第5話 脅迫
これは、殺された羽黒店長が勤めていたスーパーで聞きこんだ話だったが、
「あの人、ある時くらいか、やたら羽振りがよくなったんですよ。それまでは、お金を使うなどあの人には、倹約というよりも、ケチと言った方がよかったかも知れないです。お金があって使わないのは、ケチも倹約も同じなんですが、どうも、お金を使うのが、怖かったようなんですよね。そういう意味で、ケチなんだと思っていました」
と、その人は言った。
その人は社員の中でも年下であったが、店ではベテランだった。
別に、羽黒が追い越したわけではない。
「別に出世なんかしなくてもいいんだ」
と思っていて、最初はパートか何かではないか? と思ったのだが、実際には、下っ端の正社員だということであった。
出世をしようと思えばできるのだろうが、彼には、
「出世欲がない」
というよりも、出世をしたくないと言った方がいいだろう。
「下手に肩書がついて、責任ばかり負わされたら、やってられない。精神的に追い詰められて、身体を壊して会社を辞めなければならなくなっても、しょせん、会社が面倒見てくれるわけではない」
ということを分かっているからだった。
「もし、給料を倍出す」
と言われたとしても、彼は、
「いいです」
と答えることだろう。
もし、身体を壊して、立ち直るのに、養生のために、
「1年で、お金と時間がどれほどいるか?」
ということを考えれば、もし、20歳代のうちに、身体を壊してしまえば、10年も働いていないにも関わらず、そこから、数年以上も、まともに働けない身体になれば、いくら、倍もらったとしても、40代になるまでに、その貯えをすべて食い尽くしてしまうだろう。
しかも、ここから皆失念していると思うのだが、仕事に復帰して、今まで通り仕事ができるわけではない。なぜなら、20代の途中から、まったく成長をしていないからだ。もし、そこから、
「同年代に追いつく」
ということまでに辿り着くまで、いくら死ぬ思いで覚えたとしても、そこから最低でも、15年はかかるだろう。
なぜといって、自分が努力している間も止まってくれるわけではない。
「近づいた分、離れて行っているのだ」
ということである。
その間、リハビリのようなものだから、まったく給料もほとんどもらえないと見てもいいだろう。
すでに、その時点で、給与面ではマイナスからのスタートになるのだ。
給料、キャリア、精神面すべてを取っても、
「給料倍」
くらいでは、まったくわりに合うわけもない、
そもそも、倍の給料など貰えるはずもなく、結果、生涯にもらえる給料のどれだけを、そしてどれだけの期間を無駄にしてしまったというのか、ブラック企業というものの、罪は、そう簡単に許されるものではない。
会社で、仕事ができなくなってしまったものの面倒を見るなど、そんなことをする会社というのは、本当にあるのであれば、教えてほしいと思うのだ。
「自分の身体は自分で守るしかない」
という言葉は、まさにその通りだというしかないだろう。
会社もバカである。そんなことをしても、会社も社員もロクなことにはならない。会社としても、変なウワサが流れて、どうすることもできなくなってしまって、下手をすれば、会社が破綻ということにもなりかねないのだ。
要するに、
「目の前のことだけを考えて、いくらその時だけ何とかなっても、長い目で見れば、明らかに損になることを、どうして考えようとしないのか?」
ということであろう。
バブルの時代には、今では当たり前のこととして分かるような理屈を、誰も考えようとしなかったのだ。
その教訓として、考えようとすると、どうしても、足元のことしか見えないということになるのか、それとも、長い計画を立てようとしても、結局は、
「まずは目の前のことから行っていく」
という発想になってしまうのかということなのであろう。
そんなことを考えていると、目の前のことの積み重ねになるのだろうが、会社の経営企画というと、
「五か年計画」
などという、中長期ビジョンで考えられていることだってあるだろうが、それが、本当にいかされているのかどうか、実に疑問だ。
なかなか、会社の経営陣に参加しなければ、このあたりのことは分からないのだろうが、中長期ビジョンというところでの計画としては、基本的に、売上関係の目指すところではないだろうか?
