第4話 交通事故

 そんな、

「守秘義務」

 というようなものが、警察側にとって、ネックとなっていることを、田村刑事が感じていると。主任さんからも、パートの人からも、それ以上のことを、情報として得ることはできなかったのだ。

 だが、

「羽黒という元店長が殺害された」

 というのは事実であり、それに関係があるかも知れないと思われる、

「不倫疑惑」

 が浮上してきたのも、事実だったのだ。

 今のところ、殺人の動機として考えられる有力なものとしては、

「不倫関係にある女がいた」

 ということと、さらに、その女が、

「万引きをしたことがあり、店長がその相手をした」

 ということは事実として残っているのだ。

「万引きをした女に対して、脅迫をしているのか、とにかく立場的には圧倒的に有利になっていることを利用し、不倫関係になった女がいる」

 ということであれば、その女には、

「被害者を殺す動機がある」

 ともいえるであろう。

「自分のことを脅迫しているのであれば、脅迫してくる相手を葬ってしまわないと、自分が助かる道はない」

 と思う、なぜなら、

「一度食いつかれて、金を取られたり、肉体関係を結んでしまうと、相手はさらに、何度も無心をしてくるはずで、そうあると、一生食いつかれてしまう」

 と思うと、それは、殺人の動機としては十分であり、普通に考えれば、

「被害者の方も、殺されて当然だ」

 と、どこか殺人者であったとしても、同情の余地は生まれてくる。

 だが、同情だけで片付けられない問題もあり、それを考えると、

「犯罪の多様化」

 あるいは、

「犯罪の特殊性」

 というものは、どんどん生まれてくるということが自裁に起こるものだということを感じさせられてしまうのだった。

 そんな今度の殺人事件が、明るみに出て、これから事件の全容を解明しようかとしているところで、ある一件の事件が起こった。

 いや、事件というか、

「事故が事件になった」

 ものであり、というのは、

「死体が発見されて、3日後に起こったことであるが、ちょうど被害者が見つかったあたりを歩いていた一人の主婦が、交通事故に遭った」

 というものであった。

 犯人は、ひき逃げをしていて、その場にはいなかったということだが、たまたま、その現場を見ていたサラリーマンが急いで救急車を呼んだことで、その女性は、一命をとりとめたということであった。

 事故ではあるが、犯人はその場から逃走しているということなので、

「殺人未遂事件の可能性もある」

 ということである。

 しかも、ちょうど3日前に、ほぼ同じ場所から、死体が発見されているということもあって、

「事件に直接関係あるとは言いにくいが」

 と言いながらも、簡単に切り離して考えることはできないだろう。

 そのことを刑事も分かっているのか、ひき逃げ犯を追いかける方も、それなりに注意して捜査に当たるということであった。

 ひき逃げというのは、実に悪質なものであり、もし、被害者が死んでしまったとすれば、本当の、

「殺人罪」

 というよりも、もっとたちが悪いものではないかと考えられるのだ。

「ひき逃げなどというのは、殺人事件に匹敵すると思うのは、ほとんどの場合に、情状酌量の余地はないといってもいいのではないか?」

 と考えるからであろう。

 そもそも、主婦がその時間にそんなところを歩いているというのも怪しいもので、最初はその奥さんが何者なのか分からなかった。

 だが、いろいろ調べて見ると、この場所で殺された谷口元店長とかかわりがあるというのを、谷口元店長を調べていて分かったことであった。

 今回の事故で亡くなった主婦というのは、名前を衣笠清子といい、年齢は36歳ということだった。

 旦那は、大企業に勤めていて、課長をしているという。年齢も少し離れていて、旦那は、40代後半だというが、ただ、別に年齢的には離れているという感じではなかった。そう感じるのは、奥さんが、派手好きの若く見えるわりに、旦那は年齢相応というよりも、もっと上に感じられるほどであった。

 いかにも、

「大企業の課長」

 というに、ふさわしい感じである。

 大企業の課長というと、二つに分かれる気がするのは、気のせいであろうか?

 一つは、

「いずれは社長を目指すような、脂ぎった感じの課長」

 と、逆に、

「まるで公務員のような、雰囲気で、年功序列で上がってきた」

 という人である。

 あくまでも、勝手な想像だが、前者は、営業畑で、後者は管理部畑という雰囲気である。

「いつかは、必ず大きな勝負に出るか?」

 それとも、

「現状維持を基本にして、いかに、業務の効率だけを考えて無難に行くか?」

 ということの、どちらかというところであろうか?

