ボス戦 後編

(……これだ、この棺だ!)


 少年は姉がいる気配のする棺を間近に見て、そう確信する。そしてごくりと唾を飲み込み、棺の蓋に手をかける。


 棺の蓋は、重くはあったがすんなりと開いて――――中には、少年の姉が胸元で手を組んだ状態で、横たわっていた。


 少年の姉は目を閉じて、ブツブツと何やら呪文を唱え続けていたが、蓋が開いたことに気が付くと詠唱をやめ、薄目を開けると同時に口を開く。


「勇者、あんた、遅いじゃないのよ! いつまで待たせる気――」

 そう言った姉は、目の前にいる人物に驚き、目を見開く。


「あれ、ダン⁉ ダンじゃないの‼」

「……ジョナ姉さんっ‼」


 少年――ダンは、ようやく姉――ジョナと再開し、感動のあまり目を潤ませる。


「姉さん、よかった、無事で……」

「ええ。棺に入って、あの魔物に対して気配を消す呪文を唱え続けてたら、からの棺になりすませたみたいで、あの魔物の餌食えじきにはならずに……なんとかね」


 ジョナはそう言いつつも、口をぽかんと開けて、目の前にいる弟をまじまじと見ている。

「それよりダン、あんた、どうして……というか、一体どうやってここに?」

「うん……あの人に、連れてきてもらったんだ」

 ダンはそう言って、向こうで死の女王と奮闘中のロジャーを指差す。ジョナが眉をひそめてロジャーを見る。

「誰よ、あの男は」

「宝箱ハンターの、ロジャー……なんとかって人だよ」

 それを聞いたジョナの眉間の皺がますます深くなる。

「宝箱……ハンター? あんた……そんな盗賊か何かみたいな、怪しいやつとつるんじゃ駄目じゃないの」

「盗賊なんかじゃないよ。あの人が狙ってるのは、お宝じゃなくて……」

「! ダン! 危ないっ!」


 獲物を奪われたことに気づいた死の女王が、きいぃと甲高い声を上げ、再びダンに向けて髪を伸ばし、攻撃を繰り出してくる。ジョナがそれに気づいて、とっさに棺の蓋を盾にして身を守る。分厚い棺の蓋に、針のように鋭い髪がグサグサと突き刺さるのを見て、二人は思わず青ざめる。