まずは、売上と利益を概算で、ざっくり計画し、そこから、その計画に向かってのプランを立てるという考え方。
もちろん、そこには、会社の今までの業績や実績から求めていく。事業拡大、営業努力による売上の向上、支出としては、人件費の増加、さらには、設備投資であったり、老朽化による建物の改修等などを考えた上で、出てきた試算に基づくものだろう。
ただ、そこに、
「人間の限界」
であったり、
「予期せぬできごとを考える余裕」
などといった、それらの伸びしろ的な予算を、どこまで計画に入れていたかということであろう。
その計画がなければ、とても、経営はうまくいくはずがなく、いずれは破綻の道を歩むことになるとは、夢にも思っていないのかも知れない。
そんな状態において、谷口氏が店長としていた店は、あまりいい企業ではないといってもいいのかも知れない。どちらかというとブラックに近いというもので、もっとも、この業界自体が、全体的に、
「ブラックに近いのかも知れない」
と、警察が聞きこみをしている間に感じたことだった。
それだけ、アルバイトやパートの人ですら、社員の人たちをみていて、
「可愛そうに思えてくる」
と感じているように思えてならないのだった。
そんな中で、一人のパートから聞かれた話だったが、
「谷口店長ですか? そうですね、あの人は、最初の頃は結構、楽しそうにしていたんですよ。こんなブラックな企業で、あんなに楽しそうに仕事ができるなんて、羨ましいと、他の人とも話していたんですよ。やっぱり、他の人もおかしいと思っていたようで、どうしてなのかと、皆、心のどこかで、そんあな風に思っていたようなんですよ」
というではないか。
「何か心当たりはありますか?」
と言われたパートさんは、
「不倫をしているという話を聴いて、それで、うきうきしているのかなと最初は思っていたんですが、そのテンションがずっと変わらないんです。普通だったら、人間が相手なんだし、しかも不倫ということであれば、ただでさえ、精神的には不安定になるんじゃないかと思うんですが、そんなことはなく、テンションの方は、相変わらず高いままで、しかも、そのテンションの高さに、幅がほとんど少ないんです。これは、精神的にも安定しているのか、裕福なのかって思ったんですよ。そう思うと考えられることって一つじゃないですか?」
という。
それを聞いた坂崎刑事は、何となく言いたいことは分かった気がしたが、それを敢えて聴いて。
「というと、どういうことになるんですか?」
と訊ねると、
「お金じゃないかと思ったんです。不倫をするにしても、何かの精神的な安定を得ようと思うと、お金が必要になるというのは、当たり前のことではないですか?」
という。
「じゃあ、谷口さんは、何かお金には不自由はしていなかったということでしょうか?」
と聞くと、
「ええ、私はそう思っているし、まわりの皆もウスウスは分かっているんじゃないかと思ったんですよ。そうこうしているうちに、谷口店長が、辞めていくことになったんですよ。私も最初はどうしてかな? と思ったんですが、どうも、ウワサとしては、解雇だということを聞いて、違和感がないわけではないですが、なるほどとも感じたんですよね」
ということであった。
「それを、あなたは何が原因だと思われますか?」
と坂崎が聞くと、
「私は、これらの一連の話を総合して考えると、結論は一つだと思っているんですよ。それは、脅迫のようなものじゃないかと思うんです。脅迫することによって、相手に対して、圧倒的なマウントをとることができ、まるで奴隷のような立場を取れるし、何よりも、金銭的に潤うことができる。これほど、楽にお金が入ったり、人を操るというような快感を得ることができることはないはずです」
と、パートさんは言った。
なるほど、さすが、鋭い目で見ている。逆にこれだけまわりから見られているというのは、今の世の中のように、コンプライアンスというものが、カチットしているかということから来る、
「反動のようなものだ」
といってもいいのではないだろうか?
それを考えると、世の中というものは、何を中心に回っているのか、その場合によって、さまざまな可能性や、考え方ができるものだといえるのではないだろうか?
ただ、この考え方は、ある意味、辻褄は合っているが、
「本当に、精神的な辻褄が合っているのだろうか?」
とも思えなくもない。
というのも、
「人を脅迫するということは、ある意味リスクがあると考えられる。というのも、脅迫された方は、確かにその材料のせいで、完全に相手のいいなりにならなければいけないわけだが、そこにお金が絡んでくると、脅迫を受けている側は、どう感じるだろうか?」
ということであった。
「一生、骨までしゃぶられる」
というような、
「最悪のケース」
を考えるのではないだろうか?
