朱い雨の降る時間7

「僕のせいなんです。僕がちょっと移動しようとしたら、床のペンキを踏んで滑ってしまって…。そうしたら、たまたま電気のスイッチを押してしまったんです。部屋は真っ暗になって、まるで夜みたいになったんです。その直後に春香ちゃんの悲鳴が聞こえて、慌てて電気を点けたらあんなことに…」

肩から力を抜かし、声も震えて元気の無いものにする。

僕の様子に、一真も美里さんもかける言葉が見当たらない。

「最初の男性の時だってそうです!僕だけ助かって…。今回なんて僕のせいで死んだんですよ?春香ちゃんが…」

「一回目の時、シュウは同じ部屋に居合わせたというだけだよ。他の部屋に隠れていた僕たちと何ら変わらない」

「そうそう!今回だって事故のようなものだし、シュウくんだけでも助かった分、良かったよ」

二人ともなんとか僕を励まそうと、必死に言葉を探している。

僕はうつむいて、下唇を噛む。

黙り込んでしまった僕に、二人が戸惑う気配がした。

それでも、この場の雰囲気を変えたいのだろう。

一真が考えながら言葉を発する。

「…でも、これで一つ分かったことがある。電気を消しただけであのロボットが人狼となったということは、ロボットは暗闇に反応して人狼モードになるっていうことだ」

「そうね、それは大きい収穫だね!ってことは、暗ささえなんとかすれば、人狼として行動することを防げるかもしれないから…」

この屋敷に天井の電気以外に部屋を明るくする手段は無い。

そもそも、元から銀の銃弾を撃ち込むことでこのゲームは終わるはずだったんだ。

今更人狼への対策を考えても、さほど意味は無い。

二人ならそれくらい分かっていそうなのに、なんとか僕の考えを春香の死から逸らそうとする。

やっぱり一真も美里さんも、お人よしだ。

僕はこの後、二人を死の恐怖に突き落とすというのに。

ゴーン、ゴーン…

予告の鐘の音が鳴りだし、僕たちは慌てて今まで座っていた机の下に隠れる。

少しして、また部屋の電気が消える。

慣れてしまった四度目の夜。

今回は僕も一真も無駄話をするはずなく、ただただ時間が過ぎていく。

先ほどまでと同じように、一度だけ人狼が部屋にやってきたが、誰を襲うでもなく再び出ていく。

三回目の夜と何も違わない。

息をひそめる人の数とそこにある緊張感だけが変わっていた。

十分が経過すると部屋の電気が点き、三人で机の外に出る。

「とりあえず、さっきの人狼を縛ってから銃弾を取りに行きましょう。アトリエでガムテープを取ってきました。後ろ手に縛れば大丈夫だと思います」

一真がさっきまでと変わらない様子で、一階から持ってきたらしきガムテープを見せる。

「それなら解かれるってことは無さそうだから、安心だね」

「はい」

相手はロボットだから、人間基準で考えるのは良くないけどな。

僕はロボットが出せ最大の力を知っているため、ガムテープくらいなら引きちぎれるし問題無いと結論付ける。

予定通りだ。

三人でパーティー会場から厨房に戻る。

すると、そこには春香の姿は無かった。

「やっぱりどこかに消えちゃうんだね」

「誰かが回収しているんでしょうね」

床の汚れを避けながら、こっちを振り返ったメイドロボに近づく。

「向こうを向いて、両手を後ろに」

「え…」

「早くしてよ」

怒気をはらんだ一真の声に、人狼は暗い顔をして指示に従う。

両手をガムテープでぐるぐる巻きにした後、座らせて足にも巻き付けた。

「さ、次は銃弾だけど」

作業が終わった一真が立ち上がりかけた時、部屋のスピーカーからノイズが聞こえてきた。

「なんだ…?」

『ゲーム参加者のみなさん、久しぶりだねぇ!私のこと、覚えてるかな?最初に仮面付けてテレビに映ってたヤツなんだけど』

ボイスチェンジャーで声を変えた僕の放送が流れ始める。

『ところで、このゲームは楽しんでいただけてますかぁ?』

「楽しいはずが無いだろ」

『…うんうん、楽しんでいただけているようで何より!』

「…」

一真が呆れたような視線をスピーカーに向ける。

しょうがないでしょ?録音なんだから。

こいつも話聞かないのか、とか思われてそうだなー。

『さてさて。すでに参加者は半分がゲームオーバーとなっているけど、大丈夫かなぁ?人狼を殺すまで君たちはここから出られないんだから、もうちょっとだけ頑張ってもらいたいね!でも、一つ教えてあげる。一番怖いのは、…人だよ』

