崩れたケーキ
理猿
崩れたケーキ
生クリームが箱の内側にベッタリとついている。
二対のショートケーキは寄りかかるように崩れていた。
箱を覗き込んだミナミがはっきりと顔を顰める。
「……揺らしたでしょ、これ」
「いやいや、そんなことはない。こんな風に慎重に運んできたんだ」
「じゃドアを開けたとき息が上がってたのはなんで?」
迫真の身振り手振りを彼女に披露しているのもお構いなく彼女は詰問してくる。
「え?」
僕はなんとも情けない体勢で一時停止を余儀なくされた。
「気づかないと思った? 走ってきたんでしょ」
ミナミの背後で流れるテレビの画面が切り替わる。日付が変わり零時のニュース番組が始まった。画面に映る壮年のアナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
彼女は昔から何でもお見通しだ。ここでいくら取り繕っても無駄だろう。
「……記念日、間に合わせたかったんだ」
ミナミが短く息を吐く。
「この歳になって記念日もなにもないでしょ」
「今年は特別だろ!」
「間に合ってればその言葉、カッコよかったけどねえ」
ぐうの音も出ない。
彼女が両の手を二回叩く。
「ほら、早くスーツ脱いでさっさとお風呂入って。ご飯は?」
「……食べてない」
「じゃあ、温めとくね」
「……ありがとう。……ん? ……! なんだ?」
地面が大きく揺れる。ミナミは短い声を上げバランスを崩した。慌てて彼女へと駆け寄り肩を支える。
カーテンの隙間から遠くでなにかが光ったのが見えた。
「おいおい、またかよ!」
「……倒してきたんじゃなかったの? さっきまでニュースで――」
テレビから不快なテロップ音が流れる。「臨時ニュース」という文字の下に「怪獣襲来。ただちに近くの避難所へ避難してください」と書かれていた。
先程までと打って変わってアナウンサーは凄まじい形相でこちらへ避難を呼びかけている。
「……ごめん、行かなくちゃ」
「なんで謝るの?」
「だって――」
言い切る前に、彼女が人差し指をこちらの唇に当てる。
「こんなことでいちいち謝られてたらヒーローの嫁なんか務まらないでしょ」
「――うん! ありがとう、すぐ帰って来るから」
ミナミは「それでいい」とでも言うように強く頷いた。
「気をつけてね。
ちゃんとしたケーキ買ってくるまで、死んだら許さないんだから」
そう言ってミナミは箱についたクリームを指で掬い、ぺろりと舐めた。
崩れたケーキ 理猿 @lethal_xxx
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