「これは、殺意というものに、直接結びついてくる」
ということを、刑事の立場からは、容易に感じるのであるが、果たして、脅迫する側は考えているかということである。
これも、賛否両論と言えばいいのか、両極端な考えになるというもので、
「ネガティブに考えることしかできない人は、絶えず不安を抱えながらも、ここまでくると辞めるわけにはいかないという考えが芽生えてくる」
という考えと、逆に、
「うまくいっていることで、ここまでうまくいけば、感覚がマヒしてしまって、不安すら、なくなっている」
という考えもあるだろう。
そのあたりを、パートさんに聴いてみることにした。
「脅迫というと、いろいろ考えられますが、そんなに、本人にとって、危険のないことだったんですか?」
ということを、直接的な表現で聞いてみた。
「そうですね、私個人ではそこまでは分かりませんね。こういう時こそ、パートさんの中での井戸端会議というのは、結構話になるもので、三人寄れば文殊の知恵ともいうもので、結構いいアイデアというか、考えが膨らんでくると思えるですよね」
というのだった。
ということは、
「彼女たちの間で、井戸端会議として、店長のウワサはあまりしていなかったということなのか? もし、そうであれば、一種のタブーということを言われているのではないだろうか?」
と思えてならないということだった。
だから、
「これ以上は、パートさんに聴いて分かるものだろうか?」
と考えたのだが、
「奥さんたちが、ウワサを自分だけの胸に収めて、我慢できるものだろうか?」
ということも考えられた。
ということは、
「おばさんたちの中で、それなりの結論めいたものを、それぞれに持っていて。その内容に違いらしきものは、ほとんどない。つまりは、暗黙の了解的なものが、潜んでいるのではないだろうか?」
ということではないかと、坂崎刑事は感じたのだ。
坂崎刑事というのは、まだ若くて、いろいろな迷走をすることがあるが、それでも、迫田刑事などは、期待している。
というのも、時々、
「彼は、いきなり核心に近いようなことを思いついて、皆をビックリさせることがある。ある意味、一番、事件の解決に期待できる人間なのかも知れない」
と、考えるほどであった。
坂崎刑事は、
「理論を組み立てて、推理をするのが好き」
であった。
しかし、それには、
「今のところ、致命的に経験が少ない」
というのも、
「坂崎刑事は、最近まで交番勤務の若手であり、ここ半年くらいで刑事課に赴任してきた人だった」
ということだ。
だから、誰かとペアを組んで捜査をするのが当たり前の警察で、まだ中心になったことはなく、相手のペア役ということで、今は経験値を育んでいるというのが、坂崎刑事の立場だったのだ。
坂崎刑事は、交番勤務の間でも、実は、刑事のサポート役のようなことをして、事件を解決に導いたということもあった。
だからといって、出しゃばったようなことは決してしない。それをやってしまうと、
「捜査妨害」
ということになり、迷惑を掛けることで、自分の立場が悪くなることも分かっているからだ。
特に
「警察というところが、縦割り社会だ」
ということを、前から知っていたが、交番勤務の際に、実際、嫌というほどに味わってくれば、なかなか、前に出ることも躊躇してしまうのだ。
特に、昔から、刑事ドラマも結構見てきたことで、
「出しゃばった刑事は、基本嫌われる」
ということも分かっていた。
しかも、坂崎刑事というのが、
「勧善懲悪」
な性格であるということからも分かることで、
「そもそも、警察に入ってくる人は、大なり小なり、勧善懲悪な性格の持ち主だ」
と言えるのではないだろうか?
そんなことを考えていると、
「凶悪犯人というのも許せないけど、誰かを脅迫するということ、さらに、それによって、脅迫された人が殺意を持つことが、どれほど理不尽な捜査をしなければいけないということになるのか?」
ということを考えると、
「やってられない」
と思うこともあるのだった。
坂崎刑事は、
「脅迫などということは、これほど汚くて、卑怯なことはない」
と思っている。
何かの事件が起こるというのは、
「やむにやまれぬ動機」
というものがあって、それに基づいて行われるのが、犯罪だと思っている。
脅迫というもの自体が犯罪なわけで、この犯罪には、
「やむにやまれぬ」
という要素は考えられない。
というのは、
「脅迫するということは、自分の私利私欲のために行うことで、たまたま握った人の弱みに対して、自分が優位性を保つことで、それを、付け込むという言い方をすると、これ以上のひどいことはないわけであり、付け込まれた方だけが、大いに不安に感じることで、それがそのまま優位性となる」
と言えるのではないだろうか?
