KAC20243 彼女がくれた箱

久遠 れんり

彼女は泥沼へと誘う

 私は、思井清深おもい きよみ

 先輩に恋をしている。


 先輩は、私の教育係になった時から、優しく接してくれて本当にいい人。

 でも、二年経っても、私はこの思いを告げる事が出来ていない。


 そう、最初に係長から紹介されたときから、いい人だと思った。

 そして、一緒に外回りや、工場を回りその中で見せる対応や、相手からの信頼。

 あるとき、外回り中に昼食を取り、その中でおどけるように彼女がいないのか聞いたの。

「今は居ない。学生の時にはいたんだけど、別れてしまった」


 先輩の彼女は良い子だったけれど、付き合いが長くなり優しさに甘えて、好き勝手したみたい。


 浮気までされたときに、流石に我慢が出来ず別れたって。

 この話は、教育係が終わるとき、飲みに言って聞いた話。

 私も、その時にどさくさに紛れ、告白した方が良かったのかも知れない。


 でも、なんとなくきちんと告白を言って欲しい。そんなこだわりが私の行動を止めてしまった。


 そう子供の時からの思い、相手から告白をしてほしい。

 むろんそこまで良い女だとは自身でも思ってはいない。

 でも。そうでもなの。憧れ。


 そんな事が引っかかったまま、二年の月日が流れてしまった。


 先輩が一緒の時には、人が良かった他社の担当さんも私一人だと説明にすら入らせてもらえない。

「昨今、営業さんでも二人だけで会うのはばかかられるから」


 そう、よく聞かされる言葉。

 話をするだけで噂になる。

 そんな、最近の常識。ハラスメントが起こるかもしれない場面を、皆が敬遠する。

 つまり、社会全体で性善説。人に対する信用が無くなった。


 関わりは希薄化して、注文が欲しいならネットで。

 必要になれば電話をします。


 でも、うちの会社が、どんな物を扱っているのかすら説明出来ない状況は辛い。

 自社工場で作る特別な部品。

 似たようなものは安い海外製品だって存在する。

 その違い。売りを説明させてもらえない。


 情けないが、先輩にお願いをしに行く。

「そうか、最近厳しいからなぁ。じゃあメーリングリストで、定期的に情報を流して、時間が決まればテレビ会議をする事ができるように、今までの顧客には頼んでみよう。自分で自分の首を絞めるかもしれないが、繋がりは持てる。その間に新規開拓を。でも、危険は危険。昔ハラスメントが多かったのは確かだし。飲みに行くときに相手と二人はやめてね」

「はい」


 そんな優しいアドバイスは、先方にも受けた。

 そうして、成績も多少だが上がり始めた。

 バレンタインも車内では禁止されたため、先輩の誕生日に決心をしてあるものを渡す。


 綺麗な小箱に、合鍵。

 バカみたいだと思うけども、もう我慢が出来ない。


 憧れに対するこだわりよりも、実を取る。

 付き合いの中で、言ってもらえれば良い。


 そう思って、先輩に渡す。

 ラッピングをした、思いを乗せた箱。

「お誕生日。おめでとうございます」

「うん。ありがとう。開けていい?」

「はい」

 だが当然、先輩は困惑をする。


「ええと、これは?」

「うちの合鍵です。二四時間お待ちしています」

「それって。告白だよね」

「――そうです」

 答えながら、耳まで赤くなるのがわかる。


「ごめん。今付き合っている彼女がいて」

「えっ。いつから。前にいないって」

「そうなんだけど、クリスマス前かな、彼氏に振られたって相談を受けて、彼女と」

 そう言って、横手まどかよこて まどかを指さす。


 愕然とする。

 彼女は私の思いをしているはず。


 そう言えば、前に相談したとき、「言われてみれば優良物件かも」などと言っていた。

 ならば、私も負けない。

「結構です。さっきも言った通り、二四時間お待ちしています。これは持っていてください」

 そう言って彼女は、こちらに気が付いた、まどかに聞こえるように宣言する。


 こうして、女の子二人による争奪戦が始まった。

 オロオロした振りをしながら、腹の中では大笑いをしていた。


 ぼく駒瀬槙葛弥こませまき くずや

 彼女達が思うほど、いい人ではない。

 それは自身でも分かっている。


 中学校、いやもっと昔、自分の動き行動で人の行動が変わる。

 それに気が付き、試し遊んできた。


 同時に二人か、今まで無かったパターンだが、試してみよう。

「じゃあ一応。ありがたく預かるよ。でもね、これは賃貸会社のものだから、出るときには返さなきゃいけない。複製品をくれないか?」

「ありがとうございます。頑張ります」


 向こうで、まどかが睨んでいる。

 帰りには、「どういうつもりよ」と詰められるだろう。

 そしたら、「会社のあの場で、彼女を泣かせるのか?」 でも言えば良い。

「きちんと説明して、断るから」そう言えば、おばかなまどかは、納得をするだろう。


 だけど、当然そんな事はいわず、もう一度、まどかがじれれば、それは弱みになる。

 彼女と自分。どっちが良い子だろう。とか囁いてみるか。

 清深ちゃんは放っておいても、まどかに勝つため頑張るだろうし、その間に教育をしよう。素直な彼女なら受け入れるだろう。


 ――面白くなってきた。

 ぼくは彼女達に、顔に浮かび上がる心を見せないように、その場を後にする。

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KAC20243 彼女がくれた箱 久遠 れんり @recmiya

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