箱が届く日を待つ

くれは

お役目

「ニエ様、おはようございます。朝餉の支度ができておりますよ」

 声をかければ、ニエ様はわずかに眉を寄せてからぼんやりと目を開いた。何度か瞬きをしながら視線を動かし、私の顔を見て小さく「ああ」と声を漏らす。

「おはよう。今起きるよ」

 そうおっしゃって起き上がるニエ様のお身体は、まだ成長途中のもの。顔立ちもまだ幼さを残していらっしゃる。

「はい、お支度をお手伝いいたします」

 この屋敷の中で、ニエ様と直接言葉を交わせるのは私ただひとり。とても名誉であり、責任重大なお役目だ。

 このお役目に選ばれたとき、誇らしい気持ちよりも不安の方が大きかったくらいだ。私などにニエ様のお世話が務まるのだろうか、と。

 それでもこうして、ニエ様のお側でなんとか日々のお役目をこなしている。


 お運びした水で顔を洗うニエ様に真っ白の手拭いを差し出す。まだ少しぼんやりとしているニエ様のおぐしを櫛けずり整える。

 お着物をお出しして、お着替えをお手伝いする。お着物の裾を後ろから軽く引っ張って差し上げれば、ニエ様はもうしゃっきりと目を覚ましておいでだ。

「ありがとう」

「いえ、これもお役目ですから」

 ニエ様はいつも私に感謝をくださる。それが当たり前なのだから、と思いつつも、こうした素直さもまた、ニエ様の素質なのだろう。

 素直に、無垢に、そう育つのがニエ様のお役目でもあるのだから。


 朝餉の品数は多いが、一つ一つは少量ずつだ。様々な食材、様々な味付け、それをニエ様は全て味わってお召し上がりになる。

 厨房の料理人たちがニエ様のために、ニエ様が健やかにお育ちになるためにと、毎日用意するものだ。食べすぎても、足りなくてもいけない。

 だからニエ様はそれを残さずお召し上がりになる。その間、私はお茶を用意しながらそのご様子を見守っている。

「ご馳走様でした」

 丁寧に両手を合わせて食後のご挨拶をなさるニエ様。それを合図に配膳の者たちが顔を伏せ物言わず、空いた皿を片付けはじめる。

 少しの食休みのあと、ニエ様は庭へお出になって散策をする。日の下で適度に動くこともまた、ニエ様の健やかな成長には必要なことだからだ。


 日々は平穏でつつがなく進む。

 ニエ様は少しずつ成長なさっている。わずかに伸びてゆく背。しなやかになってゆく手足。お顔立ちからも少しずつ幼さが抜けてゆく。

 きっともうじき、お役目を果たされる時がくるのだと感じる。それはニエ様自身も感じておられるようだった。

「きっと、僕はもうじきお役目を果たすのだよね」

 夜、寝支度を整えた後、寝具にお入りになる前にふと、ニエ様がおっしゃった。うっとりと、幸せそうな顔をなさっていた。

 その表情に、私も誇らしい気分で頷いた。

「はい、きっと間もなくでしょう。この頃はすっかりご立派になっておいでですから」

「嬉しいな。こんなに名誉なお役目を僕が与えてもらえるなんて」

 ほう、とニエ様は溜息をついた。

「私も、ニエ様とこうしてお話をするお役目を賜って、大変に光栄なことでした。それに、とても幸せでございました」

「僕がお役目を果たすまで、最後までよろしくね」

「ええ、もちろん」

 ニエ様は純真なお心がそのまま表に出たような微笑みを浮かべ、それから寝具の中へとお入りになった。


 そう、きっともうすぐ。

 ニエ様のための箱が届く。そうしたらニエ様はその箱にお入りになって、神の元へとゆかれるのだ。

 その時には、この屋敷で働いていた者も全員死を賜る。もちろん私も含めて。

 それはとても名誉なことで、誰もがその日を待ち遠しく思っていた。





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