朱い雨の降る時間6

ゴーン、ゴーン…

屋敷全体に鐘が響き始める。

「ああ、夜だ…」

厨房のシェフロボットたちがざわめき始め、うずくまる。

それを見た僕は、持っていたペンキをドア近くの床に乱暴にかけた。

またぐことができないよう、ハケで出来る限り範囲を広げる。

…よし。

「できた!」

叫びながらパーティー会場に飛び込むと、間髪入れずに一真が扉を閉める。

「先に隠れてて!」

一真はペンキをこぼしながら、僕を促す。

僕は無言で頷くと、一番近くのテーブル下に入り込んだ。

腕時計を確認する。

夜が始まるまで、十、九…。

「一真、早く!」

思わずそう叫んだ時、一真がテーブルクロスの隙間から滑り込んできた。

間に合った…。

パッと部屋の電気が消え、隣の一真も見えないほどに真っ暗になる。

辺りは静まり返って、何も聞こえない。

しばらくそんな時間が続いたが、途中で一真が小さく息をつく音が聞こえた。

緊張をほぐすためか?

僕はそれならと思い、「…ねえ」とギリギリ聞こえるくらいの音量で言葉を発した。

「…何?」

「なんで四人をこの配置にしたの?」

四つのドア前にペンキを塗る分担。

一真が勝手に決めた時に不思議に思ってから、尋ねるタイミングをうかがっていた。

「…今喋ることじゃないだろ。静かにした方が良い」

それが大丈夫なんだなぁ。

音には反応しないから。

逆に、雑談でもすれば緊張はほぐれると思うよ?

「じゃあ僕の予想を言うね」

「お前、人の話聞かないタイプだな?」

「まず春香ちゃん。彼女は四人の中で一番怖がっていて、一人で浴室に隠れるのは心理的にきつい。そして、厨房とここの厨房近くの入口担当は時間がタイトなため、恐怖心を煽る。だから同じ部屋に隠れる人間が二人もいる、ここの奥の入口担当。そして次に心配したのは僕かな?唯一人狼に人が殺される瞬間を見ている。一人で浴室に隠れるとその時のことを思い出して不安かもしれないから、二人で一緒に隠れた方が良く、いざとなれば先に隠れてたら良い厨房担当にした」

「こんだけ喋れるんなら、不安になったりしなさそうだが」

「さっきまでの君がどう考えたかを言ってるんだ。そして、君と美里さん。これは普通に時間的な難易度を比べた結果、自分に危ない方を持ってきたんじゃないかな?」

「…だとしたら何だよ?」

暗さのため、一真の表情を読むことはできない。

「確かめたかったんだ、僕の予想が合っているのか。部分正解とかだったら、正解を教えてくれたら嬉しいんだけどなぁ」

「…全部合ってるよ」

それだけ言うと、一真は黙ってしまった。

なるほど、過不足無くって感じか。

参加者の心理的負担ではなく、それによって起こるミスなどを懸念したからとは言わないんだな。

人に良く見られようとするタイプじゃなさそうだし、本当にみんなを心配しただけ…。

思ったより優しいやつのようだ。

「ふーん、君って良い人だね」

「…違う」

「良いんだよ?照れ隠ししなくたって」

「ウザい」

ガチャ…

ドアの開く音がして、僕たちは即座に息を止める。

ペチャッ、カツ、カツ、カツ…

ペンキを踏んだらしき音と足音が続く。

よし、引っかかった!