 今回の被害者である衣笠清子の旦那というのは、後者であった。

 何でも無難にこなせるかも知れないが、いつもおどおどしてはいるが、実は何を考えているか分からないという雰囲気もある。あまりいい見え方ではないが、この男は、とにかく、おどおどしていた。

 確かに、奥さんが亡くなったのだから、おどおどしても、無理もないだろうが、それは、どちらかというと、おどおどというよりに、

「何かに怯えているかのように見えるのだった」

 さっそく旦那が、遺体と、

「面通し」

 を行ったが、

「ええ、妻に間違いありません」

 と答えても、身体がブルブル震えているのは、変わりはなかった。

 確かに、気持ち悪い霊安室に入るのだから、震えが止まらないというのも分からなくもない。

 しかし、旦那の震えは、霊安室を出ても止まらない。むしろ、激しくなっているようだ。

 見方によっては、

「奥さんの死というものも直視して、それが確信に変わった瞬間、本当の恐ろしさがこみあげてきた」

 ということなのだろう。

 つまり、

「この旦那というのは、奥さんが死んだことで、何か自分の身にも恐ろしいことが起こるのではないか?」

 と考えているとすれば、このひき逃げは、単純なひき逃げではなく、

「殺人事件」

 ということになるのだろう。

 もちろん、考えすぎだとは思うが、刑事としても、万が一にも可能性があるなら、それを確認しないわけにはいかない。

「妻は、どうして、あんなことになったんですか?」

 と、団が力なく聞いた。

「ハッキリとは何とも言えませんが、今のところ、ひき逃げということで、犯人を追っているところです。ところで、主婦の方が時間も時間、この時間にあのあたりを歩いていたというのが、警察としても、気になったんですが、奥さんは、何か習い事であったりされているんでしょうか?」

 と、担当刑事が聴いた。

「いえ、習い事はしていませんが、たまに、奥さん連中から飲み会に誘われるということでしたので、たまにはいいよと、いつも言ってはいたんですが」

 という。

「じゃあ、奥さんは、今日飲み会の日だったんですか?」

 と聞くと、

「私には分かりません。女房がいない時は、飲み会だと思うようにしていたので、気にもしていませんでした。バスも最終になることもたまにあったので、時間的にもまだいい時間だったんですよ。本当に一年に一度くらいは、タクシーを乗り合いで帰ってくることもあるので、別に気にもしていませんね」

 というではないか。

「じゃあ、今日も奥さんが遅いことを気にしていなかった?」

 と言われて、旦那が一瞬、

「ぎょっ」

 となったのを見逃さなかった。

「そうですね。ただ、今日は何か虫の知らせのようなものがあったのも事実なんですよ。というのも、遅くなる時は、結構な頻度で、LINEうをくれるのですが、今回はなかったので、気にならない方がおかしいですよね」

 という。

 刑事の方は、

「日常の中で、たまに変わったことがあると、旦那に虫の知らせのようなものがある:

 ということは、何となく分かった気がしたのだ。

 この刑事も、時々奥さんに対して、虫の知らせのようなものがあったという。ただ、その時は何もなかったので、いつも、

「気のせいだったか」

 と感じるが、当たらないまでも、確か普段と違うことが気になるのも事実だった。

「奥さんは、そんなに飲み会に誘われるほど、近所づきあいがよかったんですか?」

 と聞かれた旦那は、

「そうでもなかったようです。飲み会といっても、定例会の延長のようなもので、近所づきあいの一環だということでしたが、女房が喜んでいる様子はありませんでした。むしろ次第に億劫そうになっていて、最近では、明らかに嫌気が差しているという顔をしていたんですね」

 というではないか。

「じゃあ、完全に、お付き合いをさせられていたというのか、それとも、人数合わせの一人いされていたといってもいいという感じですね?」

 ということであった。

「まあ、そうですね」

 と旦那は答えた。

「その飲み会というのは、どういう団体なんですか? 仕事場仲間だったり、自治体の集まりのような感じなのか、それと男女比率ですね」

 と刑事が聴くと、

「街には、区があって、組というものがあるんですが、区の中のさらに組単位で、たとえば、うちのマンション単位での集まりというか。だから、本当は全員くれば、40人近くにはなると思うんですよ。夫婦で参加されるところもありますからね。でも大体は、一人の参加が普通なので、その一人というのは、必然的に、奥さんということが多いでしょうね」

 というので、

「じゃあ、基本的には、いつも女性が多いといってもいいのでしょうか?」

 と刑事の質問に、

「ええ、そうです、その通りだと思います」

 と旦那は答えた。

 旦那は、まだ震えが止まらない。普通であれば、話をしているうちに落ち着いてくるものなのだろうが、今日の状態と、彼が話している状態とが、何か違っているのではないか?」

 といってもいいのではないだろうか?

