箱の中身は、ナンジャろな?

@AKIRA54

第1話 箱の中身は、ナンジャろな?

箱の中身は、ナンジャろな?


その男──仮に『N氏』としておこう──は、『箱マニア』だった!『コレクター』ではない!箱が好き?いや!いろいろな箱に興味がある、『オタク』という変人の一種かもしれない!

上手く説明できないが、マッチ箱から、ルービックキューブ、四角い箱から、三角形、いや、多角形の箱まで、これといった特殊なジャンルの箱を求めてはいない。しかも、手に取る、触る、単に眺める。その箱に対する行為も、一定ではなかった。

「俺?俺がなんで『箱』に興味を持つようになったかって?そうだな……?」

彼が語った最初の『箱』との出会いは、父親が土産に買ってきた、『箱根細工』の秘密箱だった。モザイク模様のカラクリ細工のその箱は、綺麗だったが、開かなかった。開け方を書いた『取り扱い説明書(=トリセツ)』を父親は失くしていたのだ!しかも、

「箱の中に、もうひとつ、お土産を入れておいたからな!さて、『箱の中身は、ナンジャろな?』だ!ハハハハ……」

酔っ払っていた父親は、そう言って、寝てしまった。N氏が聴いた最後の父親の声だった……。


N氏が心に残っている箱の話をする。父親の葬儀の後、母親が大事そうに開けた、『婚約指輪(=エンゲージリング)』の入った赤い箱。(あのルビーの指輪は、妹が持っているのだったかな……?)

祖父が連れて行ってくれた、手品の舞台で観た、魔法の箱。(中に入った人間が消えた……。本当に居なくなって、手品の舞台が中途半端に終わったんだっけ……?)

高校卒業間近の『バレンタイン』で、生まれて初めて、『本命チョコ』をもらった!クラブの後輩の可愛い娘(こ)だったな……。やけに大きな箱で、手製のチョコが入っているらしい。赤いリボンを解いて蓋を開けると、また、箱がある。その箱の蓋を取ると、三つ目の箱……。(いったい、いくつの箱が入っていたか?忘れちまった……。最後に、2センチほどの立方体の箱に、歪(いびつ)なチョコのカタマリが入っていた……ハートにするつもりが失敗して、丸くするのが、中途半端になったようだった……。味は……?)

そうだ!N氏は、箱に興味があるのではなく、箱の中身が気になるのだ!

N氏は、特に『びっくり箱』が好きだった。何が、どのように飛び出してくるのか、そのドキドキ感が……。


「まったく!Nの奴、何を考えていたのやら……」

マサとN氏の共通の友人だったHが、誰に言うでもなく、呟いた。

そこは、N氏の葬儀場。彼は、以前から、自分が死んだら、西洋式に、長い棺に入れて、土葬にするように言っていた。その希望どおり、外人墓地の一角に、彼は奇妙な櫃(ひつぎ)のままで埋葬された。

「この櫃は、たぶん、モーゼの十戒の石盤(=タブレット)を入れた、『聖櫃(=アーク)』を模したものだろう……。蓋に『ケルビム』という天使の飾りがついているからね……」

「ほほう、流石は、名探偵『荒俣堂二郎』君だ!なかなかの博識だな……」

と、Hはマサを変名で呼んだ。

「彼は、箱マニアだっただろう?世界的な『箱』といえば、モーゼの聖櫃と、ツタンカーメンの棺かな?もちろん、かの、エジプトの『クフ王の大ピラミッド』も四角垂の箱と、いえば、言えそうだけどね!」

「だけど、その有名な箱に、自分自身が入って、どうするつもりだったんだ?結局、入ったはいいが、蓋が重くて、開けられなくて、『窒息』してしまったんだぜ!」

「彼は新妻に、この箱を贈ったんだろう?ならば、大きな『びっくり箱』だったんだろうな……」

「結婚式の披露宴で、この櫃が運ばれてきた時は、流石に驚かされたよ!確かに、『びっくり箱』だった!男が四人係りで蓋を持ち上げたら、正装した、Nの死体があったんだからな……。新婦のセイさんは、気を失ったよ!」