そう言うと、放送がプツリと切れた。

「今のは何かのヒントか…?」

「どうかな。でも、人狼を倒さないといけないのは変わりないみたいだし…」

「とりあえず銀の銃弾を手に入れます?」

「そうね。私、一番年上の執事さん、呼んでくる!」

美里さんが厨房を出ていく。

すると、一真が黙りっぱなしの僕に一歩だけ近づいた。

「シュウはさ、五分の二って半分だと思う?」

一真の目を見ると、僕のことを真っすぐに見つめている。

僕はまだ少し力の抜けた声で、不思議そうに返した。

「…僕は半分だと思うよ。ただし『約』は付けるかな」

「そうか」

一真は僕から視線を逸らすと、厨房を出ていく。

その後についていくと、一番端の扉の前でパーティー会場から出てきた美里さんたちと合流した。

「ここの鍵を開けてもらいたくて」

「承知しました」

白髪の執事ロボットはポケットからいくつもの鍵が付いた輪っかを取り出す。

そして、その内の一つを鍵穴に差し込むとギギギ…と大きな音を立てて扉を開けた。

「ありがとうございます」

部屋の電気を点け、三人で中に入る。

「あの、銀の弾丸と銃ってどこにあるか知っていますか?」

「ああ、それならこっちに…」

執事ロボに促されて、一真たちが部屋の奥に進もうとする。

僕は一番近くの美里さんに「ちょっと」と話しかけた。

「夜が来た時のために、すぐここから出られるようにした方が良いですよね?あのドア、少し建付けが悪いみたいでしたけど…」

「念のため、開けっ放しにしておいた方が良いかな?開かなくなったりしたら怖いし」

そう言うと、美里さんは入口の方に戻り、近くに置いてある段ボールで扉を止めようと試みる。

それを尻目に、僕は一真たちに近づいた。

「これです」

執事が一つの箱を開けて、中の拳銃を見せる。

見た目は普通の回転式拳銃。

「この中に銀の弾丸が入っています。これは昔、狼男を倒したという逸話がある物でして…」

少し自慢げに執事が説明を始めた時だった。

ドサッ

入口の方から音がして、全員が振り向く。

そこには倒れた美里さんにナイフを突き刺す人狼が居た。

「なんで、まだ夜でもないのに…」

目を丸くする一真に、メイドロボットは呟くように言う。

「……たくない」

「え?」

「死にたくないのぉっ!!」

彼女はナイフを美里さんから引き抜くと、こちらに向かって走ってくる。

すぐさま反応した一真は、箱から拳銃を取り出して発砲する。

バンッ

大きな音が鳴って胸部を弾丸で貫かれた人狼は、勢いそのまま派手に床に倒れこんだ。

…動かない。

「やったか…?」

一真が少し不安げに人狼の様子をうかがう。

僕は少しだけ人狼に近づいて、屈みこんだ。

「起き上がらないし、大丈夫なんじゃないかな?それに、ゲームの説明では人狼を銀の弾丸で打ち抜いたらクリアなんでしょ?それは達成したし」

「ああ。でも、最期は人狼として殺そうとしたんじゃなさそうだったけどな」

「そうだね。そういえばさっき、『一番怖いのは人』って…」

「自分が殺されそうになった時の人間の思考回路は予想してなかったな。ロボットだと思って、メイドの気持ちなんて気にも留めなかった」

「ゲームだからロボットになってるけど、人間っていう設定だったからね。だけどこれでゲームクリアだよ!」

「…いや」

一真は小さく首を振る。

「え?」

「まだ終わってないよ。…そうだろ?」

問いかけと同時に、僕の方へ拳銃を向けた。

「止めてよ。間違って発砲したらどうするの?」

「そこの人狼を倒してから十秒くらい経ったけど、あの仮面から何も無い。あいつなら終わった瞬間、すぐに話しかけてきそうなのに、だ。つまり、このゲームは終わっていない可能性が高い。ゲームクリアの条件は人狼を倒すこと。そうなると、人狼が残っているというのが妥当だろう。仮面は従業員の中に人狼が一人いると言った。じゃあ、その他の人の中に別の人狼がいるんじゃないか?」

