KAC20243 その箱は、今日も静かに、ただ町に希望を与える。

久遠 れんり

町を守るもの

 その町は守られている。

 町の奥。

 小高い山の上に、町を守る社が建っている。いつ建立されたのかは知らない。


 だが、町の人たちはその事を信じ、今日もまた祈りを捧げる。



 当番が当たり、社の掃除を行うのは高校二年、八城 舞やつしろ まい

「舞。穢れなきよう、社に行く前にはみそぎをして、塩で清めてからお務めをすること。あっ、そうそう。見たことは他言無用だよ」

「何かあるの?」

「いや。ただ信じればそれは形になる。それだけを、心にしっかりとしていれば、問題はないからね」

「よくわからないけれど、わかったわ」


 そうして祖母に見送られ、社までの長い階段を上っていく。


 春先の風と、つぼみの膨らんだ神社へ続く参道沿いの桜。

「あっなんだろう。気持ちが良い?」


 社へ近付くにつれ、それは大きくなる。


 小さな頃から通った道。


「舞。ここにある社。そこには神様が宿るご神体がある。そのお力はとても強く、この町に災害は起こらない。世の中が荒れているから、神様のお力が重要なんだよ」


 この町の子供は、大抵同じ言葉を聞かされて育つ。


「良し。お掃除始め」

 鍵を開けて、中へ入る。


 建物内に特殊なものはない。

 お祭りの時に祈りを捧げる祭壇と、町の人たちが祈りを捧げ、御神酒を頂く拝殿。


 埃を払い、掃き清めて行く。


「お掃除させていただきます」

 断りを入れて、神棚の物を寄せながら、拭き掃除をしていく。


 榊立て周囲には、落ち葉があるため払いつつ、水を替えようとずらした。その時、本尊の入った箱。大きさ二十センチ四方の古い箱が、落ちてしまう。


 すかさず空中でキャッチ。

 舞の背中に冷や汗が流れる。

「びっくり。やばぁ」

 だが気を抜いたとき、蓋が外れて落ちる。


「あっ」

 あわてて蓋を拾い上げて気が付く。

 箱はしゃがんだときに、口が逆さになっている。


 中は空。

 そして何かが入っていた形跡もない。


 それは、いつから空なのかは知らないが、今まで気が付くことがなかった?

 いや。おばあちゃんが言った言葉。

『ただ信じればそれは形になる。それだけを、心にしっかりとしていれば、問題はないからね』


 そうか、そうだったんだ。

 町の人が信じれば形になる。

 それで問題はない。――か。


 この町は、信じるから災害から守られる。

 信じれば、それが神様なのね。


「うーん。哲学ね」


 多少何かがあっても、神様が守ってくれたからこの程度で済んだ。

 災害が起こらないわけでもない。

 いつかの台風では、崖も崩れたし、田んぼも水没をした。

 でも、この町の人たちは何があっても前向きで、こんな事になるなんてとは言わず、この程度で済んだという考えを大事にする。


 それを理解した時、少しだけ町を誇りに思った。


 恭しく、そのご神体が入っている箱を祭る。

 落としたことを謝りながら。


 社の掃除が終わり外へ出る。


 鳥居の向こうに、町が見える。


 野焼きの煙がいくつか立ちのぼり、春の訪れを告げる。


「うん。私、田舎だけど、この町が好き」

 お礼かいたずらか、その瞬間、春一番が吹き抜ける。

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KAC20243 その箱は、今日も静かに、ただ町に希望を与える。 久遠 れんり @recmiya

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