「そうそう、Nとセイさんの馴れ初めを知っているかい?高校卒業前のバレンタインで、何重にもの箱に入った『歪なチョコ』を贈ったのが、セイさんだったそうだよ……」

「ああ、それともうひとつ、子供の頃に父親に土産でもらった、『箱根細工』の開かない箱を、Nからプレゼントされたそうだね……」


「マサさん!いえ、『名探偵、荒俣堂二郎さん』でしたわね?大森のおばあさんから紹介されて、お会いしたら、Nのお友達だったなんて、本当に不思議なご縁ですわ!」

Nの新婦だった、今は未亡人のセイが微笑みを浮かべながら、新居になるはずだった、洋風の屋敷の応接間の、フカフカのソファーで言った。

(偶然ではありませんよ!僕があなたにお会いしたくて、大森清子さんの広い人脈を利用したのです……!)

と、マサも微笑み返しながら、心の中で言っていた。

「これが、お願いしたい『箱根細工』の箱ですわ!」

と、身体の横から、モザイク模様の箱を取り上げ、マサの前のガラスのテーブルにそっと置いた。

「拝見します」

と、言って、マサはそれを両手で持ち上げる。

「カラクリ細工の箱ですね?開けたことがないのですか?」

「はい!夫からプレゼントされたものです。夫も、子供の頃、お土産で、父親にもらったけど、開けかたがわからないまま、仕舞っておいたものだそうです……」

「なるほど、中身がわからない、か……?振ってみると、音がしますね?何かが入っている……?」

「そうなんです!でも、夫がその箱をわたしに渡してくれた時、『あれ?子供の時に聴いた音と違う……?』って言ってたのです……」

「なるほど、微かに、傷がある!たぶん、ここが、最初のカラクリを動かすピースですね……」

そう言ったあとは、無言で、箱のモザイク模様を両手で操作している。

「カタン!」

と、小さな音がした。

「ほら!開きましたよ!」

と言って、マサがカラクリ細工の箱の蓋を開けた。

「まあ!こんなに簡単に開くものなんですね……!」

箱を受け取りながら、セイは嬉しそうに言った。

箱の中身は、銀紙に包まれた、歪な丸い物体?が入っていた。

「そ、そんなバカな……?これは、昔、わたしが手作りして、失敗したチョコレートですわ!夫の子供の頃のカラクリ細工の箱に入っているわけは、あり得ませんわ!」

と、セイが驚く。

「その謎解きをしましょう!まず、その歪なチョコを割ってご覧なさい……」

マサに、そう言われて、セイはチョコを割ってみる。中から、赤く輝く、ルビーの指輪が現れたのだった。

「こ、これは……?」

「Nの母親の片身ですよ!エンゲージリングですね……」

「どうして、こんなものが……?」

「セイさん!ご存知だったんでしょう?確実ではないが、母親の指輪が、何処かにあるはずだ!と……。Nの妹さんに、尋ねたそうですね?母親から、ルビーの指輪を譲り受けていないか……?妹さんは、もらっていない!と、おっしゃった……。そこで、気になっていた、その『箱根細工』のカラクリ箱を開けてみたくなって、わたしに依頼がきた……。そういう、経緯ですよね……?」

マサは、そこで、上目遣いで、セイの表情を探るように、言葉を止めた。セイは、無言だった。

「その箱にルビーの指輪を入れたのは、Nの亡き母親ですよ!つまり、母親は、このカラクリ箱を開けることができたのです!夫から、トリセツを預かっていたのでしょうね……。イタズラ好きの彼女は、中身を取り替えたのです!元の中身は、Nの好きだった、ウルトラマンの怪獣のフィギュアだったそうです……。おっと、これは、内緒のお話……」

