第6話 大団円
信憑性というのは、あくでも、その人が信じたということを、まわりが見て、
「妥当だ」
ということを感じさせないと、成立しないものではないだろうか?
しかし、職場のパートさんは、
「不倫相手が、万引き犯だ」
ということで、それをつなぐには、脅迫という考えしか成り立たないだろう。
つまり、
「ここから、店長が脅迫をしている」
という、三段論法的な考えから、生まれた信憑性であった。
しかし、今回の風俗嬢の話からいけば、
「本人から聞いた」
というではないか、
確かに風俗嬢相手に、
「どこまで信憑性を考えればいいのか?」
ということになるのだろうが、
「本当にそれでいいのか?」
と普通なら疑うのだが、こうやって面と向かって話を聴くと、彼女の話にもその表情にも疑うべきところはまったくなく、
「彼女がウソや冗談を言っているようには、とても思えない」
と感じるのだ。
そう思えば、風俗嬢の証言の方が、よほど信憑性があるように感じられる。
だからといって、
「前者の証言をまったくデマだと決めつけることはできない。何と言っても、脅迫という言葉の共通点があるのだから、そこに何かのあざとさが含まれているとしても、まったくのでたらめだということは絶対にありえない」
と言えるだろう。
「だけど、まさか、店長さんが殺されるなんてこと、思いもしないわ。ここにいる間は、本当に楽しそうなんですけどね」
と彼女は言った。
「でも、人はいつ何時、何があるか分からないからね」
と、店長が言った。
「それはそうなんだけど、あの人は私が見ていて、人から恨まれることはなかったと思うの。ひょっとすると、脅迫されていたということだったので、その相手と何かトラブルでもあったのかしらね」
というので、
「君は、その言葉を信じていたのかい?」
と坂崎刑事が聴くと、
「ええ、信じていたわ。彼の中で、その言葉を疑うところはまったくなかったのよ」
というではないか。
「この子たちの勘は結構鋭いと思うのよ。だって、彼女たちは、それなりに、身体を張って仕事をしているわけだから、よほど信頼していないと、かなりきついと思うの」
と店長は言った。
「ええ、私もそういう意味では、人を見る目はそれなりに持ってると思うの、少なくとも私の目から見て、店長さんは悪い人ではなかったわね。もちろん、それなりにリスクはあると思っているけど、店長さんは、とにかく優しかったわ」
という。
「優しかった?」
と聞くと。
「ええ、SMプレイなんかでは、相手を信頼していないと危ないのよね、一歩間違うと、首を絞めてしまって、絞殺ということになりかねない。そういう意味で、相手を信頼していないと成り立たないプレイなのよ」
というではないか。
万引き犯のことについて、もう一つおかしなことを言っていたのを、迫田刑事は聞きつけた。
元々聞きつけたのは、田村刑事だったが、迫田刑事が、そこで疑問に気が付いて、その問題を掘り下げることになったのだ。
田村刑事が話を仕入れたのは、事件から数日が経って、もう一度、迫田刑事から、別件で、新しい店長から預かっていた書類を、
「返してきてくれ」
と言われ、訪れた時だった。
その時、以前は、浅川主任に話を聴いたのだが、今回はその日ちょうど休みだったパートのおばさんがいて、その人から、
「刑事さん、ちょっと気になったことがあるんですけどね」
というのだった。
話を聴いてみると、浅川主任と同じように、
「羽黒店長が不倫をしている」
という話と、
「万引きをした女性との間で不倫をしているようだ」
ということをいうのだ。
だが、今回の話は、以前に聴いた浅川主任の話ほど、漠然とした曖昧なものではなく、むしろ、ハッキリとした内容だったのだ。
顔の雰囲気や背格好や、その特徴も教えてくれ、
「今見れば誰か特定できますか?」
と聞いてみると、
「できると思います」
というのだった。
ここまで警察に言われ、
「できると思う」
という回答は、
「間違いなくできる」
と言っているのと同じである。
そのことを、帰ってから、迫田刑事に話すと、
「どうも、おかしいな」
というのだ。
「何がですか?」
と聞いてみると、
「今まで抱いていた、羽黒店長のイメージを変えて見なければいけないような気がしてきた。今までは、万引きをした一人の主婦が、気の弱そうな人だったから、魔が差した感じで関係を持ち、店長が女にどっぷりと嵌っているかのように感じていたけど、今回の話としては、逆に、万引きをしている女性を物色して、片っ端から手を付けて、下手をすれば、一回こっきりの関係で、ただ、お金だけをむさぼっているというイメージも湧いてきた」
と迫田刑事は言った。
「それじゃあ、殺された店長は、とんでもないやつだということじゃないですか?」
と、田村刑事がいうが、
「だけど、普通はこっちの方が多いと思うんだよ。最初で味をしめて、それが、どんどんエスカレートしてくるというような感じだね」
と迫田刑事がいうと、
「その通りだとすれば、殺されても無理もないかも知れない。そうなると、容疑者は、限りなく増えてくるんじゃないでしょうか?」
と、田村刑事が言ったが、
