ボス戦 前編
「……あそこだな。何やら、
ロジャーは歩みを止め、手で皆を静止させると、前方を指さす。
洞窟の最奥部。黒色と紫色の混ざった、ゆらゆらとした炎のようなオーラをまとった、異形の魔物のような黒い影が、
そしてその奥には――――五つの並んだ
一行は相手に気づかれぬよう、慎重に近づいていく。ロジャー手持ちのランタン以外にも、洞窟の最奥部にはかがり火がいくつかあり、灯りがともっていたため、近づくにつれて、その魔物の姿が徐々に露わになる。
その魔物は所々どろどろに溶けたような体をしており、ゾンビのような見た目だが、赤い布地にふさふさとした毛皮のついた、立派なコートを羽織っている。やや液状化した体とは違い、頭は比較的人間に近い形を保っており、青白い顔に、地面を這うように伸びている黒く長い髪――――そしてぼろぼろに朽ちてはいるが、ティアラらしきものを頭に乗せている。
「女の魔物かよ。ただでさえ女はうるさいから苦手だってのに……あれがおそらく甲高い声で叫ぶんだろ? ったく勘弁してくれ……」
ロジャーが悪態をつく。
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ? 人間としな生きてるわけじゃなし、魔物は魔物だ。さっさとやっちまおうぜ!」
バクは獲物を見るように魔物の方を向き、なぜだか舌なめずりをする。
「ずいぶんやる気だな。まさかお前……あれも喰う気なのか?」
「え……。あれって、女の人……なの?」
少年が顔を青くして魔物を見る。ロジャーは首を横に振る。
「今はもう、人間じゃねぇよ。王冠つけてるってことは……ありゃ確か、『死の女王』って名前のバケモンだったかな。昔女王だったのか知らんが、それが何らかの原因でゾンビ化した魔物だ」
ロジャーは奥にある棺を指差し、説明を続ける。
「あそこに棺が並んでいるだろ。『死の女王』には、生きている人間を棺に入れ、棺の中の人間の魂やら気なんかを吸い取って力を得るって習性があってな。どうやら、そうしていけばいつか自分が生き返ると信じてやがるようだ」
ロジャーは「死の女王」を遠目に眺めながら、
「だが、女王って名のつくとおり、この手の魔物は廃城なんかにいることが多いはずなんだが……こんな辺境の洞窟内のダンジョンにいるのは珍しいな。生前、何らかの理由でこの洞窟に閉じ込められたりでもしたのか……」
「棺……。魂を吸い取る……ってことはもしかしたら、姉さんはもう……」
置かれている棺を見て青ざめる少年に、ロジャーがひそひそ声で耳打ちする。
「……大丈夫だ。ボウズはまだ、姉さんの気配を感じるのだろう?」
「で、でもこの部屋には棺しかなくて、姉さんの姿はどこにも……」
「おそらく、あの棺の中にいるのだろう。ボウズの姉さんが今、どんな状況なのか――囚われているのか、眠っているのか、それとも反撃の機会を探っているのか――それは俺にもわからんがな」
ロジャーはそう言うと、少年の肩をぐっと引き寄せる。
「さて、ボウズの仕事は姉さんを助けることだ。俺みてぇな、むさくるしい男に起こされるのも目覚めが悪いだろうからな……ボウズが棺を開けて助け出してやれ。どの棺に入っているかは、これまでみたいに気配を頼りにすりゃわかるだろう?」
ロジャーはそう言うと、向こうでのっそりと
「それまでの間、あのバケモンは俺たちが引きつける」
少年が頷くと、ロジャーはふと何か思い出したように、ポケットをまさぐり何かを取り出す。
「……そうだ。あと、これを持っていろ」
少年は、金色の輪っかのような見た目のものを見て、目を丸くする。
「え、これって、さっきの腕輪……⁉ でもさっきのは、バクが食べたはずじゃあ……」
「ああ、確かにさっきのに似てるが、これは足に付ける足輪だ。足に
「う、うん……」
少年は素直に頷き、その場で足輪を装着しつつも、
(もしかしてさっきの腕輪、バクにあげたのって、金の装備品なんて既にいっぱい持ってるから……だったりする? この人……一体、何者なんだろう……)
ロジャーはその場で立ち上がると、少年の方を振り返る。
「さあて、相手がわかった以上、ここで準備ができ次第行くが、その前に……ボウズの姉さんの実力について聞かせてくれ」
「姉さんの……? それって、魔法の実力……ってこと?」
「ああ。……正直に聞くが、ボウズの姉さんの魔法は、使いものになるのか? それとも……勇者によく置いてかれるってことは、やっぱり実力不足なのか?」
少年は慌てて否定する。
「そ、そんなことないよ! 姉さんの魔法は、誰よりすごい威力なんだよ。その証拠に、勇者のパーティーに入ったくらいなんだから……」
それを聞いたロジャーは首をひねる。
「じゃあ、なぜ置いて行かれるのだろうな……単に、パーティー構成が悪いのか? それとも、仲間との相性だとかコンビネーションの悪さが原因か……?」