マサは、そこで、もう一度、言葉を止めて、大きく息をした。

「セイさん!あなたは、江戸川乱歩の『お勢登場』という小説を、ご存知ですか……?」

「え、江戸川……乱歩?」


「それで?新妻、いや、未亡人は、白状したの?」

マサの従妹で、中学生の美少女、オトが、ちゃぶ台の前で、煎餅を噛りながら、マサに尋ねた。

「ああ、例によって、オトの『こうなったら、ミステリーとして、面白い!』っていう仮説が、当たったってことさ!」

「だって!箱の中の死体で、奥さんの名前が『セイ』よ!誰だって、思いつくわよ!名作だもの……」

「まあ、名作だけど、ね……」

(だけど、誰も、思いつかない、と思うよ!オト以外は……)

と、心で呟きながら、マサは次に話を進めた。

「残念ながら、か?未亡人は、江戸川乱歩の小説は知っていた、粗筋だけは、ね!タイトルに、自分と同じ名前の女性があることは、知らなかったらしい……」

「そうか……、知っていたら、思いとどまっていたかもしれないね……」

セイは、マサの質問に、素直に答えていった。

「このチョコレートは、ほかの男性に挙げようとして、失敗したものです。どうしようもなくて、廃棄するのも悔しいから、絶対チョコをもらえない、男に、冗談で、何重もの箱に詰めて挙げたんです……」

それを真に受けたNが、本気でセイに惚れた。イタズラだった、と言い出せず、セイは、付き合い始めた。そして、Nが資産家の息子で、父親を子供の頃亡くし、母親も病で、そう長くない、と教えられた。自分の家庭と比べると、『玉の輿』だと、言われた意味がわかった。

Nは、ボンボン育ちで、人良しで、自分にも優しかった。ただ、『箱マニア』という欠点を除けば、まずまずの男性だったのだ。

結婚披露宴の日どりが決まった時、セイはその数日前が、自分の誕生日で、Nの父親の命日だ!と気づき、入籍をその日にしようと提案した。Nは、もちろん、賛成して、『披露宴でみんなを驚かせるよ!』と、あの『聖櫃』から、自分(=新郎)が飛び出してくる、『びっくり箱』の話をしたのだった。

「箱には、空気穴があったのをわたしが埋めました。蓋は、中からは開けられない重さでした……」

聖櫃はあまり大きくない!空気の量も少なく、Nはすぐに、昏睡状態になり、窒息してしまった。Nの姿が見えなくなって、披露宴の参加者が捜索している間のことだった。セイ以外に、その聖櫃のことは知らなかったのだ!

江戸川乱歩の小説どおり、完全犯罪。新郎のイタズラ心が起こした『事故』で、セイは、わずか数日で未亡人になり、莫大な遺産プラス保険金を手に入れたのだ。

「荒俣さん!わたしを『殺人犯』として、告発しますか?」

告白を終えたあと、セイは静かにマサに尋ねた。

「そうですね!遺体と聖櫃は、そのまま、埋められていますから、空気穴を外から塞いだことは、わかるかもしれませんね……。ただし、あなたを殺人犯と立証できるかは……。自白しかないでしょう、ね……」


「結局!いつもどおり、事件は、『うやむや』ね!『荒俣堂二郎の事件簿』に相応しい幕切れね……」

と、オトが言った。

「でも、Nさんの母親は、どうして、ルビーの指輪を『箱根細工』の箱に、チョコレートにくるんで入れたんだろう?」

と、オトの弟で、小学生のリョウが最後の疑問を述べた。

「きっと、セイさんの本性を知っていたのよ!癌に冒された死期間近の状態でね!そこで、Nさんに教えるために、歪なチョコにルビーを包んで、歪なチョコの由来をセイが正直に話すか、確かめてから、『エンゲージリング』を渡しなさい!って言いたかったんだと思うわ!」

「また、姉貴の、『こうなったら、面白い!』っていう仮説か……?まあ、事件の解明は、その『箱根細工』の『箱の中身は、ナンジャろな?』から、始まったんだけど、ね……」

「いや!リョウ!僕もそんな気がするよ!母親の最後のメッセージだったような……、そんな気がする……」


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