朱い雨が降らないように

見える範囲が全てコンクリートの無機質な廊下。

自分の足音だけが響く空間を、僕は一人で歩いていた。

しかし途中の扉までやってくると、暗証番号を入力して中に入る。

中はホテルの一室のように広くて、生活に必要な物はすべてそろっている。

ここが僕の部屋。

部屋の扉を閉めてしまうと、ゆっくりと息を吐きだした。

ああ、やっと終わった…。

ゲームマスターを始めてから約一年。

ゲームは不定期に開催されるから、まだ数回しかゲームを担当したことはない。

それなのに、あの緊張感に包まれた空間に慣れるはずもなかった。

よろよろと部屋中央にあるソファーへ向かうと、倒れるように座り込む。

まだ仕事は残ってるけど、少しだけ休憩…。

体から力を抜いて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

数分の間そうやって過ごしていると、不意に部屋のドアがノックされた。

反射的に体を起こし、気持ちを整える。

父さんだ。

ソファーから急いで立ち上がり、ドアへと向かう。

「はい」

ドアを開けると、案の定父さんが立っていた。

「いやあ、お疲れ様。今回も頑張ってたね」

「ありがとうございます」

「でも、観戦者からの評判はイマイチだ。やはり、ゲームの形式を変えてからダメだね」

「…そうですか」

今まで開催されていたゲームでは、もっと大人数を参加者としてみんなが一斉にミッションを行うという方式をとっていた。

今回のような少し劇の混ざったシナリオよりも楽だし、見栄えも良い。

ゲームの経営者としても、父さんは安価で済む前の形式の方が好きなのだろう。

しかし、僕はその方法だと困る。

「ですが、前の方式ですと毎回同じようなものしか見られません。いつか観戦者にも飽きが来るでしょう。しかし、今回の形式だと参加者をいろんな状況に立たせることができるため…」

「うん、それは前に聞いたよ。二度も同じことを言うのは無駄だ」

「失礼致しました」

「確かに飽きが来ないようにするのは大切なことだ。朱雨がそこまで考えてくれていることは喜ばしいし、しばらくこの形式を続けても良い。ただし、次はもう少し派手にやってもらえると助かるよ」

「承知致しました」

頭を下げる僕の肩を父さんがぽんっと叩く。

「じゃ、頑張るんだよ」

「はい」

頭を下げたままにして、父さんが帰るのを見送る。

父さんの足音が聞こえなくなると、僕も開けられたままの扉から部屋を出た。

そのまま父さんが向かったとは反対方向に足を進める。

何となく、自分の部屋に居たくなかった。

父さんと話した後は、いつもこう。

心細いような、誰かに会いたいような気分になって、僕は秘密の場所へ向かう。

僕が唯一「ゲームマスターの仮面」を取れる場所へ。

無駄に曲がり角が多い廊下を習慣のままに歩いていくと、少し古びた鉄扉に突き当たる。

重いそれを押し開けると、向こう側には地下通路が広がった。

暗く湿ったそこを迷うことなく進んでいくと、しばらくして数人の人を見つける。

見慣れた仲間と、守りたかったみんな。

パッと顔に笑みが広がり、足早に近づく。

「大和さん!みんな!」

「…来たか」

二十歳くらいのフードを被った男性、大和さんはニコリともしないでこちらを一瞥すると、僕が追い付かないうちに歩き出した。

無愛想とも思えるが、彼の気を許した態度は何故か安心感を与えてくれる。

しかし、周りに居た人々は僕を見ると固まった。

「君、さっきの…」

「シュウくん!?」

そこに居たのは、先ほど終了したゲームの参加者四名。

一真たちだった。

みんな血のりで服が汚れてたりするけど、特にケガは無さそう。

「良かったです、皆さん無事で…」

「これ、どういうこと?ちゃんと説明してほしいんだけど」

一真が僕に迫ってくる。

「目が覚めたらここに居て、他のみんなも居るし、そこの人は『後で説明役が来る』ってだけ言って何も教えてくれないし」

「ごめん!悪いんだけど、歩きながら話しても良いかな?」

一人で先に進み続ける大和さんを指さして、僕は「ね?」と苦笑いする。

「…はぁ」

ため息をついて一真が歩き出すと、他の三人も同じようについてきてくれる。

僕は大和さんと四人の間に陣取り、全員に聞こえるように喋りだした。

「さっきのゲームは僕が考えたデスゲームなんだ。そういうのを見るのが好きな人が、大金を払って観戦している。僕はその人たちを楽しませるために、いろいろと工夫をしてゲームを作り上げているんだけど、一真たちはそれの参加者に選ばれたんだ。怖い思いもさせたと思うし、本当にどれだけ謝罪しても足りないと思ってる」

