【KAC2024】まだ何かに使えるかも知れない

ポテろんぐ

第1話

 子供の頃、僕を一番ワクワクさせたのは箱だった。親が買ってくれたオモチャやゲーム、それを包んでいるパッケージの箱を帰りの車の中で食い入る様に眺めている時、あれが一番ワクワクする瞬間だった。

 家に帰って中身を開けたら、車の中のワクワクはもう無くなって、箱なんて邪魔なだけになる。

 中身のオモチャやゲームで遊んでいるとお母さんに箱を片付けろと怒られて、箱は僕にとって邪魔な存在に成り下がった。


 僕がブー垂れながら箱を捨てようとすると、お婆ちゃんがやってきた。


「その箱捨てるのかい?」


 そう言うと、箱を潰している僕から箱を貰って行った。


「何に使うの?」

「まだなんかに使えるかも知れんから、とっとくよ」


 そう言って、お婆ちゃんは潰した箱を丁寧に取り畳んで押し入れの中にしまった。押し入れの中には大量の捨てないでとってある空き箱があった。

 お母さんがお婆ちゃんがいない時に、掃除をしながらそれを見て文句を言っていた。それがなければコタツでもなんでもしまえるくらいの広さはあったと思う。


「何かってなんだろう?」


 子供の時の僕はそう思った。


 結局、その「何か」はついに訪れる事なく、お婆ちゃんは死んでしまった。



 僕は箱みたいな人間だった。

 顔が少し良いから、たまに女性が付き合って欲しいと、向こうから言ってくる事があった。

 でも、しばらくすると「一緒にいても面白くない」と言われ、すぐに別れた。

 僕は人と話すのが苦手だった。そのせいで人の居るところにはなるべく顔を出さずにいた。

 そうすれば、結局、人生経験のない中身のない人間が出来上がる。

 

 どこに行っても最初は期待されるが、次第に期待外れだったと分かり、最後には相手にされなくなる。

 小さい頃、僕がおもちゃの箱に強いていた待遇を僕が受けるようになり、自分は箱のようだと思うようになった。


 中身の入っていない空っぽの箱。

 蓋を開けたらそこまで、それからは期待外れというレッテルを貼られ、捨てられる。

「まだ、何かに使えるかもしれない」と言ってくれる人は僕にはいない。もう死んでしまった。

 それに、そう言ってくれたところで、もう僕は知っている。

「何か」は永遠に来ない事を。


 気付いたら、スーツ姿の僕は橋の欄干に足をかけて、飛び降りようとしていた。何も考えていなかった、体が魔法にかかったように勝手に動いて、自分でも止められなかった。


 というか、朝起きてから夜の今までの記憶が一切無い。


「おい! 君、止めろ!」


 遠くから誰かの声がした。

 足元にさっきまで僕がいた橋が見えた。僕は頭から冬の川の中に飛び込んでいた。


 背負っていたリュックや水を吸ったスーツの重みで僕はどんどん沈んでいった。苦しいけど、全身に冷たい水が沁みて、どんどん体が楽になって行った。


 その時、大きな気泡が沈んでいく僕の近くで弾けた。


 次の瞬間、僕は物凄い強い力で引っ張られた。そして、水面に無理矢理突き出された。


「おい! おい!」


 耳元で人の声がする。僕は顔を何発も殴られた。


 僕は死に損なった。



 僕を助けてくれた四名はみんな同じ作業着を着ていた。

 河原で僕は無理矢理服を脱がされ、彼らが持っていたその工務店の着替えを着せられ、暖房をガンガンに炊いた車の中で毛布に包まされた。


「病院行くか?」


 その中のリーダーらしき老人さんが僕に聞いたけど、僕は何も答えずただただ震えていた。

 その人達の会社に連れて行かれ、僕は暖をとった。


 話せるくらいまで回復すると、老人さんが僕の隣に座った。


「何で死のうなんてするんだ。そんなに若いのに?」


 僕は今までの人生を老人さんに話した。老人さんは相槌だけで、ずっとニコニコ聞いていた。


「何にも無いんです、僕には」

「そんな事ねぇだろ。何にも無いやつなんているか」

「本当に何にも無いんです。僕は本当に中身のない空っぽの箱なんです」


 老人さんは何も言わなくなった。

 ただ、怒っているようには見えなかった。


「ランドセルってよ。すげえって知ってるか?」

「は?」


 老人さんの急な話に僕はキョトンとした。


「俺はな。勉強全然できなくて、教科書も全部、学校に置いててよ。毎日、ランドセル空っぽで登校してたんだよ」

「はぁ」

「俺もみんなに言われたよ。何やってもダメなやつだって」


 僕は老人さんがニコニコしながらそう言っているのを見た。日焼けした肌に完全に老人さんに馴染んでいる作業着。とても何もない人には見えなかった。


「俺も川に落ちたんだよ。小学生の時」

「え! 大丈夫だったすか?」

「大丈夫じゃ無かったら、ここにいねぇだろ」

「ああ、確かに」

「なんで助かったか、知ってるか?」


 老人さんは自慢げにパンパンに膨らんだ浮き輪を僕に投げた。


「そん中は何か入ってるか?」

「え? 空気、ですか?」

「それ見て『何もない』っていう奴はいないだろ?」

「ああ、はい」

「俺が川に落ちて助かったんは、ランドセルに何も入ってなかったから、中の空気が浮き輪になって命拾いしたのよ」


 老人さんはフフって笑った。


「凄いだろ、空気って? 何にもないおかげで命が助かったんだ」

「はぁ、確かに」


 その後、老人さんに夕飯をご馳走になった。


「また死にたくなったら俺に話に来い」


 別れ際、老人さんは僕にそう言った。


「俺も何もないからよ。他人よりは人の物を入れる所が多いからよ」


 そう言って、老人さんは笑っていた。



 帰り道。

 いつも何とも思っていなかった貸し倉庫が目に入って来た。他にも駅のコインロッカー、ゴミ箱、体育館……何にもないから人の役に立ってるものは街にもいっぱいあるのに気付いた。


 その後、会社を辞めて、カウンセラーの資格を取るために勉強に専念するべく実家に帰る事にした。

 お婆ちゃんの部屋に入ると、押し入れに空き箱が山のように置いてあった。


「あーなんかそれ捨てようとすると『何かに使える気がして』捨てられんのだわ」


 しばらく実家を離れていた間にお母さんがお婆ちゃんに似て来ていた。


 久しぶりに空き箱を見ると、小さい頃遊んでいたオモチャの箱が大量に出て来て懐かしい気持ちになった。

 もう、本体は捨ててしまったが、お婆ちゃんのおかげで箱を見るだけで、子供の頃のことを思い出し、母としばらく話していた。


 箱を見るだけで、車の中のワクワクが戻って来た。


 お婆ちゃんが言っていた『何か』がやっと僕の元に現れた。













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