「一つ気になったのですが、組の集まりって、街まで出ないとないんですか? それに皆同じマンションなんですよね? だとすれば、奥さん一人というのは、どうにも解せない気がするんですが」

 というと、旦那は、

「痛いところを突かれた」

 という感じで、顔をしかめるのを、今度はハッキリと捉えることができたのだった。

 確かに話としては、明らかに

「辻褄があっておらず、矛盾しているところが多い気がする」

 というものである。

 確かに、このあたりであれば、近くにできている、

「大型ショッピングセンター」

 があるではないか。

 飲食店街は、一番遅くまで開いていて、

「大体23時くらいまでやっている」

 ということを聞いたことがあったのだ。

 街まで行って、バスの時間を気にしなければいけないということを思えば、ショッピングセンターで23時まで貸し切ってもいいだろう。

 実際に、和食の店や、鍋関係のお店などでは、宴会のお客さんを募集している。

 それを思えば、

「なぜ、わざわざ街までいくのだろう?」

 ということであった。

 それを聞いて、もう一人の刑事が、

「裏を取る」

 ということで、マンションの組長のところに話を聴きに行ったのだ。

 幹事に関しては、期間を区切って、持ち回りであったが、実際の組長というのは、年間を通しているので、その人がその年は一番の決定権を持っているといってもいいに違いない。

 実際に裏を取りに行っている間に、さらに話を聴いてみた。

「奥さんは、ご近所付き合いはいかがだったんですか?」

 というと、旦那もビックリして、

「どうしてそんなことを聞くんですか?」

 というので、

「いや、ただの聞き取りですよ。それによって、奥さんが、飲み会を楽しみにしていたかどうかというのも分かるじゃないですか? それによって、お酒に飲み方も分かってくる。実際に帰りかけに、ほとんどシラフ状態だったのか、ベロンベロンに酔っていたのかによって、事故の見えてき方も変わるというものですよね」

 と刑事は言った。

「確かにそうですが、うちの奥さんは、そこまで無理に飲んだりはしないですね。近所づきあいも普通だったんじゃないですか?」

 と、今度は、けんもほろろという感じで、旦那は答えた。

「あまり、この話には触れられたくない」

 とでもいいたいのだろうか?

 それを考えると、

「奥さんと旦那の関係というのも知っておくほうがいいかも知れないな」

 と、刑事も思うのだった。

 ただ、本当にただのひき逃げであれば、それらの考えはまったく無意味なことであり、どこにでもいるような夫婦の関係を疑って、余計な先入観を捜査に与えないようにしないといけないいということであろう。

 それを思うと、奥さんのことをあまり気にするのはいけないとも思うのだが、旦那のあの様子を見ていると、

「深入りしないといけないのではないか?」

 と思わせるのであった。

「旦那が、奥さんを恐れていた」

 ということも考えられるが、もしそうだったら、死んでしまったのだから、恐れる心配はない。

 そうなると、旦那としては、何にそんなに恐れているのか、それは、自分にも危険が及ぶというようなことであろうか?

 もちろん、ただの交通事故でしかないように見えるだけに、こんな先入観は、捜査には邪魔なのかも知れないが、今回の事件は、数日前に、同じ場所で死体が見つかっているということもあって、

「ただの偶然では済まない」

 ということなのではないかと思うのだった。

 ただ、偶然というのが、どこまでのことをいうのだろう?

 交通事故に妻が巻き込まれたというのであれば、それこそが偶然というものではないだろうか?