「デスゲームって言うわりには、参加者は死なないんだな」

「いや、死んだことになってるよ。少なくともあのゲームを見ていた人たちには、そう見えているはず…」

「つまりシュウは、周りには秘密で俺たちを助けたのか」

「うーん。そうだね、一応命は助けた」

「命以外は助けられないってこと?」

「…」

さすが一真。

違和感のある言い方だとすぐにツッコんでくるなぁ。

僕は緩んでいた表情を引き締めると、暗い表情で頷く。

「ここからがみんなのこれからに一番関係があるんだけど…。今日から、四人全員シェルターで暮らしてほしいんだ。今すぐにでもみんなには家に戻ってもらいたいんだけど、どうしてもそういう訳にはいかない」

「シュウは一人…、いや、そこの大和さんと一緒にこっそり俺たちを助けた。でも、すぐに元の生活に戻すと、俺たちが生きていることがバレる可能性があり、困るってことか」

「うん、そういうこと」

代わりに説明してくれる一真に、ぎこちなく笑いかける。

「一真たちが生きていると分かったら、僕がお客様たちを騙していたのがバレてしまう。僕やそこの大和さんはもちろん殺されるけど、きっとまた次のゲームマスターがゲームを始めるんだ。そうなると、多くの犠牲者が出る」

「でも、永遠にゲームマスターであり続けることはできないんだから、遅かれ早かれそうなると思うけど」

「うん、それはそうだね。でも、ちゃんと解決策はある。実は、僕はこのゲームの主催者の息子なんだ。父さんは厳しいから、今は全くゲームの経営に関わることはできないけど、いずれ必ず僕が主催者を継ぐ。そうなればこのゲームの組織全体を根本から壊すことができる」

「いずれ継ぐって…、それいつになるんだよ?」

「僕は遅くに生まれたから、父さんはもう五十過ぎなんだ。それもあって、僕が成人するときに引き継ぐことになってる」

「今、何歳?」

「もうすぐ十三歳」

「あと五年ちょっとか…。まあ、思ったよりは短いかな」

「それでも長い期間なのは変わりないよ。だから、本当に、本当に申し訳ないんだけど、僕が大人になるまで、ここで暮らしてほしいんだ」

立ち止まって、四人に深々と頭を下げる。

「お願いします!」

四人は足を止め、答えに迷っているのか沈黙に包まれる。

その時、少し先に進んでいた大和さんも足を止めた。

「…言っておくけど、これはお願いじゃない。決まっている事実だ。朱雨だって、みんなが断ったとしても『はい、分かりました』なんて言って元の家には返せない。それくらい何となく分かるよな?」