「いやいや、そんなに毎回万引きをする女なんて、そんなにはいないだろうからね。ただ、一回だけの、出来心くらいはあるかも知れない。ひょっとすると、このスーパーだけではなく、店長というのは、まるで役得だと言わんばかりに、こんなことを繰り返している人も少なくないのかも知れないな」
と、迫田刑事は、
「やり切れないな」
という表情で、顔を伏せたのだ。
それは、
「こんな顔を誰にも見られたくない」
というせめてもの抵抗のようなものだったのかも知れない。
そう思うと、
「迫田刑事も、勧善懲悪なんだろうか?」
と、田村刑事は感じた。
「じゃあ、一体、誰を脅迫していて、その人と不倫をしているんだろうか?」
と考えたが、さらに、言われたこととして、
「羽黒店長は、そんなにいい人でなかった」
ということであった。
そこで、迫田刑事が空想で結論付けたことが、
「羽黒店長は、万引きする女を自分のものに一度したことで、味を占めたのではないか?」
ということであった。
「一人を自分のものにすると、次々に物色していく。女の方でも、ウワサとして、あの店で万引きできるかのように、店長に脅迫されたことで、言いふらすようにさせられ、毒牙にかかる女が増えてくる。そして、また女を凌辱すると、やつは、どんどん、調子に乗ってくる。そのうちに、本気で不倫をする女が増えてくるというわけさ」
なんてやつだ。
「そのうちの一人が、衣笠清子ではなかったのかな? 店長を殺したのが誰かということは今は分からないが、少なくとも衣笠清子も容疑者の一人」
と、迫田の捜査で、浮かび上がったのが、衣笠清子だった。
そして、彼女が交通事故に遭ったということも分かり、中途半端ではあったが、坂崎刑事から聞いた話も、根拠となった。
坂崎刑事は、自分で事件を解決しようと思っていたが、想像以上に、羽黒店長の極悪さが出ているのを感じると、
「もう、俺の手には負えない」
ということで、迫田刑事に委ねることにしたのだが、坂崎刑事が知りえたすべてを話さなかったのは、自分なりの、せめてもの抵抗だったのかも知れない。
「じゃあ、衣笠清子のひき逃げ事件というのは?」
と田村刑事に聞かれ、
「おそらく、谷口を殺した真犯人が、衣笠清子に罪をなすりつけようとでも思ったか? あるいは、これは、相当恐ろしい考えだが、同時に衣笠清子に、羽黒元店長と同時に脅迫されていた人なのかも知れないな」
というではないか。
「じゃあ、二人から同時に脅迫を受けていた?」
と田村刑事が聴くと、
「ああ、そういうことだってあるということさ。今回の事件は、そんなに深い殺意が表に出てくるわけではないのだが、連続で関係者が被害者になるという、表に出てきたことは、結構深い内容に思えてくるんだ。それを考えると、恨みの深さというよりも、恨みの数がたくさんあって、それが、複雑に絡み合っているのではないかと思ったんだけど、ある意味今の時代の犯罪ではないかと思えるんだよな」
と、迫田刑事は言った。
これには、桜井刑事も賛成で、捜査会議で進言され、
「よし、その路線で捜査しよう」
ということになった。
すると、果たして、迫田刑事の推理はほぼ正しくて、やはり谷口を殺したのは、衣笠清子だった。もちろん、羽黒店長に殺意を持っていた人はたくさんいたが、衣笠清子という女もかなりの、
「ワル」
だったようだ。
数人を脅して、金銭を要求していたのだが、女の方も、まさか二人に脅されるとは思っていなかったのだろう。
しかも、羽黒店長は、まさか自分が脅している衣笠清子がここまで悪党だと思っていなかったのだろうが、いずれそれを知ることになる。
こうなると、羽黒も自分の立場が危なくなった気がした。衣笠清子にいいようにされてしまうと思ったことで、他の女を使って、清子の殺害を考えた。それがひき逃げだったのだ。
羽黒の死体が見つかっていれば、ひき逃げ事件も起こらなかっただろう。そしてひき逃げ事件がなければ、清子の犯行や、ドロドロの関係も明るみに出ることはなかっただろう。
というのも、清子をひき殺したと思った女が、思い余って、自殺をしたからだ。
清子のことだから、その女にすべてをなすりつけようとでも思っていたのかも知れないが、交通事故に遭ったことで、身動きができず、いろいろな偽装工作ができなかったのとで、清子も観念しないといけなくなったのだろう。
「この事件は、細かいことが、どんどん増えていって、二つの事件を引き起こし、悪党二人が暗躍した事件であり、さらに、偶然が重なったことで、複雑になりかかったのだが、結果的に決めてに欠けたことが特徴だったんだろうな。そもそも、誰も、犯罪を隠蔽しようとも思っていない。少し死体の発見を遅らせようとしただけだったが、それが自分の命取りになった。せめてもの、バチが当たったといってもいいんじゃないかな?」
と迫田刑事は言ったが、同時に、
「こんな気持ちの悪い、そして後味の悪い事件というのも、珍しいな」
と、迫田刑事は感じた。
「まるで、悪党選手権のようじゃないか」
と軽いギャグを飛ばしたが、しょせん、誰も笑う人などいるはずもなかったのだ。
( 完 )
悪党選手権 森本 晃次 @kakku
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