 確かに、交通事故など、日常茶飯事であるが、ただ、ひき逃げということになると話は違う。

 ひき逃げがあってから、思い返して、自首してくるという犯人も、実際に一定数いるというのも、紛れもない事実なのだ。

「なるほど、奥さんがご近所付き合いが悪くないとすれば、それでいいんですがね」

 ということで、少し話が、そこで途切れてしまった。担当刑事はそこで一度話を切り上げて、もう一人の刑事に落ちあうかのように、組長さんのところに行ってみることにした。

 被害者の衣笠夫婦の部屋は、5階にあったが、今年の組長さんというのは、2階にあるようで、エレベーターで下に降りた。

 先にやった刑事はすでに聞き込みに入っているようで、担当刑事がそこで加わることになった。

「こちらは、坂崎刑事です」

 と言って担当刑事が紹介されたので、坂崎刑事が頭を下げると、話の続きに入っていた。

「衣笠さんの奥さんのことですよね? 今回は実に気の毒なことで、御冥福をお祈りするというところですね」

 と組長はそういったが、どうも、心から言っているとは思えなかった。

 ただ、それも、組長という立場から言っているだけだということが分かったので、

「相手が誰であっても、態度は変わらないだろう」

 ということであった。

 組長というのは、元々そういうものであって、そこを掘り下げるということはしたくない。

「ところで、一つ気になったんですが、毎回、都心部で飲み会を開くんですか?」

 と聞かれた組長だったが、

「いえいえ、そんなことはありませんよ。街まで行くのって、結構大変ですからね。だから、普段は、そこのショッピングセンターか、センターができる前によく利用していた居酒屋を予約することが多かったんです。でも、今回は、どちらも予約ができなかったと感じがいうので、仕方なく、都心部の方にしたわけなんですよ」

 と組長は言った。

「ところで今回の幹事は誰だったんですか--?」

 と坂崎刑事が聴くと、

「ああ、今回の幹事は、亡くなった衣笠さんだったんです。こんなことになると分かっていたのなら、させたりはしなかったんですがね」

 と組長は言った。

 次第に、坂崎刑事は苛立ちを覚えていた。

 何と言っても、

「そんなことは分かっている」

 と言いたいのだ。

 言い訳なのか、いかにも当たり前のようなことを言って、それを相手に納得させることで、自分の正当性というものを保とうとしているのではないかと思うと、本人が必死になっていると思えば思うほど、苛立ってくるのであった。

 坂崎刑事は、どこか、勧善懲悪なところがあり、そのくせ、

「あざとい行動をする人に対しては、イライラするタイプ」

 だったのだ。

 だから、坂崎刑事にとって、この組長のようなタイプは嫌いな相手であり、ただ、坂崎刑事のような人間は、結構なわりで、

「好きになれない相手」

 というのが結構いるということになるであろう。

 そういう意味では、組長よりも、むしろ旦那の方が嫌だった。

 あからさまな態度を取るというわけではないのだが、それ以上に、時々見せる大げさにも感じられる態度にあざとさを感じるのだ。

「計算高いところがあるのか?」

 と考えてしまうのだが、それが、

「木を隠すには森の中」

 ということわざがあるように、

「ウソを隠すには、本当の中に紛れ込ませればいい」

 という考えに近いといえるだろう。

 だから、旦那が、

「大企業の、課長だ」

 と聞いた時、最初から嫌な予感がしていたのだが、まさに、その予感が当たってしまったということになるのだろう。

 今回の事故は、そもそも、運が悪く、

「近くの店が取れなかったことで、都会の店に変えてしまったことで交通事故が起こった。それがたまたま、幹事である奥さんになってしまった」

 ということを、

「ただ運がなかっただけ」

 といって片付けていいものだろうか?

 とりあえず、このあたりも本当に奥さんの言う通り、このあたりのお店が皆満室だったのかということを確認する必要があるだろう。

 そう思いながら、さりげなく、亡くなった奥さんのことを聞いてみた。

 組長は、最初こそ、警察に質問されて、

「面倒くさいな」

 という感覚になっているように思えたが、刑事が、人間関係に深入りしてきたことで、てっきり、訝しがるかと思ったが、逆に、興味津々という感じで、前のめりの様子で聞きに来ていたのであった。

「あの奥さん、どこか変わっているんですよ」

 と、いきなり、毒を始めた。

 普通、毒を吐き始めたといっても、いきなり、毒を吐くことからするとは思えなかった。ただ、

「この組長だったら、ありえるか?」

 と思ったのは、最初に、露骨な態度に見えたからで、ある意味、

「分かりやすい人だ」

 と言えるということが分かっていたからだろう。

「奥さんが変わっているというのは?」

 と聞くと、

「皆が一緒に何かを考えようとするときも、いつも端の方にいて、自分はまったく関係ないという顔をしているんですが、たまに、いきなり前のめりになって自分が中心でないと我慢できないというような態度に出ることがあるんですよ。それを見ていると、実に興味深く感じられて、いつも、何かを必死に隠そうとしているんじゃないかと思えてくるんですよね」

 という、

「組長さんは、それが何だか分かりますか?」

 と聞かれた組長は、

「いいえ、見当もつきません」

 と言いながらも、ほくそえんでいるように見えるので、

「本当に、見当がつかないのか、ウソにもほどがある」

 と言いたげであった。

 ただ、組長にもすべてが分かるわけではない。

 どこかが分かっていて、それが、そのうちに繋がってきそうなことが、楽しくて仕方がないのだろう。

 しかし、今回、彼女が死んだことで、それが叶わなくなり、そのことが寂しくなったのではないだろうか?

