イミテーションと真実 2

 立花から興味深い話を聞いた、二日後。

 この日の夜は、芝崎が時計店へ来る約束になっていた。

 事の発端は、昼頃にかかってきた芝崎からの電話だった。豊田美佐子が業務上横領の容疑で警察署で取り調べを受けている、と伝えるものだった。

 電話にはツカサが出た。

 そばにいた類には、すぐに電話の内容を伝えた。すると彼に電話を替わってほしいと言われたので替わると、店へ来てほしいと芝崎を呼び出したのだ。

「ふー、降ってきやがった」

 閉店後の時計店へやって来た芝崎の髪やスーツは雨で濡れていた。

「お疲れ様です、芝崎さん。傘持ってなかったんですか」

「折りたたみならカバンに入ってるけど、めんどくさくて走ってきちまったよ」

「ちょっと待ってくださいね」

 ツカサはいったん店の奥へと入ると、バスタオルを持って戻ってきた。

「悪いなツカサくん」

 バスタオルを受け取った芝崎は、豪快に髪を拭いた。

「で、俺を呼んだ張本人はどこだ?」

「夕飯作ってますよ」

「へえ、ほんとにちゃんと家事やってるんだな」

「やってるやってる。完璧だよ、俺の家事は」

 いつの間にか後ろに立っていたエプロン姿の類が自信満々に言った。

「芝崎さん、夕飯食べてく?」

「いいのか? まだ食べてなかったから助かるよ。今日はカレーか?」

 気づけば食欲をそそるカレーの香りが店のほうまで漂ってきている。

「そ。俺特製のスパイスカレー」

「特製? いいカレールーでも使ってんのか?」

「ルー使ったら特製にならないじゃん」

 得意げに笑いながら、類が台所へと戻っていく。

「最近の類の料理、手が込んでるんですよ」

「ルー使わずにどうやってカレー作るんだ?」

「僕もよくわからないです」

 和室のちゃぶ台には、カレーを盛りつけた白い皿が並べられた。サラダとスープも添えられて、どれもが店に出てくるような盛りつけをされていた。

「ほんとすごいな、お前」

 カレーを一口食べた芝崎が感嘆した。

「でしょ? おいしいでしょ俺の料理」

「店ができるんじゃないのか」

「めんどくさいからやだ」

「お前な」

「それに俺じゃあツカサさんみたいに店を大事にできないし」

「別に普通だよ」

 引き合いに出されてツカサが言った。

「いやいや、普通じゃないでしょ。おじいさんの店を守るために時計のこと勉強して、鍵開けの技術も習得してさ。素晴らしいよね若いのに」

 類が腕を組んで、うんうんと頷いた。

「僕、君より年上なんだけど」

「でも若いことに変わりないじゃん」

 それはそうだが、二歳とはいえ年下の類に保護者面をされるのは釈然としない。

「で、俺に何の用だって?」

 芝崎が、呼び出した張本人の類にたずねた。

「美佐子さん、警察署で取り調べを受けてるんだよね」

「ああ。業務上横領の容疑でな」

 ツカサと類には、今日の昼頃に芝崎からかかってきた電話で伝えられた。そすてそれを聞いた類が、芝崎を店に呼び出したのだ。

「俺としては、もう一人怪しいのがいるんじゃないかなって思って」

「もう一人?」

 首を傾げた芝崎に、ツカサが単刀直入に言った。

「豊田隆一さんは、横領の件には関わっていないんですか」

「豊田隆一って、なんでまた。店に押しかけられたからか?」

「近所の人から少し気になる噂を聞いたので」

「噂なあ……」

 芝崎は一度黙ってから、少しトーンを落として言った。

「関与してるんじゃないかってことで、名前は出てる。が、たぶん逮捕はない」

「それって、関与してたとしてもってこと?」

 類にたずねられて、芝崎が顔をしかめた。

「嫌疑不十分ってやつだ。証拠がない」

「でも怪しいんですよね」

 ツカサにまで詰め寄られて、芝崎は困ったように額を掻いた。

「豊田美佐子からも証言はあったんだ。最初は生活が苦しいがゆえの横領だったが、途中で豊田隆一にばれて金を渡してたって」

「だったら」

 身を乗り出した類に、芝崎が首を振る。

「容疑者の証言だけじゃ決め手にはならない。豊田美佐子から金が流れてたってだけじゃ、犯罪の証拠にはならんしな」

「脅されてお金を渡してたとしても?」

「そりゃ中條の想像だろ。もしかしたら、豊田美佐子のほうが口止めのために金を渡してたのかもしれん」

「それこそないでしょ」

 むっと顔をしかめた類の代わりに、ツカサが言った。

「隆一さんが横領に関わっていたという明確な証拠が必要なんですね」

「そういうことだが、まあ豊田隆一が自白しない限り難しいだろうな」

 それを聞いた類が、口へ運ぼうとしたスプーンを下ろした。

「ね、ツカサさん。もし豊田隆一が美佐子さんからのお金をあてにして生活してたら、いずれお金に困るときがくるよね。そこ狙えると思わない?」

「狙えるって?」

 類がにやりと笑う。

「たとえばさ、箱から貸金庫の鍵が見つかった、なんて聞いたら、豊田隆一はきっと日菜子ちゃんのとこに行くよね」

「行くだろうね。うちに押しかけてくる可能性もあるけど」

「そこをとっ捕まえて証言させるとか」

「そううまくいくかな」

「手段は任せてくれるっていうなら、俺がうまーく自白させちゃうけど」

「おいおい、まだ豊田隆一が関わってるとは限らないんだぞ」

 呆れて言った芝崎に、ツカサは気になっていたことをたずねた。

「芝崎さんは、日菜子ちゃんには会いましたか」

「日菜子って、豊田美佐子の娘か」

「彼女ははっきりした性格みたいなので、何か言われたりしなかったのかなと」

「言われたさ。あいつだって悪いことしてたはずなのに、なんでお母さんだけが悪者にされなきゃいけないんだってな」

 ずいぶん激しく言われたのか、思い出した芝崎は疲れたように息を吐いた。

「日菜子ちゃんにも話を聞いたほうがいいかもしれないね」

「ツカサさんが電話すれば来てくれるでしょ。箱も預かったままになってるし」

 しばらく預かっていてほしいと言われている、ジュエリーボックス。

 依頼主である美佐子が逮捕された今、預かり続けているべきなのか。

 それとも、返してほしいと望んでいる娘の日菜子に渡すべきなのか。

「お前ら危ないことはすんなよ」

「大丈夫大丈夫。無茶なことはしないからさ」

 そう言って軽く笑った類に、芝崎は疑わしいと言わんばかりの顔をした。


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ハヤミ時計店の鍵師 佐倉華月 @kaduki

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