第72話

 真鳥まとりの操る虫たちが、夕闇に紛れて気配もなく、それぞれの屋敷へと、風のように流れていく。上位の修行者でさえ、その存在にはまったく気付かない。葛城の屋敷へと辿り着いた虫たちは、術者の元へ向かうと、真鳥まとりの指示通りに動く。玄理くろまろが伝えた言葉を虫たちが文字を作り伝えた。葛城の術者たちには、この虫が誰の操るものなのかを知っていた。そして、玄理くろまろが伝えた言葉を理解し、時が来るのを静かに待つ事を了承した。


真鳥まとり、反応はどうだ?」

 玄理くろまろが尋ねると、

「はい。皆、了承しました」

 真鳥まとりが答えた。

「そうか。それで、彼らの今の状況はどうだ?」

 玄理くろまろの質問を術者に伝え、暫くして、

「術を使えぬよう封じられています。そして、屋敷には結界が張られ、外へ出る時には、物部の者が操るしきが同行しているようです」

 と真鳥まとりは答えた。

「まったく隙がないな。不便だろうに」

 玄理くろまろは苦渋の表情を浮かべながらも、その瞳は煌々と光る。そんな玄理くろまろを見た真鳥まとりは、彼が怒りを覚えているのだと悟った。常に冷静で穏やかな玄理くろまろだが、身内が傷つけられた時は、強い怒り、憎しみ、そして殺意を纏う。今の玄理くろまろも、かつて友人を殺された時と同じ目をしていた。

「今日はもう遅い。お前も休め」

 玄理くろまろはそう言って、

「お前の部屋へは、こいつが案内する」

 としきを案内に使い、

「そいつをお前に付けておく」

 と言葉を付け加えた。

「はい。ありがとうございます」

 真鳥まとりは嬉しそうに礼を言って、式の案内について行った。彼らが玄理くろまろから離れたのを見計らったように、床下からのそりと蛙が這い出て、

『仲間から報告があった』

 とねんで伝えた。

「うむ。詳しく聞こう。部屋へ上がれ」

 玄理くろまろが言うと、

『我はここでよい』

 蛙がそう言って、また床下へと潜り、

『敵陣へ忍び込んだ仲間からの報告だ』

 と前置きして、

『その屋敷には、多くの術者がいる。出入りも頻繁だが、多く見ても五百くらい。術者の力量はほとんどが中程度。並の術者だが、霊力の強い者が十数人いる。広い敷地内では怪しげな術の修練をしていた。死んだ者の身体を操り戦わせていた。そして、あやかしを操っていた』

 と説明した。

あやかしを操っていた? あやかしまで使うつもりなのか?」

『そうだろう。我も利用されていた。人にとってあやかしなど道具のように使い捨てなのだろう。多くのあやかしがいた』

「何て非道な」

 玄理くろまろにとってあやかしは人の敵ではなかった。人の命を奪うあやかしにさえ、敵意を抱いてはいない。この戦いに無関係なあやかしを使い捨てようとする物部もののべに、玄理くろまろは更に怒りが増していった。

「蛙、俺は捉われたあやかしを解放しようと思う。まあ、その前に、どのようにしてあやかしを救い出すか、作戦を練らねばならないがな」

 玄理くろまろの言葉に、

『うむ。承知した』

 蛙は心なしか嬉しそうな響きのあるねんで答えた。


 翌日、玄理くろまろ大伴赤麻呂おおとものあかまろへ連絡を取った。

『赤麻呂、これから俺たち葛城は物部と戦う事になる。先日の件で、お前も物部に仇討ちを考えているのなら共に戦うか?』

 ねんで問いかけると、

『物部は強い。我ら大伴の術者を集めたとしても、無駄に死なせるだけだ。しかし、このまま見過ごすつもりはない。陰で協力するから、俺たちの仇を取ってくれ』

 赤麻呂が返答した。彼にとっても、物部は身内の仇。しかし、大伴氏は葛城のように厳しい修行をしてきた者は少なく術者も未熟だった。赤麻呂としても、未熟な術者たちをただ見殺しにすることは出来なかった。

『うむ。ありがとう。お前の協力はとても助かる。ここに虫使いの武内真鳥たけうちのまとりを呼んだ。都に居る葛城の術者とも、真鳥まとりの虫を使って連絡を取っている。そして、蛙のあやかし物部布都久留もののべのふつくるの屋敷に仲間を潜入させて情報を得た。人数はおおよそ五百。傀儡術の特訓と、あやかしを集めて術で従わせ、戦闘訓練をしていた。俺はあやかしたちを救い出そうと考えている。何かいい策はないか?』

 玄理くろまろの言葉に、

『時間をくれ。少し考える』

 と赤麻呂は答えた。

『いい策を期待している』

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