それを考えると、
「脅迫ほど、陰湿で、卑怯な犯罪はない」
と、坂崎刑事は考えていたのだ。
今までの捜査の中で、
「脅迫事件」
というのもあった。
脅迫が高じ、お金がなくなった脅迫を受けていた人が、強盗事件を起こしたなどということだって、毎日のように、どこかで起こっているといってもいいだろう。
いや、実際にやらないだけで、衝動に駆られるという人は少なくないだろう。
さすがに、そこまでの犯罪を犯す人は少ないだろうが、それをやってしまうと、
「人生終わりだ」
と思うからで、逆にそこまでやらないといけないほどに、今の時点でも、すでに、
「人生が終わっている」
と思っている人もいるということになるのである、
そんなことを考えていると、
「人間の皮をかぶった悪魔などという人間が、本当にもっとたくさんいるのではないだろうか?」
と思えてならなかったのだ。
坂崎刑事は、自分の中で、
「いずれは、脅迫などという犯罪を撲滅したい」
と密かに思っている。
「殺人事件の動機というのは、ある意味、こういう脅迫から引き起こされるという可能性はかなり高い」
ということである。
殺人事件まで引き起こしてしまうという人間の動機として考えられるのは、いくつかあるだろうが、まず一番多いと思うのは、
「怨恨」
であったり、
「復讐」
というものであろう。
昔読んだ探偵小説の中で、
「俺はこの復讐に、人生を賭けている」
というセリフを見たことがあったが、その執念たるや、実際にその通りだと思わせるだけのものがあったりした。
さらに、復讐というものが、どこまでの執念を感じさせるかというのを、読者に伝えるというのが、ミステリー小説の醍醐味といってもいいだろう。
それでも、捕まってしまったり、犯行が露呈してしまうということは、復讐においての、
「失敗」
ということになると考えると、犯人が頭を巡らせて、犯罪計画を練るというのも、分からなくもないといえるだろう、
それだけ、完全犯罪に近づけるということが、
「復讐劇を完成させるか」
ということであり、あくまでも、
「捕まりたくない」
という考えが二の次であるということがいえるのであないだろうか?
それを考えていると、
「復讐というものも、それだけで、情状酌量の余地はあるだろう」
と坂崎は考えていた。
それに比べて、脅迫というのは、もっと切羽詰まっているというものだ。
復讐というものが、自分の精神的な支柱を狂わされたことでの恨みであれば、脅迫を受けるというのは、もっとリアルで、目の前のものを、
「耐えられない」
という状況に追い込まれていて、さらに、
「一生、食いつかれる」
ということを感じた時点で、
「殺意はマックスとなる」
といってもいいだろう。
殺意というのは、読んで字のごとく、
「人を殺す意思」
だといってもいいだろう。
しかし、
「人を殺せば、自分も終わりなんだ」
ということを、十分に分かっていることだろう。
しかし、だからといって、人を殺さずにこのまま行っても、
「自分が終わりであることに変わりはない」
と言えるだろう。
どうせ同じ終わりになるのだったら、
「人を殺しても、それは仕方がない」
と言えるのではないかと感じるのだった。
だから、結局、殺人という方に舵を切るしかないのだろう。
やってしまうと、自分の目的がそこで達成される。そのことが、とたんに犯人の気持ちを一気に弱くしてしまい、不安が募ってきて、疑心暗鬼になり、中には、
「自殺をする」
という人も多いだろう。
だが、人を殺したために、自殺をしたということが分かると、何のために人を殺したのかということが分からなくなる。
そんな人は、
「遺書を残さないのではないか?」
と思うのだった。
そんなことを考えていると、
「殺意」
というのは、その後ろに、
「やむにやまれぬ事情がある」
といってもいいだろう、
しかし、殺人事件のすべてにおいて、
「やむにやまれぬ動機」
というものがあるとは限らない。
というのは、戦前戦後などの動乱期であったり、世紀末などの、
「異常気象」
いや、もっといえば、
「天変地異」
といってもいいくらいのものが、あることで起こってくる、
「愉快犯」
などを中心とした、
「猟奇犯罪」
などと言われるものがあるのではないか?