「おいおまえら、壁際に避難しろ」

 ロジャーが再び死の女王の髪を切り落しながら、棺にいる二人に向けて言う。

「こっちよ」

 ジョナはそう言うとダンの手を取り、洞窟の壁際に向けて走り出す。



 二人が壁際に移動すると、死の女王の注意がバクに向けられている隙にロジャーがやってきて、ダンに声をかける。


「姉さんを助けられたんだな。でかした、ボウズ」

「うん、ありがとう。おじさんのおかげだよ」

 ダンが嬉しそうに頷く。ロジャーはニヤッと笑ってみせるも、再び死の女王(今はバクがあっかんべーと舌を出して挑発し、注意を引き付けているようだ)を見やる。

「だが油断するなよ、まだ戦いは終わっていない。厄介なことに、あの敵の体は俺の剣では切れねぇみたいでな」

 ロジャーはそう言うと、今度はジョナの方に視線を移す。

「……あんたが、ボウズの姉さんだな? あの敵を取り巻く闇のオーラ……瘴気しょうきを払うために、あんたの光魔法を借りたいんだが……できるか?」

 それを聞いたダンが心配そうにジョナを振り返る。

「……姉さん、体はもう大丈夫? いつもみたいに魔法……使える?」

「もちろんよ。でも……いつもみたいに、時間かかるわよ。今は、詠唱中に守ってくれるような前衛もいないし……」

「ああ、ボウズに聞いたよ。あんた『シャンカ語』使いだってな」


 ややうんざりしたような口調でそう言うロジャーをちらりと見た後、ダンはジョナを元気づけるように言う。

「大丈夫だよ、詠唱してる間、僕が姉さんの囮になるから」

 ジョナはそれを聞いて目を見開く。

「何言ってんの、囮って……あんたには無理よ!」

「大丈夫だよ、これ……さっき貸してもらったんだ。これでなんとか、逃げ回ってみるからさ」

 少年はそう言って、黄金に光る足輪を指さす。

「金の足輪? そんな貴重なもの、なんであんたが……」

「今は説明なんてしてる暇ないよ。姉さんはとにかく、詠唱を始めて!」

「でも、あんたを囮にだなんて、あたしにはできな……」


「おい」

 横で二人のやりとりを黙って聞いていたロジャーが、ぼそりと言う。

「今からあのバケモンは俺が引き付けるから、その隙に……二人とも、バクん中に入れ」

「「……えっ?」」

 ダンとジョナは同時にロジャーを見る。

「バクん中なら安全だ。ここには、他に隠れられる場所もない。この際、ボウズの姉さんにはバクん中で詠唱してもらおう」

「でも……バクが捕まったら、どうなるの。今もちょこまか逃げ回ってはいるけど……バクってそんなに足速いの?」

「ああ、あいつはまあまあすばしっこいが……確かに問題はそこだな。だからボウズ、バクんところまで行ったら、その金の足輪を外してバクに喰わせるんだ」

「ええっ⁉ またバクにお宝、あげちゃうの?」


「ちょっと待ってよ、さっきから言ってる『バク』って何!」

 会話についていけていないジョナが大声で割って入る。

「ああ、あそこにいる俺の相棒だよ」

 ロジャーはそう言って、宝箱の見た目に鋭い牙を生やしたミミック――――バクを指さす。

「はぁ⁉ あれって、ミミックじゃないの? 何よそれ、そんな化け物の中に入るですって? 冗談言わないでよ!」


「バク、交代だ」

 ロジャーはジョナの言葉を聞かずにバクの方に向かいつつ、声をかける。

「おまえは、こいつらを口ん中に――」

「ああ、聞いてたぜ。がってん承知!」


 バクはダンとジョナのいる洞窟の壁際に向けてぴょーんとひとっ飛びする。そして着地すると同時にバクの舌が伸びてきて、ジョナの体をぐるりと取り囲み、宙に持ち上げる。ジョナの大きな悲鳴が洞窟内に響き渡る。

「きゃあああ! 何すんのよ! 離してーーっ!」


 ジョナを舌でぐるぐると巻いて浮かせながら、バクはダンに言う。

「おい後輩、おまえら飲み込む前にまずは足輪だ。足に付けてる足輪を俺の口ん中に入れてくれ」

「わかったけど……入れてどうするの? さっきみたいにまた食べるの?」

「ああ。だがさっきとは状況が違って、おまえらの為にやるんだぜ?」


 そう言ってのけるバクを横目で見て、本当かな、とちょっぴり怪しみながらも、ダンは金の足輪を足から外し、バクの口の中に放り投げる。バクが嬉しそうに口を大きく開け、それを受け止める。


「ああ~! 本日二個目の宝! やっぱ美味いぜぇ!」

 足輪をごっくんと飲み込むと、そのままバクは、舌でからめとっていたジョナを問答無用で自らの口の中に入れる。


「きゃああーー! やめてーー!」

 バクの大きな口の中に姉がまる飲みされる光景にダンが少しの恐れを感じていると、その様子を見たバクが声をかける。

「だーいじょうぶだよ。取って喰ったりしねぇから、ほら、ボウズもこい」

 ダンは頷くと、バクの口に手をかけてよじ登り、自らバクの宝箱の口の中に入る。



 バクの中は、一面真っ暗の空間だった。その中にたくさんの四角いもの――どうやら箱と思われるものが、ふよふよと浮いている。

 「ゴミ箱」と書かれたものもあれば、「おやつ箱」と書かれたものは――おそらくバク専用のものだろうか。その他にもいろいろな箱があったが、ダンが真っ先に目に留まったのは――――――


「……『宝箱』……」


 ここに、ロジャーのコレクションがあるのだろうか。この箱だけ、金色の錠前付きの鎖でぐるぐる巻きにされ、厳重に鍵がかけられているようだ。

(……さっき『開錠』とか言ってたのは、ここの箱の鍵のことだったのかな?)

