シュレディンガーの箱庭
八咫空 朱穏
シュレディンガーの箱庭
『心模様の写し鏡』それがこの商品のキャッチコピーだ。
最初視た時は、箱が鏡? そんな訳ないじゃんと思って通り過ぎた。だけれど妙に心に引っかかって、次の日は遠目から流し見をしてみることにした。でかでかと映るキャッチコピーの周りに、いくつか模様が入った箱が積まれているだけのシンプルなもの。どこにでもありそうな商品の見せ方だなーと思った。
帰り道に一瞬だけ足を止めて観察してみると、ショーウィンドウの詳細がわかった。模様だと思っていたものは景色で、一部が透明になったサンプルの中には全部違う景色が描かれている。昼夜も様々、様式も様々だ。荒れた庭、整った庭、洋風の庭、和風の庭。全部違う世界観の箱庭が広がっている。
これがどう鏡になるのだろう?
疑問を持ったけれどこの商品に興味がある風に見られたくなくて、もうちょっとだけここで考えたいという欲を抑えて家路についた。
次の日の帰りに、興味を抑えられなくなった私は店の扉を開けて店員に訪ねた。
「ショーウィンドウの商品って本当に『鏡』なんですか?」
「ええ、心の状態を描画する『鏡』みたいなものですよ。疑っているのなら、一度体験してみますか?」
「はい」
「ただし、次の日もう一度店に来てもらわないとわからないでしょう。それでもいいですか?」
「はい」
私の答えに躊躇はなかった。
そして次の日流れるように店に入って箱を開けて、その流れで箱を買って雑踏を抜けて路地を抜け、道路と川を渡って坂を上って家に帰った。ワクワクしながら包装を解いて箱を開けると、さっき店の中で見たのとはまた違う箱庭の景色が広がっていた。夕暮れが夜の闇に溶けていく空、ガーデンテーブルの上に置かれて優しい光を放つランタン。ひとり腰掛けて星空が現れるのを待つ私が見える。
人の心の内を景色で映し出すなんて、こんなことができるんだ。
日々の勤務で楽しみを忘れていた私の心に温かいものが流れ込んでくる。私の心と同じ景色を見せてくれる小さな箱に、なんだか救われた気がした。
シュレディンガーの箱庭 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora
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