「大和さんっ!」

僕が視線で「黙ってて」と伝えると、彼はそっぽを向いた。

大和さんの言うことは正しい。

でも、元はと言えば巻き込んだのはこっちなんだから、そんな言い方はしないでほしい。

「あの、みんなが生活に必要な物は全部揃えるし、何か欲しいものがあったら可能な限り手に入れる。絶対に悪い生活はさせないから、どうか、お願いします…」

再び頭を下げると、一真がゆっくりと息をついた。

「シェルターなら安全は保証してくれるんでしょ?無理に元に戻って口封じで殺されるよりはマシだから、良いよ」

「本当!?」

「俺はね。でも、他の人は…」

一真が後ろに視線を向けると、美里さんも頷く。

「元から私たちには選択権が無いみたいだし、シュウくんに命だけでも助けてもらった分、感謝してるよ。私はここで暮らす」

「美里さん、ありがとうございます!えっと、あと…」

僕が男性に顔を向けると、彼は少しだけ笑った。

「僕は五十嵐っていうんだ。話は理解できたし、しょうがないよね。僕もここで暮らすよ」

「五十嵐さん、すみません、ありがとうございます!」

そして最後に春香に視線を向ける。

春香は少し無理をしているようだが、笑いかけてくれた。

「シュウくんはこれからもずっと、命を懸けたゲームを続けるんでしょう?それなのに、私が断るなんてできないよ…」

「ごめんね、ありがとう…!」

「話はまとまったか。じゃあ、シェルターまで少し歩くから、はぐれないようにな」

そう言うと、大和さんは再び先に進んでいってしまう。

「あっ、ちょっと!ごめん、足元に気を付けて、でもちょっと速足でお願い」

「はいはい…」

一真が呆れ顔をすると、みんなはクスクスと笑った。

「そういえば、一真たちはどのタイミングで起きたの?」

歩きながら一真たちに尋ねる。

「俺はあの大和さんとやらに担がれてる時に一回起きたよ。んで『おい!』って叫んだ瞬間、また首元にスタンガン当てられて気絶。シュウも同じのを使ったんでしょ?暗闇でやられた時も、同じ感覚だった」

「そうそう!でも、デザインは違うよ。大和さんのは普通のスタンガンだっただろうけど、僕のはコレ」

僕は自分のシャツをめくって、ベルトから血のりのついたナイフを取り出す。

「これは本当は刃が切れなくて、刃の部分が引っ込むと電流が流れるんだ。ついでに、引っ込んだ時に持ち手と刃の隙間から血のりが出るようになってるから、相手は気絶するし、血の跡も残る。殺したフリにはうってつけでしょ?」

「へえ、変わった道具もあるんだな」

「ちなみに、人狼の武器を途中でこれに取り替えたから、春香ちゃんも美里さんもスタンガンで気絶しただけだよ。五十嵐さんにはテーザー銃とこっちの拳銃」

ナイフをしまって、代わりに拳銃を取り出す。

「この拳銃は銃弾の代わりに赤黒い粘土のようなものが入っていて、引き金を引くと銃声を鳴らしてこれが対象に飛ぶんだ。すると、銃創みたいになるんだけど、所詮粘土だから今回みたいに暗くないとバレる気がする。まず、五十嵐さんをテーザー銃で動けなくした後に、この銃で撃ったんだ」

「なんで五十嵐さんだけ別のやつを使ったの?同じナイフを使った方がバレないんじゃ」

「そうしたいのはやまやまなんだけどさぁ、このゲームには『スターターピストル』っていう開幕の儀式があってね」

「陸上競技で、よーいドン!って言って鳴らすやつか」

「それを真似してるんだろうけど、それで最初は拳銃じゃないとダメなの」

「ふーん、色々と大変なんだ」

「まあね。でも仕事だから」

「十三歳のセリフじゃないな。…じゃあ、その拳銃もスタンガンにしたらどうだ?銃口を相手に接するように突きつけて、引き金を引いたら電流オン!あ、でも銃創が無理だな」

「そうなんだよ!傷をどうするかが、結構難しくって…」

二人で「うーん」と考え込む。

「一真も、良いの思いついたら教えてほしい!実現可能な道具なら、そこの大和さんが何でも作ってくれるから」

僕が大和さんを目で示すと、一真は首をかしげる。

「そもそも、大和さんって何の人なんだよ」

一真のつぶやきに、大和さんがチラッと振り返った。

「俺の本業は死体回収業者。だけど朱雨は何でも屋だとでも思ってるのか、最近では必要な道具の調達とか改造とか、色々頼まれる。他には、君たちのような新しいメンバーを運んできたり、物資を渡しに来たりするってところだな」

「あー、それで俺は担がれてたのか」

納得したという風に頷くと、一真はこちらに視線を向ける。

「シュウはシェルターにはあまり来ないの?」

「ううん、時々顔を出すよ。でも、あんまり頻繁に行ってると、父さんに怪しまれちゃうから…」

「そうか」

一真は無表情で頷く。

これから彼らには新しい生活が始まる。

こんなゲームが続くせいで、これからも被害者は増えていくんだ。

僕はそれを食い止めなくてはいけない。

…だから、これからもゲームマスターで居続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のデスゲーム 不明夜今宵 @beautiful-hope

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る