 だが、今度はそれを警察がつきとめようとしている。

 それを思うと、

「私が、本当は突き止めたかったけど、それも仕方がない」

 とばかりに、警察が謎を解き明かすという立場を譲ることになったが、

「警察なら、自分たちにない権力を持っていることで、解明は、時間の問題なのだろう」

 と思うのだった。

 そんな中において、

「あの奥さんですね。どうも、不倫のウワサがあったんですよ」

 というではないか。

 ただ、警察であれば、そんな話が事件の中であることくらいは、普通にあることなのでビックリはしないが、さらにその後の言葉に、さらにビックリさせられたのだが、

「それにですね、盗癖のくせもあったんですよ」

 というではないか?

「盗癖?」

 と聞くと、

「ええ、万引きの常習ではないか? ということを聞いたことがあったんですが、もちろん、デマだということは分かりました。ただ、一度、あの奥さんが、お店の店長に怒られているのを見たことがあったという人がいたので、まんざら嘘ではないのではないか? と思うようになったんです」

 と組長はいう。

「万引きに不倫? どこかで聞いた話だ」

 と、坂崎刑事は思ったのだ。

 坂崎刑事は、当初、谷口店長の殺害事件の方にも絡んでいた。しかし、今回ひき逃げ事件が発生したことで、こちらの捜査に回されたのだ。

 といっても、坂崎刑事が、無能だからというわけではない。

「ひき逃げ事件の方は、坂崎君に任せよう」

 ということだったのだ。

 谷口店長が殺されてから、三日が立っていたが、さすがに三日では、まだまだ、殺人事件の方は、何も繋がっていない状態だった。

「まさか、今回のひき逃げ事件が、その前の殺人事件に、絡んでくるとは思いもしなかった」

 というのが、坂崎刑事の考えであったが、そのことを、

「外された」

 と心の隅で思っていて、少し腐りかけていた坂崎刑事だったが、

「ひょっとすれば、出し抜けるかも知れない」

 と思っただけで。完全に舞い上がったとことがあった。

 本当は黙っているのは、刑事としては、してはいけないことだが、

「外されたんだから、あとで何か言われても、殺人事件のあらましを、何も聞いていなかったんだから、分からなかった」

 といって、ごまかせると思ったのだ。

 しかも、一緒に捜査している刑事は誰も、向こうの殺人事件の内容を知る由もない、そういう意味で、

「出し抜ける」

 と思ったのだった。

 坂崎刑事は、自分の中でいろいろな推理を立ててみた。

 それも、今までは、

「ピースが一枚足りない」

 と思っていたが、その一枚が見つかり、しかも、

「分かっているのは、自分だけだ」

 と思うと、他の刑事を出し抜けた気がしたのだ。

 だから、推理の方も自分ではさえわたっていると思えてくるのだが、それは、自惚れというものであろうか。

 今度の事件において、一番の問題は、

「動機だ」

 と思った。

 この事件の動機は、今見えているところでは、ハッキリとしないではないか。

 殺された元店長には、殺される動機が見つからない。

 そこで、身辺調査をしてみると、

「以前、店長を辞職した理由に、不倫をしたという理由があり、さらに、その不倫相手というのが、万引き犯だ」

 ということだったのだが、どうしても、ウワサの息を出ない。

「そんな情報だけで、捜査を続けていても、必ず、どこかで引っかかる」

 と言われていたが、まさにその通りであった。

 一緒に捜査をしたのは、今回のこの事件で飛ばされることになる前の二日間だったので、

「その間には、まったく捜査らしいものが進展しなかった」

 ということであった。

 しかし、

「刑事捜査というのは、あるきっかけがあれば、一気に捜査は進むもので、そのことを、坂崎刑事は分かっているのだろうか?」

 というものであった。

「坂崎刑事というのが、もう少し頭が柔軟であったら、あることに気づいたのかも知れない」

 と言えるだろう。

 何といっても、この事件での強みは、

「二つの事件を知っていることだ」

 と言えるだろう。

 まさか犯人も、この二つの事件を両方知っている刑事がいるなど、思ってもみないだろう。

 犯人にとっても、

「警察が、この二つの事件を同時に見ることができると、意外と簡単に事件を解決できるかも知れない

 と思っていることだろう。

 とりあえず、坂崎刑事は、この二つの事件のつながりを一切話すつもりはなかった。

ただ、どちらかの事件を追いかけているうちに、その関係性に気づくのも、日本の警察であれば、

「それくらいのことは、当たり前だ」

 と思うことだろう。


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