第73話

「兄様、真鳥まとり参りました」

 と真鳥まとり玄理くろまろの部屋の前で片膝をついた。

「うむ、入れ」

 玄理くろまろが答えると、

「はい! 失礼致します」

 真鳥まとりが御簾をくぐり部屋へ入った。

「これからの我らのやるべきことを話すから、よく聞いておけ」

 と玄理くろまろが前置きして、その作戦を真鳥まとりに伝えた。


 蛙の得た情報から、物部に囚われた妖がいる事。それらを救い出す事。そして、赤麻呂が協力してくれる事を簡潔に説明した。


「分かりました」

 真鳥まとりは質問もせずに、ただ一言そう答えた。それは彼が玄理くろまろに全幅の信頼を置いているからだろう。玄理くろまろ真鳥まとりを下がらせると、今度は蛙が玄理くろまろねんで声をかけた。

『仲間からの報告がある』

「聞こう」

 玄理くろまろが答えると、

『物部の高位の術者がある場所に集まっていた』

 と蛙が答えた。

「ほう? それはどこだ?」

 玄理くろまろが聞くと、

布留川ふるかわの上流、滝のある場所だ。そこに強い結界を張り、何かを隠している』

 蛙が答えた。

「なるほどな。布都久留ふつくるの屋敷に居ないわけだ。そこに隠された物が、物部の最大の戦力なのだろう。しかし、不用意に近づくのは危険だ。敵に悟られぬように用心してくれ」

『分かった』

 蛙の報告は重大な情報だが、敵もこちらの偵察には警戒している。これ以上踏み込んだ偵察は出来なかった。ただ、蛙の報告から分かった事はある。強い結界が張られた中には、強い妖力を持ったあやかしが囚われているはずだ。この戦いにそれを使って攻撃を仕掛けてくだろうと予測は出来た。先の大戦で、葛城も戦力を多く削がれたが、物部も同じく多くの犠牲を出していた。それを補うために、あやかしを使う戦略を立てたのだろう。そして、今回も死者の骸を掘り出し傀儡として使うのだ。この傀儡術に対抗する手段として、葛城山の修験者たちが、逆に傀儡を操る為に、術の練習をしている事だろう。物部には鬼術十篇きじゅつじっぺんがあり、先の戦いでも勝利しているという慢心がある。こちらは後がないが、敵の虚を突けば、勝運はこちらに向く。玄理くろまろはそう考えていた。


 一方、葛城山では、美夜部みやべ紅蘭こうらんは合体術、他の者たちは傀儡術返しの特訓をしていた。

「お前たちの合体術の調子はどうだ?」

 葛城蟻臣かつらぎのありおみが聞くと、美夜部みやべ紅蘭こうらんの融合体、美蘭みらんが振り返り、

「順調だ。子狐の妖力も上がり、合体術も安定してきた。今日は幻術を使わぬから、俺たちの相手をしてもらえないか?」

 と美夜部みやべが言った。

「うむ。いいだろう」

 蟻臣ありおみはそう言って美蘭みらんと対峙すると、それまで吹いていた緩やかな風は止み、張りつめた空気が一帯を包む。この空気に他の術者たちが気付き、修練を止めてその場所から姿を消した。これから始まる対戦に巻き込まれればただでは済まないことを皆知っていたからだ。先日の美蘭みらんの幻術には蟻臣ありおみも太刀打ちできなかったが、戦闘能力において蟻臣ありおみ美夜部みやべが敵う相手ではない。しかし、今は合体術により妖力が格段に上がった融合体美蘭と蟻臣ありおみの対決は、どちらが勝るかは戦ってみなければ分からなかった。対峙した美蘭みらんは、蟻臣ありおみを見据え一つ息を吐くと、その身体に妖気を纏い、地を蹴って物凄い速さで蟻臣ありおみへと接近し、青色の妖気を込めた掌底打ちを放つ。その攻撃を躱しきれないはずもない蟻臣ありおみだが、その場を動くことなく白色の霊気を込めた掌で受け止めた。美夜部みやべもこの攻撃が蟻臣ありおみに損傷を与えるとは思ってはいない。まだ己の力量すら分からないのだから。蟻臣ありおみは攻撃を受け止めたと同時に、美蘭みらんの左脇へ、同じく掌底打ちを放っていた。美夜部みやべはこの手の戦闘技術が未熟であり、攻撃に対処しきれず、見事にその攻撃をくらい、十間ほど飛ばされたが、即座に体制を整えて、妖力で剣を作り再び地を蹴り、勢いよく斬り込んでいった。蟻臣ありおみは腰に差した剣を抜くと美蘭みらんの妖剣を受ける。高く響く金属音と火花が散る。蟻臣ありおみ美蘭みらんに力で押されていたが、剣を滑らせて躱すと同時に美蘭みらんの背後へと回り込む。美蘭みらんは背後を取らせまいと地を蹴り蟻臣ありおみから距離をとった。

「いい感じだ。素早さと力が増している。まだ私には勝てないだろうが、戦闘能力は上がったな。私は他にもやる事があるから、これで終わりだ」

 蟻臣ありおみはそう言って、屋敷へ戻っていた。

「ん? 対戦はもう終わりか? どっちも勝ってないぞ?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「いいんだ、これで。俺もまだまだだ。あいつには敵わない」

 と美夜部みやべが口元に笑みを浮かべて答えた。

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