それからしばらく部屋の中を徘徊すると、再び人狼は出ていった。

それからまた少しして、部屋の電気が点く。

一真と二人で机の下から這い出すと、そこにはペンキを踏んだ跡と足跡が残っていた。

「これで人狼がどれか分かる!さっきの六体が移動しないうちに、早く靴の裏を確認しないと」

「うん!」

僕たちは目の前のペンキを気にせず、廊下に飛び出した。




「…それで、これが人狼なんだよね?」

美里さんの言葉に、僕と一真が頷く。

目の前には、不安そうな表情をしたメイドロボが立たされていた。

彼女の靴の裏には様々な色のペンキが付着していた。

何部屋も回った証拠だ。

「あの、私…」

「拳銃は?」

「そんなの、知りません!」

「そもそも、人狼であるという自覚はある?」

「私が人狼だなんて…」

泣きそうな表情をするメイドロボに、こっちが悪いことをしている気分になる。

「どうする?」

「とりあえず何かで縛っておこう。夜になっても動けないように。その後、銀の銃弾と拳銃を探せば良い」

一真が淡々と言うと、一体のシェフロボが「あのー」と口を挟んだ。

「それなら、コレクションルームにあると聞いたことがあります」

「コレクションルーム?」

「普段は鍵がかかっているのですが、一番年上の執事さんが鍵を持っているはずです」

「そういえば二階の端っこに開かない部屋があったね。なんだかこのゲームの終わりが見えてきたかも」

美里さんが少し嬉しそうな顔をする。

「まだ夜が来るまで時間がありますし、また手分けしましょうか。俺は縛るものを探してくるので…」

「じゃあ、私は執事さんを探してくるね」

「お願いします。シュウと春香はここで人狼を見ていてほしい」

「了解!」

「分かった」

春香と一緒に一真たちを見送り、何となくお互いの顔を見る。

春香はさっきよりも少しだけ顔色が良くなっていた。

「もう少しで、これも終わるんだね。思ったより、難しくなくて良かった…」

「そうだね」

ここまでだとね。

でも、本番はここからだから。

充分みんなの頑張りは見れたし、次は僕の番だ。

腕時計をちらりと見る。

次の夜までは、あと十分。

さて、次の夜で人狼に春香ちゃんを殺してもらうから、その準備をしなくちゃ。

すぐそばの調理台には、人狼の武器である包丁が置かれている。

監視カメラはこの位置だから…。

「…銀の弾で私を撃つんですか?」

不意に人狼のメイドが呟いた。

「えっ、それは、その、はい…」

僕が答えないでいると、春香がしどろもどろに返事をする。

「…そうですか」

そう言うと、人狼は氷のような視線を春香に向けた。

春香はビクッと震えると、人狼から距離をとろうとドアの前を移動する。

その時だった。

「あっ!」

床に残っていたペンキに足をとられ、春香がよろめいた。

直後。

パチンっ

スイッチが押される音と同時に、厨房が真っ暗になる。

しまった!

すぐ目の前も見えない暗闇。

「あ、あれ?」

困惑する春香の声と何かが素早く動く気配がする。

と同時に、僕の頭の中で物凄いスピードで思考が巡っていく。

…人狼のキラーモードがオンになったんだ!

オンになったらまず、手元にある包丁に手を伸ばす。

そして、動いているものに対して攻撃する。

今、この包丁を使われたらマズイ。

だとしたらいっそ…!

そう思った時には、もう手が動いていた。

僕はゲームの最初にベルトに挟んでおいたナイフを取り出すと、調理台の上に置いて先ほど人狼が立っていた方向に滑らせる。

同時に、左手が当たったふりをして包丁を台から払った。

包丁が落ちる音の直後に、小さな金属が当たる音。

そこで人狼の手にナイフが渡ったことを確信する。

後は…!

先ほどまで春香が居た位置に右手を伸ばすと、ぐいっと引き寄せて目の前で突き放した。

人狼が居るであろう方向に。

「きゃあっ!」

悲鳴がした後、ずり落ちるように人が倒れる音がする。

僕は突き放した姿勢のまま、ぴくりとも動かない。

しばらくそうしていると、カツ、カツと足音がして、厨房の扉が開いた。

人狼が開けたのだ。

廊下の明かりが差し込み、慌てて厨房の電気を点ける。

すると、目の前の床で仰向けになって目を閉じている春香の姿が見えた。

その体の下からは、赤い液体が流れ出している。

動きを止めた人狼の右手には、同じく赤く汚れたナイフ。

上手くいったみたいだ。

少し乱暴になってしまったが、想定外のことだったから仕方がない。

「次の夜でゲームオーバーの予定だったんだけど、早めに恐怖から解放されたと思って許して」

しゃがんで、目を開けない春香を眺める。

ここまでよく頑張ったね。

ゲームオーバーだよ。

その時、慌てた様子で美里さんが厨房に飛び込んできた。

「ねえ!さっき、の…」

床の春香を見て、美里さんが固まる。

僕はしゃがみ込んだまま、涙ぐんだ顔を彼女に向けた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、僕のせいで…!」

「…」

彼女は何も返さなかったが、すぐに我に返ると僕の腕をとって厨房の外に連れ出す。

それと同じ頃、階段の下から一真も上ってきた。

「ん?どうしたんですか?」

一真には悲鳴が聞こえていなかったのか、不思議そうな顔をして厨房を覗き込もうとする。

それを美里さんが真顔で遮った。

「見ちゃダメ。パーティー会場で少し話しましょう。シュウくんも、ね?」

僕は肩を震わせながら頷いた。

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