第74話

 蟻臣ありおみが去ってから、美蘭みらんは対戦相手もなく妖剣の素振りを始めたが、張り合いのない単調な練習は続かなかった。そんな時、玄理くろまろから念が送られて来た。

美夜部みやべ物部もののべの情報を得た。簡潔に話す』

 玄理くろまろはそう前置きして、得た情報を美夜部みやべに伝えた。

『分かった』

 美夜部みやべはそれだけ答えて、念での会話を終えた。

「子狐、理解できたか?」

 まだ融合体の美蘭みらんの姿のままで聞くと、

「うむ。敵はあやかしを使おうとしているのだな? 玄理くろまろは囚われたあやかしを救い出すのだろう? 一番強いあやかしはどうするのだ?」

 と紅蘭こうらんが質問し、

「それはこれから策を練るのだろう。俺たちは玄理くろまろからの連絡を待っていればいい」

 美夜部みやべが答えた。

「うむ!」

「そろそろ合体術を解く」

 美夜部みやべが術を解くと、二人は分離し、それぞれの姿を成した。

「腹が減ったぞ」

 紅蘭こうらんが言うと、

「うむ」

 と美夜部みやべが答えて、

「食事の用意をお願いしたい」

 と控えていたしきに伝えた。

「御意」

 しきはすぐに指示に従い、下がっていく。

「しきってのは便利だけど、何でしきを使っているのだ?」

 部屋へ戻り、紅蘭こうらんが何の気なく聞くと、

「我ら修験者には雑務に時間を費やすことは出来ない。そんな時間があるならば、修行に使う。ここには術者以外は居ない。だからしきに雑務をさせているのだ」

 と美夜部みやべが答えた。

「そうか! 理に適っているな!」

 紅蘭こうらんは納得顔で言った。そんな彼を見て美夜部みやべが微笑む。先日は合体術を解いた時、紅蘭こうらんは妖力を使い果たしてしまったが、今は何事もなかったように元気な姿に美夜部みやべは安心したのだ。敵の動向は玄理くろまろが蛙を使って偵察している。動きがあれば知らせがあるだろう。しかし、敵の襲来までに、どれだけ強くなれるか。紅蘭こうらん自身の妖力もどれだけ上げられるか。この戦いで、大切なものを失うわけにはいかないと、美夜部みやべは強く思うのだった。


 しきが食事を運んできて、いつものように紅蘭こうらんが箸の練習に苦戦しながら食事を終えた。

「そろそろ日も暮れる。寝るとしようか」

 美夜部みやべはそう言って紅蘭こうらんを包むように抱いて眠った。この幸せを決して壊すまいと心に誓いながら。


 翌朝、蟻臣ありおみ美夜部みやべ紅蘭こうらん、高位の術者たちを集めた。

「昨日、玄理くろまろから物部について報告があった。布都久留ふつくるの屋敷で戦の準備をしている様子についてだ」

 と蟻臣ありおみは前置きして、その詳細を皆に伝えた。

「敵は先の大戦に使った傀儡術に加えて、今度はあやかしを使うつもりだが、玄理くろまろはそれを阻止すべく策を練っているところだ。そして、まだ詳細は分からないが、強い妖力を持ったあやかしを隠し持っているとのことだ。いつ襲って来るか分からない。皆、用心してくれ。話しは終わりだ。皆、修練に励んでくれ」

 と蟻臣ありおみは皆に言葉をかけて解散した。高位の術者たちは無駄口などせず、静かにその場を去り、修練を始めたが、美夜部みやべはまだ、その場に残っていた。紅蘭こうらん美夜部みやべが動かないのを見て、その場に残った。

「なんだ、美夜部みやべ? 何か言いたい事でもあるのか?」

 蟻臣ありおみが聞くと、

「俺は……。もう誰も失いたくはない」

 と美夜部みやべは思い口調で言った。先の戦いで兄と弟を失くした事を思い出しているのだろう。そんな美夜部みやべの想いを知っている蟻臣ありおみは、

「私の想いもお前と同じだ。しかし、全ての者の命を守る事は難しい。それでも最善を尽くすつもりだ。お前に命を捨てさせるつもりはない。その子狐の命もな。ここにいる者は皆家族だ。私は一人も死なせたくはないのだ。そのために我らは戦うのだよ」

 と優しく言葉をかけた。


 美夜部みやべ紅蘭こうらんは部屋を出て並んで歩く。無言のまま表情の冴えない美夜部みやべを見て、紅蘭こうらんは心配顔で、

「お前、大丈夫か? そんなに心配するなよ。俺がお前を守ってやるからな。玄理くろまろは強いから大丈夫だろう」

 と声をかけた。すると、美夜部みやべはふっと笑みを浮かべ、

「子狐、誰に守ってやると言っているのだ? 俺はお前より強い。俺がお前を守ってやるから安心しろ」

 と言って、紅蘭こうらんの頭に手を置いた。

「何だと! 俺を馬鹿にするなよ! 俺の方が二百年も長く生きているんだぞ! まだ幼いお前は俺に守られていればいい!」

 と紅蘭こうらん美夜部みやべを見上げて息巻いた。紅蘭こうらんにも分かっていた。自分は美夜部みやべよりも妖力が劣っている事を。それでも、守りたいという気持ちが強かったのだ。

「分かった、分かった。小さな子狐。お前の好きにしろ」

 美夜部みやべは笑いながら紅蘭こうらんの頭を撫でて宥めた。すると紅蘭こうらんは、

「俺を子ども扱いするなよ! 子兎のくせに!」

 と強がるように言う。そんな紅蘭こうらんの姿に、美夜部みやべは嬉しそうに笑みを浮かべた。二人の口喧嘩は、さながら愛情表現のようだった。

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白兎と少年の物語 白兎 @hakuto-i

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