【KAC20243】お題:箱

かごのぼっち

心の箱

 私は歯科技工士。


 毎日始発から終電までの勢いで仕事をしている。


 帰るとご飯を食べてお風呂に入ると、三時間ほどしか睡眠時間はない。


 休憩はお昼ご飯を食べる為のほんの十五分だけで、食べたらすぐに仕事だ。


 仕事中のほとんどは座り仕事で、最近腰が痛い。


 寝不足だが入れ歯の研磨中にウトウトすれば、当然怒られる。


 国家資格ではあるが、歯科技工士は立場が弱く、保険点数も差し引かれて受注を受けて来る。


 サービスだと言って即日の修理を何の断りもなく引き受けてくる。


 納期も一週間は欲しいのに、中二日で仕事を引き受けて来る。


 休日こそプライベートな時間だと思われるだろうが、そうはいかない。


 仕事のスキルアップは仕事中には出来ない。 つまり勉強は休日にしなければならない。


 講習や勉強会、営業での訪問で直接先生の話を聴く。 全ては自分の為なのだから、給料など出るはずもない。


 本当のプライベートな時間は何もする気が起きない。 当然疲れているのもあるが、そもそもやる気が起きないのだ。


 無気力。


 給料なんていくらあっても使う暇が無いのだから、無駄に貯まる。


 仕事が早く終わる時もある。


 職場の風通しを良くする為に、飲み会が行われる。


 馬の合わない上司が仕事の話を出してくる。 仕事から離れる気はないらしい。


 上司が居ない時の飲み会は少し楽しい。 上司や会社の悪口が酒の肴になるからだ。


 辞めれば良いのは解っている。


 別に一人辞めたところで代わりは居ると言うのだから。


 しかし、可愛い後輩たちに仕事を押し付けて自分だけ抜け出す罪悪感が、それに待ったをかける。


 私の心の箱はもうギュウギュウに仕事のストレスが詰まっている。


 この箱が閉まらなくなったら死ねる。


 そう思っていた。



─ピーポーピーポー……



 気が付いたら、何処かの病院だった。


 看護師に話を聴くと、帰宅途中に倒れたらしい。


 過労死寸前だったみたいだ。


 休日、会社の同僚が見舞いに来た。


 上司は忙しいから来れないらしい。


 あそう、別に来て欲しくはないが。


 辞めよう、会社。


 辞表を出した。


 引き止められた。 私が抜けると四人分ほどの仕事が回らなくなるらしい。 今もてんてこ舞いで対応に当たっているのだとか。


 へえ?


 知ったことではない。


 病床で一つの懸念でもある後輩の事を考えた。


 あんな会社に引き止める方が、彼らの未来の可能性を奪ってしまう事になりかねない。


 私は辞める。


 次の日、辞表は受理された。


 軽くなった。


 そう。


 私は心の箱の中身を逆さまにして、全て放りだして捨てたのだ。


 空っぽになった。


 私はその空っぽの箱を覗き見て。


 ようやく笑う事が出来た。


 さて。




 明日は何をしよう!?

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