第3話 山の中

 みんな知ってると思うけど、〇〇山の展望広場って夜景が綺麗って有名だから、一度見に行ってみたいって思ってたんだよ。


 その日は朝から晴れてたから、日菜子にLINEして展望広場のことを伝えたら[見に行ってみよう]って返事が来て、放課後に行ってみることにしたんだ。


 それで、放課後になって日菜子を迎えに行って、展望広場に行く前に夕食を食べようって話になったから、近くの店に入った。


 展望広場に行くのはお互い初めてだったから、夕食を食べながらケータイでルートを調べたら、意外と一本道で迷うこともなさそうだなって思って、山への入り口さえ間違えなければ大丈夫そうだった。


 山への入り口も写真で見た感じでは大きな看板も出てるし、「これなら迷わなそうだね」って日菜子と話してたんだ。


 夕食を終えて車で10分ほど走ったところで、道沿いに写真で見たとおりの「〇〇山展望広場」って書いてある大きな看板が出てて、書かれている矢印に従って山道に入って行くことにした。


 5分ほど走ると急に道が細くなって「前から車が来たら大変だね」って話してたんだけど、幸い対向車が来ることもなくて、しばらく順調に進んで行った。


「なんとなく気味が悪いね」


 助手席に座っている日菜子に言われると、確かに気味が悪い感じもしたんだけど、暗い山道だし、対向車も後続車もないからそんな気がするだけだって思って「気のせいだよ」なんて返事をした。


 山道に入ってから20分以上が経ってて、ひたすら一本道を上がったり下がったりしながら走り続けてたんだけど、なかなか展望広場に着かなくて、日菜子にケータイのアプリでナビしてもらおうと思ったら圏外になっちゃってるし、俺の車にはカーナビが付いてないから仕方なくそのまま走り続けた。


 それで、さらに20分近く走り続けてたらようやく少し開けた場所に出て、木で囲まれた小さな広場みたいな場所だったんだけど、小さな鳥居と祠みたいなのがあった。


 少しスピードを緩めて祠のほうを見てたら、急に日菜子が「うわっ」って大きな声を出したもんだから、驚いてブレーキを踏んで車を停めたんだ。


「どうしたの?」


「あれって鹿だよね?」


 日菜子が指さしたほうを見ても、最初は広場があるだけで鹿がいるようには見えなかった。


「え?鹿なんて見えないけど」


「ほら、森の中だよ…」


 どことなく怯えたように日菜子が言って、もう一度広場のほうに目を凝らしてみると、暗い森の中で確かに鹿がこっちを見ていた。



 ———あ、本当だ。



 そう思った瞬間に、全身に鳥肌が立った。


 鹿は一匹じゃなかったんだ。暗くてはっきりは見えないんだけど、暗い森の木々の間から、数えきれないくらいたくさんの鹿がこっちを見てるんだよ。


 そのことに気づいた瞬間は怖いと思ったけど、突然車が入ってきて、鹿たちも驚いたんだろうって思うようにした。


「なんかちょっと怖いね」


 日菜子もまだ怯えている様子だったから、すぐに車を発進させてまた山道に入って行くことにした。


 それから2、3分で展望広場に着いたんだけど、そのときは誰もいなくてすごく静かだった。


 有名な夜景スポットだから、てっきりたくさん人がいるかと思ってたんだけど、まさか誰もいないとは思わなくて驚いた。


 でも、確かに夜景は綺麗だったから、道路脇に車を停めて何枚も写真を撮ったんだ。


「すごい綺麗だね」


 日菜子も先ほどまでの怯えた様子はなくなり、目の前に広がる夜景の写真を何枚も撮っていた。


 少し肌寒さもあったから、長居はせずに写真を撮ってすぐに帰ることにしたんだけど、帰りは20分くらいで山の入り口まで戻ってくることができて、やけに早い気がしたんだよ。


 日菜子を家に送る途中で気づいたんだけど、帰りは鹿がいた広場を通ってない気がしたんだ。


 日菜子に聞いてみると「そういえば、確かに通ってないかも」と言った。


 綺麗な夜景に興奮して、気にせず通り過ぎただけなのかもって思ったとき、助手席で日菜子が残念そうに「あぁ、全然ダメだ」って呟いた。


「え、何が?」


「写真、暗くて何も写ってない」


 赤信号で止まったときにケータイ画面を見せてもらうと、確かにほとんど黒一色の画面が映っているだけで、夜景は全然撮れてなかった。


 後で自分のケータイで取った写真も見返してみたけど、全部ほぼ真っ黒な写真しか撮れてなくて、がっかりなのと、なんとなく気味が悪い感じがして、〇〇山の展望広場にはもう行かないかなって思ったよ。



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