その中には、
「美というものを、すべてに優先させる」
というような、
「耽美主義的な考え方」
というものがあったりする。
それが、もう一つの殺害動機であるが、これこそ、個人の満足を満たすものであり、
「やむにやまれぬ」
ということでは絶対にないというものではないかと考えられる。
それを思うと、
「犯罪というものにも、種類があり、どこまでが、人間として許されるのか?」
ということも考える必要があるだろう。
「人を殺しておいて、許されるなんて、あるのかよ」
という人もいるだろうが、そんな人は、まだ。
「この世の地獄というものを知らないのだろう」
と言えるのではないだろうか。
それが、大きな問題だといってもいいに違いない。
動機というのも、いろいろ考えられるが、
「動機が何なのか?」
ということを考えるのであれば、まずは、被害者の人間関係から当たらなければならない。
「動機が分かれば容疑者が絞られる」
あるいは、
「容疑者の中から、アリバイなどを考慮したうえで、犯行が可能な人間を見つけ、その人間には、どのような動機が考えられるか?」
ということから、犯人を絞っていくという方法があるだろう。
今度の場合は、どちらなのか分からないが、少なくとも、被害者の人間関係を絞っていくのが、急務であろう。
それを考えて、今、迫田刑事が谷口元店長の身辺調査を行い、さらに、坂崎刑事の方で、衣笠清子の人間関係などの聞き込みが行われた。
「事件に、大きい小さいはない」
とは言われるが、
「優先順位」
というものは、必ず存在する。
むりやりにでも順位を付けないと、組織捜査というのはできないということであろう。
それを思うと、警察はつくづく、
「組織で動いている」
と言えるであろう。
今回の事件において、一番大きな問題は、
「谷口元店長は、誰をどのように脅迫していたのか?」
ということであった。
これも、ウワサにあっただけで、そのウワサの元になったのは、
「俺にも、最近、運が向いてきた」
といっていたことだった。
しかも、まわりが見ていて、
「運が向いてきたというが、どこに向いてきたのか?」
ということであった。
見る限り、金遣いが荒いというわけでもないし、ギャンブルに手を出すわけでもない。そういう意味で信憑性はないのだが、普段から感情を表に出さない谷口が、
「いかにも楽しそうにしている」
ということから、
「どこまで信用していいのか分からないが、あれだけ楽しそうにしている谷口さんを見ていると、信じるしかないように思えるんですよね」
と、
「自分の意思に逆らうのだが」
という不自然な感覚を抱きながら、次第に、
「元店長の金回りがいいようにしか思えないんですよね」
としか言えない様子だった。
しかも、その相手が、
「万引き常習犯の女」
ということであれば、元店長の、悪事は、明白だといってもいいだろう。
だが、男というものは、欲に目がくらむと、抑えきれないところがある。特に金が絡んだり、性欲が絡む時はそうであろう。この場合、この店長が、女の身体だけが目的なのか、お金も要求しているのか、そのあたりは何とも言えないところだ。
もし、性欲だけであれば、
「女性を愛している」
ということも考えられるが、そこにお金も絡んでくれば、
「女を愛している」
と言い切れるかどうか、難しい。
性欲だけであっても、本当に愛しているのか、怪しいだろう。それだけ、
「人を脅迫する」
という行動は、
「どこまで人の心理というものを模索することができるのか?」
と考えてしまうのだった。
羽黒元店長の、
「付き合っていたかも知れない」
という女は複数出てきた。
それぞれに当たってみると、なんと、ほとんどの女が、
「関係があった」
と証言した。
ただ、皆、
「一回こっきりだった」
と証言したのである。
たぶん、
「もし、ごまかしても、後ですぐにバレるだろう」
ということは想像がつくので、
「それくらいなら、最初から明かしておく方がいい」
と考える。
別にずっと交際を続けていたわけではないし、何か言われても、正直に、
「関係が一度キリだ」
といえばいいだけだったからだ。
彼女たちには、
「元店長が殺された」
とは、わざと言っていない。
もし、ハッキリと言ってしまっていれば、それなりに隠そうとするだろう。本当に隠されてしまうと分からなくなるので、
「ああ、ちょっとした参考人を探しているんだけどね」
ということで、言葉を濁していたのだ。
