紅葉の樹の下に適切な箱の中身

坂本 光陽

紅葉の樹の下に適切な箱の中身


 気象庁の予報によると、暖冬のおかげで桜の開花は早いらしい。


 桜があんなに美しいのは、樹の下に死体が埋まっているからだ。そう言ったのは誰だったろう。芥川龍之介や太宰治ではないし、たぶん坂口安吾か梶井基次郎だったと思う。


 だが、僕は異を唱えたい。桜より紅葉もみじの方が、死体との結びつきが強そうではないか。鮮烈な赤は血を吸った証のように思えるし、風にゆられる様は血まみれの赤ん坊が手を振っているように見える。


 そんなことを思いついたのは、中学生の頃だったと思う。当時は凶悪な殺人事件や悲惨な災害が相次ぎ、慢性的な不景気とあいまって、世の中には暗雲が垂れ込めていた。


 そんな状況下で、紅葉と恐怖が結びついたのかもしれない。何かがあったと思うのだが、その当たりの記憶は曖昧あいまいである。


 中学生当時のことを思い出してみよう。家族と住んでいたのは、山を切り崩してつくられた住宅街だった。マッチ箱のような一軒家が立ち並んでいた。近くには山がそびえており、秋になると赤と黄に色づき、美しい紅葉を楽しめたものである。


 川沿いにはキャンプ場があり、バーベキューや飯盒炊飯はんごうすいはんを楽しむこともできた。小学生の頃は何度も訪れていた。


 そういえば、宝探しゲームが流行はやったことがある。友達の書いた宝の地図を手がかりにして、山中に隠された宝物を探すのだ。地図はいい加減なことが多く、隠した者でも見つけ出せないこともあった。


 たわいのない遊びだが、僕は宝物を探し出すことが得意だった。そうそう、見知らぬ誰かが隠した宝物を偶然見つけたこともある。


 そのアルミ箱は、紅葉の樹の下に埋められていた。両腕で抱えるほどのサイズだが、意外に軽い。振ってみると、中身がガサゴソと動く気配があった。


 確か、怪獣やヒーローの人形などが入っていると思ったのだ。心をワクワクさせながら蓋を開けたのだが、あっさりと期待は裏切られた。


 何が入っていたんだっけ? ああ、そうだ。蓋を開けたとたん、悪臭を嗅いだのだ。魚とタマネギが一緒に腐ったような臭いで、思わず吐き気をもよおした。


 それらは皆、青黒く変色していた。おびただしい数の小さな手、手、手だ。手首で断ち切られた子供の手であり、赤ん坊の手も混じっていた。


 僕は悲鳴を上げて、アルミ箱を投げ出した。中身を辺りにぶちまけたので、悪臭が一気に広がった。そして、胃の中身がなくなるまで、嘔吐を繰り返したのだ。


 すっかり忘れていたが、この時の記憶が、僕の中で紅葉と死体を結び付けたのだろう。鮮やかな色彩と悪臭とともに。


 今では紅葉を目にすると、脳裏に地獄絵図が蘇える。

 世の中の暗黒面を凝縮させたような、悪夢の具現化。


 死体が埋まっているのは、桜の樹の下ではない。

 紅葉の樹の下にこそ、死体は埋まっているのだ。



                    了

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