「もしかして、僕が人狼だとか言うんじゃ…」

「そうだよ。根拠もある。お前の嘘だ」

一真は硬い表情をしたまま語り続ける。

「まず、さっきの仮面の言葉。男性と春香がゲームオーバーになっている時点で、仮面は参加者の『半分』だと言った。シュウと同じような感覚で、『約』を省いただけかもしれない。でも、もし参加者が元から四人で、一人がゲームを主催する側の人間だとしたら…。そう考えた時に、シュウの言葉が気になったんだ。男性が死んだとき、自分が楽器ケースに隠れた直後にドアが開いて人狼が入ってきたと言った。合ってるよな?」

「うん」

「でも、人狼が本当に一人しかいないのなら、そのメイドロボだけだ。でも従業員は昼の間、全員二階に居る。人狼は夜になったら下りてくることもあるんだろうが、シュウが慌てて楽器ケースに隠れるその時間だけで、一階に下りてきて奥の方である音楽室に着くことなんて可能か?よっぽど走らないと無理だ。でも、人狼の歩く速さはいつも一定だった。そうなると、シュウが嘘をついているとしか思えない」

「僕たちの中に人狼がいるんだとしたら、美里さんだって疑うべきじゃないか?」

「疑ったよ。だから今になってやっと自信をもってシュウが人狼だと言える。美里さんが死んだのにゲームが終わってないからな」

「なるほど。自分じゃないから消去法でっていうのもあるのか…」

うん、良い考察だ。

じゃあ、最後の仕上げをしようか。

「そっか…、じゃあ僕を殺すんだね」

僕は悲しそうな笑顔を作り、一真の拳銃に視線を向ける。

「それでさっきみたいに撃ったら、僕は死ぬかもね。だって僕はロボットじゃないもん」

「…」

「ちなみに、僕は人狼じゃないよ。楽器ケースの件は、単に隠れるのに手間取っただけ。暗くて見えなかったからさ焦っちゃって、余計に時間かかっちゃった」

「…」

「今は一真の命もかかってるんだし、信じてくれなくたって分かる。でも、一真は良い人だから、ちょっと期待しちゃうけど」

一真は一文字に結んでいた口を、ようやく開いた。

「俺は」

今だ。

話し始めた瞬間、僕は立ち上がりながらベルトの拳銃を取り出す。

一真が慌てて拳銃を握りしめる。

でも、引き金をすぐには引けないでしょう?

だって、お人よしなんだもん。

だけど、その一瞬の躊躇が、ゲームの勝敗を分けるんだ。

僕は部屋の明かりのスイッチに向けて発砲する。

銃声と同時に部屋の明かりが消える。

目の前のメイドを記憶を頼りに飛び越えると、直後に再び銃声がした。

おっ、ぎりぎりセーフ!

今着弾したのは、おそらくさっき僕が居た辺りだろう。

でも、すでに僕を見失っているはず。

暗視スコープを取り出した僕は、気配を殺しつつ落ち着いてメイドのナイフを回収する。

そのまま虚空へ拳銃を構えている一真に近づくと、首の後ろからナイフを突き刺した。

「あ゛、ぁ…」

力が抜けた一真の体を僕は「わわっ!」と叫びながらも支える。

「これで全員ゲームオーバーだね。お疲れ様」

一真の体をそっと床に寝かせてあげると、部屋の電気がパチンっと点いた。

さあ、終演の挨拶だ。

僕は部屋の監視カメラの方を向き、深々とお辞儀をする。

「観客の皆様、今回はいかがだったでしょうか?ゲームマスターとしては、少しスリルが足りなかったかと反省している折ではございますが…。まあしかし、今回もいつも通り全員をゲームオーバーとすることができたため、甘んじて許していただきたく。今回も観戦していただき、誠にありがとうございました。次のゲームでお会いできることを、楽しみにしております」

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