えたんは小さい時やったのに、よお覚えとったなぁ……綺麗やわぁ」

 無事に届けられた達成感と褒められた嬉しさで、凛太郎が自慢げに胸を張る。父として、また孫として、なんだか自分も喜ばしい気持ちだった。

「前にばあちゃんがウチに送ってくれたブリザードフラワーあるやん、箱ん中に並べたるやつ。凛太郎がえらい気に入ってな、同じもん作って大きいばーばにあげんねんって。で、これや。中々ええ案やろ」

 小さかった頃、すいすいと器用に様々な花を咲かせる祖母がとてもカッコよく感じた。今の祖母を見ていると、あの時の自分もこんな笑顔だったのかもしれないと思う。

 そうやって思い出を重ね合わせ、当時からお年寄りだったはずの祖母も、さらに歳をとっていたんだなと改めて気づかされた。

「ええもんもろた、ホンマありがとうな凛太郎。入院した甲斐があったわ」

「なに言うてんねん。現金やな」

「大きいばーば、いつでも作ったるよ」

 にこにこ笑う息子と、祖母。大切な記憶と時間。折り紙の花たちに二人の笑顔が添えられたことで、無地で無愛想だったはずの箱が宝箱のように輝いた気がした。

「……ばあちゃん。いつまでも元気でおってな」

 俺は心からそう思った。

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宝箱に咲いた花 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

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