第4話 森の中

「え?それで終わり?」


 上野の話を聞いていた坂井が言った。おそらくみんな同じような感想だろう。


 話の雰囲気的には何かもっと怖い展開になるのかと思って聞いていたが、少し不気味さはあれど怖い話というほどではなかった。


「そうだけどさ、なんか気味悪いでしょ?」


 実際に体験した上野からすれば気味の悪い経験かもしれないが、話を聞いていただけの僕らとしてはそれほどのことではない。


 それにしても、一つ気になるのは展望広場に誰もいなかったということだ。僕と坂井が3日前の金曜日に行ったときには、20時でも大勢の人がいたというのに、上野が行ったときには誰もいなかったというのは違和感がある。


「上野、展望広場って何時頃に行ったの?」


「えっと、たしか店を出たのが19時頃だったから、たぶん20時頃だと思うよ」


 ということは、行った時間帯は僕と坂井が行ったときと同じくらいだが、金曜日以外はそんなに人が訪れないのだろうか。


「ちなみに、行ったのっていつ?」


「この間の金曜日だけど、なんで?」


 上野の答えにドキッとして坂井のほうを見ると、坂井も驚いた顔でこちらを見ていた。


「金曜日って3日前の?」


「うん、そうだけど」


 どういうことだろう。同じ日、同じ時間帯に僕と坂井も〇〇山の展望広場に行っていたが、上野が語った状況とはまったく違っていた。


 急に部屋の温度が下がったかのように、背中に悪寒がはしる。


 僕と坂井が撮った写真には、綺麗な夜景とともに大勢の人も写り込んでいるのだから、人がいたことに間違いはない。


「上野、そのとき撮った写真まだ残ってる?」


 坂井が上野に問うと、上野は「気味悪いし消したよ」と答えていたが、上野は何か思いついたようにケータイをいじっている。


「あ、まだ復元できるわ」


 そう言って、上野が坂井にケータイを渡した。


 僕も上野のケータイ画面をのぞき込むと、たしかに真っ黒な画面が映し出されていて、撮影日を確認すると3日前の金曜日、20時過ぎであった。


 画面を見ていると、真っ黒な中に小さな光の点が微かに見えることに気づいた。


 少しは夜景が見えるかもしれないと思い、上野のケータイを借りて写真の明るさを上げてみた瞬間、全身に鳥肌が立った。


 黒い画面の中にあった微かな光は街の灯などではなかった。


 カメラは真っ暗な森の中を写していて、写真の中央には至近距離で撮影したような大きな鹿の顔が映っていた。微かな光に見えたのは、鹿の瞳に反射している月明りだった。


 上野にはあえて何も伝えなかった。このことを知っているのは僕と坂井だけだ。


 一体、上野と日菜子さんはどこに行っていたのだろうか。


 綺麗な夜景だと興奮しながら、二人は何を撮っていたのだろうか。



 おわり。

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山にまつわる話 月夜野ナゴリ @kunimiaone

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