「そ、それは……」
少年は少し言いよどむが、ロジャーの質問に答える。
「…………詠唱が長いんだ。姉さん、シャンカ語の魔法を使うから」
ロジャーは、それを聞くや否や、げんなりしたような顔をする。
「ああ、あのクッソ長い呪文魔法か……」
ロジャーはため息をつくと、頭をがしがしと掻く。
「となると、詠唱を待つ間、ボウズの姉さんのことを守り続けるにはなかなか骨が折れそうだが……俺は魔法は不得手な方だし、俺たちであの敵に対処できねぇ場合は、姉さんの力も借りるかもな。しっかしなぁ、シャンカ語……」
「! ロジャー! あいつ、こっちに気づいたみたいだぜ!」
バクが指摘するのを聞いて、皆が魔物――死の女王の方を見る。死の女王がこちらに気づいた様子で、じっとこちらを見ているようだった。
「くそ、じっくり準備する暇はないようだな。バク、とりあえず剣をくれ」
「ああ、じゃ、今回はどの宝箱でいく?」
「……そうだな。できれば、聖ニコラスの神殿の奥にあった、あの純白の宝箱がいい。すぐに出せそうか?」
「ああ、闇属性の魔物っぽいもんな、聖なる武器がいいかもな。しっかし、あそこのダンジョンは苦労したよな……っと、おいロジャー、宝箱の部屋を開錠してくれ」
「おっと、忘れてた!『
ロジャーがそう言うと、ロジャーの手から光でできた、黄金に眩しく輝く鍵の形をしたものが現れる。
それは、ひとりでにバクの口めがけてまっすぐに飛んでゆく。バクが口をカパッと開いてそれを待ち構え、ばくん、とそれを一飲みする。
バクはしばしの間、口を閉じた状態でもごもごと口を動かすと、やがて再び口を開く。
「ほらよっ!見つけたぞ!」
バクがそう言うと、ロジャーはバクの口の中奥深くまでガッと腕を突っ込む。そしてバクの口から何かを引っ張り出す。それは――――白く光り輝く、一本の
「さあ行け、ボウズ。バケモンの相手は俺らに任せろ」
少年は目を丸くしてロジャーを、そして今しがたバクの中から取りだしたロジャーの持つ剣を見ていたが、こくりと頷き、部屋の奥にある棺めがけて走り出す。
棺に向かう少年を見た死の女王はきいぃと甲高い声をあげ、少年に向けて黒い髪を一斉に伸ばし、髪で少年の体を絡めとろうとする。
バサッ!
死の女王の長い髪の束が地面に落ちる。少し遅れてロジャーが地面に降り立つ。ロジャーの剣が、女王の髪をばっさりと切り落としたのであった。
髪をばっさり切り落とされおかっぱのような髪型になった死の女王が、どこか恨みがましい目でロジャーを見る。ロジャーはその様子を見て苦笑いする。
「おっと……すまんな。だが女王様は、ショート・ヘアの方がお似合いだと思うぜ?」
死の女王は怒ったようにきいぃと甲高い声を出すと、再び髪を伸ばし、今度はそれを針金のように尖らせ、ロジャーの方に一斉に向ける。
「おおっと! 悪かったって! 女王様は、ロング・ヘアがお好みだったかな?」
ロジャーはそう言うと、再び剣を構える。
「だとしたら悪いが……何度でも切り落とさせてもらうぜ?」
一方、ロジャーの働きにより危機を脱した少年は、敵がロジャーに注目している隙に棺へと向かう。
(さっき魔物に狙われた瞬間……もう駄目かと思った)
先程の間一髪、命拾いした体験で、少年の心臓は未だに早鐘を打っているようだった。
(そうだ、姉さんを探さないと。まだドキドキしてるけど……集中して、いつもみたいに気配を感じ取るんだ――――)
少年は棺に向かって走りながらも、心を落ち着かせ、棺を凝視する。
(……あれだ! あの、一番右端の…………)
「おいロジャー、その剣……そんなに威力あったかよ?」
針金のように固く鋭い死の女王の髪を、ばっさばっさと切り付けていくロジャーの様子を見て、バクが感嘆の声をあげる。
「ああ。前よりもさらに威力が増したようだ。さすが、あの宝箱の中で長年眠らせておいただけのことはあるぜ」
「ああ~、あのダンジョンは苦労したからなぁ。その甲斐あったぜぇ」
「……だが、あのどろどろと液状化した体は厄介だ。相性の良い武器だと思ったんだが、あの体を切ってもどうにも手応えが感じられねぇ。急所をつけばあるいは、だが……奴の弱点はどこだ?」
ロジャーは一旦死の女王から距離をとり、相手をじっくりと観察する。
「どこかにはあるはずだが……心臓の辺りを一突きしても手ごたえがなかったし、あの体に剣が飲み込まれそうになったところを見るに、闇雲に切りつけたところでむしろ危険かもしれない。手っ取り早いのは、辺りを漂ってる闇のオーラ――
ロジャーは、今まさに棺に辿り着こうとしている少年の方をちらりと見やる。
「例の『シャンカ語』使いの姉さんに、頼るしかねぇかもな……」
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