 厳重に守られた箱を見て、ダンはそう思う。


「おーい、小さな後輩くん?」

 バクのガラガラ声が頭の上の方から聞こえてくる。洞窟で喋る時のように、周囲に反響した感じの響きがする。

「そこいらに浮かんでる箱ん中には勝手に入るなよ。後で喰うために生きてるモンスターばっか閉じ込めてる、ボウズにとっちゃ危ねぇ箱なんかもあるし、それでなくても、箱ん中はかなり入り組んでやがるからなぁ、迷子になっちまう。ロジャーの奴なんか、何度おいらの口ん中で迷子になったことか……」


 どうやら箱の中には別の空間が広がっているらしい。ダンはとても気になったが、状況が状況なので、今入るのはやめておいた。


「おいバク、減らず口叩いてる場合じゃねぇだろーが。そら、そっちにも攻撃が来るぞ!」

 ロジャーの言葉に、バクが答える。

「おーし、じゃ、さっきもらったお宝の力を発揮するとするかな! 果たしてゾンビの女王様は、おいらのスピードに付いてこられるかな〜っと!」

 バクはそう言うや否や駆けだし、洞窟の壁際をひたすら、目にも止まらぬスピードで走りまわる。


 そのあまりの速さに、ジョナが抗議する。

「ちょっとぉ! 揺れるじゃない! こんなところでおちおち詠唱なんてできないわよ!」

「お? テンション上がってちーっとばかり飛ばしすぎたかな、悪い悪い。だけどよぉ、敵に捕まるよかいいだろ? いいからお姉ちゃんは文句言わずに、おいらの口の中で詠唱でもしてな」

「こんな所で詠唱なんてしたら、絶対途中で噛んで中断しちゃうわよ! 普段だってよく、途中で噛んで失敗するのに」

「あん? そんときはなぁ、おいらがアンタを噛み砕いてやるよ」

「なっ……そんな事言うならあたし、やめたっていいんだから……」


「ジョナ姉さん……大丈夫だよ、僕がついてるよ」

 ダンはそう言って、姉の手を優しく握りしめる。手を握られて心が落ち着いたのか、バクと言い争っていた時からはころりと変わった優しげな表情で、ジョナはダンを見る。

「……もう、ダンがそう言うなら……仕方ないわね。でも魔法を使う時に狙いを定めるために、あたしの顔はミミックのあんたの口から出しておくから……間違えて噛みつかないでよね!」

「あーはいはい。大丈夫だから、さっさと唱えな」

 バクの言葉にジョナは頷くと、ダンの手をぎゅっと握りしめたまま、精神を集中させるようにふうっと息を吐き、ゆっくりと口を開く。


「スマゲアシウモ・ビコロヨオ・トトコノイセウュリゴスマスマ・リギミノ

ウュシイセ……」


 シャンカ語の魔法。それは、古代語を用いて唱える詠唱で、他の魔法使い同様、魔法の力を呼び起こす呪文ではあるのだが――――その内容は神への挨拶に始まり、敬意や感謝の言葉をひたすら述べ、最後にようやく神に御力を貸してもらうよう願って魔法を繰り出せる、といった特殊な魔法だ。


「テイオニナミノミカ・キカブヒジ・クネマアヒジ……」


 自分の中にある魔力を使うわけでなく、その都度神から力を授かって魔法を繰り出す――――魔法使いよりも、むしろシャーマン的な能力に近いともいえる、それがシャンカ語の魔法使いである。


「ニメシクタワ・メタルケゾリシヲクア・ヲラカチオナイダイノソ・シレサウゾウソモヲチンテ……」


 魔力の高い魔法使いなどは、神の力を借りずとも自分自身の力で魔法を扱えるため、あえてシャンカ語の道を選ぶ人はいない。魔法使いたちにとっては、自分の魔力で魔法を繰り出せず、ましてや詠唱の長いシャンカ語使いを馬鹿にすることもしばしばだ。


「スマゲアシウモ・イガネオクシロヨ・ウヨスマリワマタ・ヲツタンベゴンエシゴヌラワカモラカレコ!」


 だが――――――神の力を借りられた場合、その魔法の威力は、人間の力の比ではないのだ。



 カッ!



 ジョナが詠唱を終えると、白く眩しい光が、洞窟の天上から死の女王に向けて降り注ぐ。その強烈な光で、真っ暗だった洞窟全体が白く眩しく照らされ、皆は一斉に目を細める。


 その一瞬で――――――死の女王の姿は、消し炭のようになって消え飛び、跡形もなくなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝箱ハンター【KAC2024 3回目】 ほのなえ @honokanaeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