大切な物入れ
浅里絋太
大切な物入れ
『同棲生活、やっとスタートしたな。おめでとう。とにかく、よけいなことを言わないのが、長続きのコツだからな』
俺はリビングで、親友のタツヤから来たメッセージを見ていた。その点では、すでに既婚のタツヤは人生の先輩と言えた。
そのときのことだ。
「え、なにこの箱」
と、サチの声が聞こえた。
この部屋に引越してきた二日め。
2LDKの部屋のあちこちが散らかっている。
お互いが持ち込んだ家具や荷物でごった返す中、サチはなにかを見つけたようだった。
俺はサチがいる寝室に向かった。
寝室でたたずむサチの両手の中には、青い缶ケースがあった。表面には男児向けアニメのイラストが印刷されている。――俺の大切な物入れだ。
「あー、それな。ガキのころのやつだけど。なかなか捨てらんなくてさ」
「ね、開けていい?」
「え? 別にいいけどよ。よくそんなの、見つけたな」
すると、サチは顔を輝かせて缶ケースを開けた。それから中を物色し、順番に聞いてきた。
「ね、これはっ?」
「遊戯王の凄えカード」
「じゃあこれは?」
「おはじき」
「これは?」
「拾った缶バッジ」
「ふーん。これは?」
それは、緑色のガラスの指輪だった。俺は答えた。
「指輪だな」
「指輪?」
「あー。たしか小三のころかな。近所に住んでた、ホノカっていう女の子と、家族同士で縁日に行ってさ。そこで、もらったんだ。学区は別だけど、たまに遊んでてさ」
すると、サチは急に、きっ、と俺を睨んできた。
そして、缶ケースを閉じると、無言で立ち上がった。
俺は半笑いで、
「え、ガキの遊びだろ? え……」
しかし、サチは口を結んで、歩いて行ってしまった。
「おい……。すまん……。悪かったって!」
サチは振り向きもせず、もう一つの部屋のほうに行って、ドアを閉めた。
俺は右手で額をおさえて、「うわー、やっちまった」とうなり声を出した。
タツヤの忠告も虚しく、よけいなことを言ってしまったのだ。だいいち、あんなものは処分しておくべきだった。
俺はサチのいる部屋へと向かい、ノックをした。
「入るぞー」
すると、サチは荷物でごった返す部屋の片隅で、顔を伏せて座り込んでいた。
俺はおそるおそる、サチの前にかがみ込んで、
「配慮がなくてさ。ほんと、悪かったよ……」
すると、サチは顔を上げて、こう言った。
「わたし、大好きなアニメがあってさ」
「え?」
「その主人公の名前で、みんなに呼んでもらってたんだ」
そこでサチは、右手を差し出してきた。
「あのとき。ふたつ、買ったんだよね。緑色のと、ピンク色のやつ」
サチが右手を開くと、その中に、ピンク色のガラスの指輪があった。
そのとき俺は、サチの横に、ピンク色の缶ケースが置かれているのに気づいた。蓋は開いていた。
「え、どういうことだ……?」
俺がそう言うと、サチはにっ、と笑って、
「なーんだ。運命だったんだね。そっか」
サチは立ち上がって、俺に飛びついてきて、首に手を絡めてくる。
その手の中の指輪が首に当たって、ひやりと冷たかった。
「あのさ、これっ。おそろいの、色違いだから」
縁日の雑踏の中で、ホノカはふわりと笑っておもちゃの緑色の指輪を差し出してくる。そして、戸惑う俺にホノカは言った。
「将来はねー。わたしと、結婚するんだぞっ。わかったね?」
大切な物入れ 浅里絋太 @kou_sh
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