実際に、彼女たちに動揺はなかった。もし、羽黒元店長が死んだ。しかも、殺されたなどということが分かると、彼女たちは、
「自分が疑われている」
ということで、身構えてしまい、何も話してくれないだろう。
今はまだ、犯人選定の時期ではないので、そこまで突き詰める必要はないと思い、オープンにしていると、羽黒元店長の、聞きたくもない性癖まで聴かされる羽目になったりするのだ。
「羽黒店長ってね。SMプライが好きなのよ」
と言い出す女もいたり、
「ロリコンなので、制服を持ってきて、これを来てくれとかいうのよ」
というではないか。
しかし、なるほど、SM系の女は、女王様風の女で、制服を着せようとした女は、
「なるほど、セーラー服など似合いそうだ」
とばかりに、性癖に対しての、彼なりのこだわりが感じられた。
そういう意味では、
「店長は変態であり、性癖にこだわりがあった」
といってもいいだろう。
それを分かっているだけに、羽黒店長という人を知るには、そういう、
「変態チックな考えを持たなければいけない」
と考えるのだった。
ということで、捜査は、SMクラブであったり、風俗の店にも飛び火した。
すると、
「ああ、この人、うちの常連さんよ」
と、出るわ出るわ、風俗や、フェチバーなどの店員から、どんどん新たな情報が出てくるのだった。
「この人、殺されたんだって? ええ、うちではいいお客さんだったわよ。女の子にも人気がある人で、遊び方はキレイな人だったわね」
というではないか。
「クレイな遊び方?」
と刑事が聴くと、
「ええ、お客さんの中には女の子を、マスターベーションの道具としてしか考えていないようなクズも結構いてね。うちだけに限らず、出禁になった人がたくさんいたりするのよ。それを思うと、このお客さんは、いつも女の子に気を遣ってくれていて、女の子も安心してお相手ができるということで、店側も、なるべくサービスしてあげたり、お得な情報は、率先してお教えするようにしているんですよ。だから、きっとよその店でも、キレイな遊び方をしているはずだと思うわ」
と店長は言っていた。
「こういう業界は、お店同士で仲がよかったりするんですか?」
と少しっ不思議に感じた刑事が聴いてみると、
「ええ、そうね、先ほどの出禁ではないけど、どうしても情報は共有しないといけない場合がありますからね。そういう意味で、仲良くして損のない店とは、自然と仲良くなるものなのよ」
というのだ。
「だけど、こういうお店って、そうしょっちゅう出入りできるような店じゃないでしょう? それなりに値段もするし」
と聞くと、
「それはそうよね、そんなに安いものじゃないわ。でもね、中には、食費を削ってでも遊びに来る人っているのよ。それはもちろん、性欲の発散が目的なんでしょうけど、でも、ここで疑似恋愛をすることで、自己満足をしたいと思っている人もいるんでしょうね」
と店長は言った。
「お疲れ様でした」
といって、一人の女の子が帰ろうとしたところを、
「ああ、ちょっと」
といって、その女の子を呼び止めた店長だったが、
「あなた、店長さんから、よく指名されていたでしょう?」
というと、
「はいはい、店長さんね。そういえば、最近来ていないわね」
と彼女がいうと、店長が、
「それがね、あの人亡くなったんですって、しかも殺されたらしいのよ」
というではないか。
別に隠す必要もないので、止めることはしなかったが、その女の子の様子から、
「どうやら、羽黒店長は彼女の常連客でかなりの頻度で指名していた」
ということが分かった。
「そうなの、ビックリだわ、店長さんに、今度デートコースをお願いする約束していたのい」
と彼女はいう。
デートコースとは、180分以上の貸し切りコースで、食事に行ったり、どこかに遊びに行ったりとかであった。
「ところで、店長さんが来なくなったというのは、いつ頃のことなんだい?」
と坂崎刑事が聴くと、
「そうね。そろそろ一か月くらいになるかしら?」
というのだった。
刑事は少しビックリした。
「一か月で、最近見ていないとかいう感じなんですか?」
と聞くと、
「ええ、そうね。前は週に2階は来てくれていましたからね。もちろん、月末などの忙しい時は別だったけど」
というではないか。
「そんなに金廻がよかったんだ」
と聞くと、
「ええ、何か、俺には金ずるがいるからって言っていたわ。もっとも、頻繁に来る人は、そういって自慢げにする人が結構いたりしたんだけどね」
というではないか。
「金ずるについて、何か言わなかった?」
