永遠の願い

淡島かりす

或る二つの国の話

 モニタに映し出されたパレード中継を見ながら、若い男の研究員はパンを口に運ぶ。真っ白なパンと真っ白な牛乳は、一昔前なら夢物語と片付けられていたような代物だった。おとぎ話の挿絵か、子供の妄想で描かれた絵か。どちらにせよ現実的ではないとされていた。

 しかし彼にとっては、それは実に慣れ親しんだ物だった。生まれた時から空は青く、水は透き通り、肉は美しいピンク色だった。

「皮肉な話だよな」

 男がそう呟くと、隣で違うモニタを見ていた女が「何が?」と返した。食べているのは同じパンだが、飲んでいるのは珈琲で、若い女が飲むには少々老人趣味と言えた。

「だからさ、平和記念パレードだよ。この平和がどういうものかなんて、国民の殆どは知らないわけだろ」

「私たちだって似たようなもんでしょ」

 女はまたモニタに視線を戻す。画面には二つのグラフと、それを取り囲む様々な数字が変動している。

「この仕事をするまでは知らなかったんだから」

「だからこそだよ」

 この国はかつて混沌としていた。いくつもの誤った政策や、バランスを欠いた特定団体への厚遇や、あとは単なる運の悪さ。そういったものが積み重なって国は貧しくなり、民は飢えた。それを打破するために国の中枢機関は隣国への侵略を考えた。

「我がA国が、B国に侵略戦争を考えようとしていた頃」

「こっちのB国も同じことを考えた」

 女は微かに笑って言った。この部屋には目に見えるはずもないが、国境が中央を通っている。だから二人は同じ部屋にいながら、違う国に存在していた。話しかけることも、必要に応じて互いの国境を超えることも認められているが、出入口はそれぞれの国側に一つづつあった。

「似たもの同士ってことなんだろうな。時同じくして互いの国の天才科学者が、自国に貢献するために戦闘兵器を作り出そうとした」

「それが自分を素体とした人体改造なんて、本当に似たもの同士だよね。仕組みは違えども二人とも無尽蔵エネルギーを持ったサイボーグ」

 彼らは互いの存在を知ると、自分たち二人を戦わせて戦争とさせろと主張した。そうすれば国民に負担をかける事がない、というのが表向きの主張であったが、実際のところは自分こそが優れていることを証明したかったのだろう。彼らは同じ大学研究機関に属していた経歴があった。

 二つの国は協議を行った。それはある意味戦争よりも激しいものだった。十日間に及ぶ協議の末に、彼らは二人の科学者に大きな箱を作るように告げた。その箱を交換したうえで中に入り、先に出てこれた方が勝者であると。

 二人は自分の体を作った時よりも更なる技術を重ねて、頑丈な箱を作った。そして決められた日時に二人は箱に入れられた。

「それが五十年前のこと」

 女は珈琲を飲んだ。

「でも二人の科学者は知らなかった。箱は地中深くに埋められて、二人が箱を壊そうとする力はエネルギーに変換されるように細工を施された」

 モニタの数値は、地中に埋められた箱から出力されるエネルギー値だった。

「そのエネルギーで二つの国は潤って、そして戦争を経ずに平和を手に入れました。めでたし、めでたしってな」

「茶化すような言い方は良くないと思うけど」

「そんなんじゃないさ」

 その時、B国側の扉が開いて年老いた男が入ってきた。二人はその老人に丁寧に挨拶をする。前回はA国側から入ってきた老人は、特にどちらの国にも属していなかった。両親がそれぞれの国の人間で、そして老人は両国における権利を持っていた。

「パレードには行かなかったのですか、所長」

「あんな人混みに行くのは物好きだけだよ。珈琲あるかね」

「そちらに」

 女がポットを取ろうとすると、老人は手の動きで遮って自分で自分のカップへと注いだ。

「箱からのエネルギー放出は」

「安定しています。箱にも劣化はありません」

「まぁ周りは土だ。怖そうにも壊れないだろう」

 エネルギー放出が続いているということは、二人はまだ生きているということになる。彼らが力尽きれば当然ながらエネルギーは得られなくなるが、この五十年で二つの国は発展した。最早箱からのエネルギーだけに頼る必要は無い。

「所長が箱からのエネルギー変換装置を作ったと聞きましたが」

 男はパンの袋を丁寧に畳み、それをゴミ箱へと入れる。

「これもよく壊れないですよね」

「まぁメタボリックな構造にして、一部が壊れても直ぐにスペアに替えられるようにしたからね。あの二人は、私のこういった研究をとことん下に見ていたが」

 老人は珈琲が熱かったのか、マグカップをただ手に持ったまま続ける。

「私の案を聞いた時に、周りはそれを一種の復讐だと。同じ研究室の同期二人への復讐だと言ったんだ。まるでお門違いだね。私は彼らが好きだった。尊敬していた。だからあの二人が、お互いのためだけに優れた能力を使うことこそが、お互いの幸せだと思ったんだよ」

 だからね、と老人はパレードの映像をどこか遠い国の出来事でも見るような眼差しで見つめた。

「そのために協力しただけなんだよ。二人が戦争について考え始めてから、ずっと」

 二人の若者はその声に、形容しがたい恐怖を覚えて黙り込んだ。そこに悪意や、裏を感じたからでは無い。どちらも感じなかったからこそだった。

 そんな様子には一切気付かずに、老人は華やかなパレードと同じような明るい笑みを口元に浮かべた。

「二人が今日も幸せで、私は満足だ。願わくば平和と同じように、彼らの生命が続かんことを」

 純粋な祈りは、部屋の中に厳かに響いた。

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