と聞くと、
「いいえ、もし言ったとしても、私たちはいちいち本気にしないから、すぐに忘れちゃうけどね」
といって笑っていた。
が、すぐに、
「そういえば、仕事で弱みを握っているからなんて、物騒なこと言っていたけど、殺されたと聞くと、まんざら嘘ではなかったということのような気がするわね」
という。
「彼は、ごまかそうということをしなかったんだね?」
と刑事がいうと、
「はい。むしろ、言いたいんじゃなかったのかしら? 自分には奴隷のような女がいるということをね。彼はSMプレイもしたので、リアル羞恥プレイをしてみたいと前から言っていたくらいなので、ごまかすというよりも、正直にいう方が多いかしらね。でも、時々そんなおおっぴろげなところに、あざとさがあるようで、何とも言えないところがあったと思うのよ」
というではないか。
「じゃあ、あなた一人に対して、いくつものプレイをしたことがあるということですか?」
というので、
「ええ、私はいろいろできるから、彼の趣向にあったのかも知れないわね。彼も結構楽しんでいたから」
という。
「お店での店長はどんな感じだったんだい? プレイ以外にでもいいけど」
と聞くと、
「プレイ以外だと、結構寂しがりやなところがあるんじゃないかと思っていましたね。ただ、私が感じたことですけど、結構正直だったような気がする。こちらから何も聞いていないのに、自分のことを結構話してくれてね。そこは、あの人が正直な性格だから、そんな感覚なのかって思いましたね」
というではないか。
「じゃあ、いろいろなことを話してくれたのかな?」
と聞くと、
「ええ、そうね、プライベートなことも結構話してくれた気がするわ。ここだけの話だけどってね。でも、それは、よくある話のような感じで話してくれるんだけど、いかにも自分のことなのよね、それをこっちが分かっているのを知ってか知らずか、話始めると、結構すべて話をしてしまうタイプの人なんだって思うわ:
というではないか。
「君たちは分かっているのに、彼がごまかそうとするという感じかな?」
と聞かれて、
「ええ、そういうのもあるけど、お互いに分かっていて、プレイの延長で楽しんでいるということもあったわ。でも、逆にいえば、どこまでが本当なのか分からなくなるという感じになっちゃうのよね」
というではないか。
「というと?」
「店長さんは、どこか、わざとらしいところがあったから、何かを隠したいと思っている時、わざと、明かすことがあったりしたのよ。つまり、気を隠すには森の中っていうでしょう? あれに似た感じなのかしらね。私も、冗談で、突っ込んだっりするんだけど、いつも照れ笑いのようなことをしていたわ。だから照れ笑いをする時は、案外と本当のことがあるって思っていたの。だから、ある意味、あの人ほど分かりやすい人もいないと思っていたのよ」
というではないか。
そんな話を聴くと、
「こういう店の女の子たちは、さすが、相手を見る目がしっかりしている」
と刑事は感じた。
それはそうだろう。
まったく知らない相手である男性と、密室の中で、嫌らしいプレイをするのだから、当然というものであろう。
「その店長さんとのお相手の中で、何か気になることってありました?」
と聞かれた彼女は、
「そうですね。どうも彼は、何かに悩んでいるというところがありましたね。いろいろ来てみると、どうも変な女に引っかかっていて、今のままでは、うまくいかないというようなことを言っていたようなですよ」
という。
「変な女」
と聞き直した。
「ええ、どうも、自分を脅迫してくるような女がいるので、困っているといっていたんですよ」
というので、
「どんな女なんですか?」
と訊ねると、
「ハッキリとは分からないですけど、話の雰囲気では、主婦の人で、本当は離れたいんだけど、どうもそうもいかないということだったんです。脅迫というのは、私が勝手に思い込んだだけなんですけど、話の文脈から考えると、どうもそれ以外には考えられないような気がしたんです」
と、彼女は言った。
「ということは、あなたは、彼のその言葉を信じているということですね?」
と聞くと、
「ええ、信じないと当然、理屈の根本は違ってきますからね」
というのだった。
それを聴いていると、店長の風俗嬢に対しての話には、
「かなりの信憑性がある」
ということになるとのだろう。
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