第5話 魔女ヤルミラ⑤

 それからだいぶ時間が経ち、気づけば空は紅色に染まりつつあった。

 教会の扉が開き、ベドジルフが姿を現す。


「終わりました。どうぞ中へ」


 マロシュはイヴァに目配せをし、一足先にベンチから立ち上がって歩き出す。

 外で待っていた間、教会内の出来事に対する不安や焦りはなかった。それは死霊術という聞きなれない言葉で、現実味がなかったからかもしれない。

 教会内に入る。

 やや薄暗く、静かな場所。その奥には、見慣れた村の服を着ている一人の女性。

 薄緑色の髪はこの教会内ではあまりにも違和感のある髪色。しかし、マロシュにとっては見慣れた色だった。


「ヤルミラ?」


 女性はゆっくりとこちらに視線を送り、マロシュと目が合った。


「……マロシュ」


 ヤルミラは薄く笑う。

 マロシュは震える足でゆっくりと歩く。

 ヤルミラまであと数歩のところでマロシュは膝から崩れ落ちた。


「すまねえ……俺のせいで……ヤルミラは……!」


 両手を床につけ、顔を下に向ける。

 ヤルミラが魔女だということを打ち明けるか迷っているとき、俺が後押しをしてしまった。そのせいでヤルミラが死んでしまった。

 指先に力が入る。

 喉の奥に熱いものを感じて上手く声が出ない。

 言おうとしていたことがあるはずなのに、考えがまとまらない。

 すると、両肩に何かが乗っかる。

 顔を上げると、そこにはしゃがんでマロシュの肩に手を置いたヤルミラの姿が会った。


「また、会えたね」


 ヤルミラの言葉に、目じりが熱くなる。


「……ああ!」


 カツカツと後ろから足音が聞こえる。

 立ち上がって振り向くと、そこにはベドジルフの姿があった。


「再開のところ申し訳ないですが、俺たちが受けた依頼は事件の真相を探ること。マロシュさん、よろしいですか?」

「……お願いします」


 ベドはマロシュの横を通り過ぎ、ヤルミラの前に立つ。


「さて、俺の死霊術には時間制限がある。先に必要なことを聞くぞ」

「うん、分かった」


 ヤルミラが頷く。


「まず一つ目の質問。この村では子供が不自然に行方をくらます事件が過去にあった。しかもその子供達はお前と仲が良かったらしい。お前の仕業ではないな?」

「当然。私がやったんじゃない」

「二つ目。そこに老人達がいるだろ?」


 ベドが長椅子の一つに座る村長達を指さす。

 村長達はヤルミラを睨み付ける。しかし、近くに座るイヴァの目があるからか、言葉を発することはない。


「あいつらはお前に死霊術を使うことを知っていて、俺達を襲ってきた。何か事件に関係あるのか」

「……ええ」

「なるほど。三つ目。村の子供が失踪した事件。その犯人はあの老人達か?」

「そう。あの村長達がやったわ」


 村長達が言葉を発しようとするが、イヴァの鋭い視線に怯んで押し黙る。

 正直、ヤルミラの言葉にそこまでの驚きはなかった。突然村長らが襲ってきたのだ。俺でも何となく察していた。

 ヤルミラは続ける。


「私が殺される数日前に見たの。村長達が村の子供を山に埋めてるところを」

「違うっ!!」


 村長の叫び声。


「全てあの魔女がやったんだ!! 子供を殺し、山に埋めたんだ!!」

「いいえ、子供を殺したのは村長だよ。あの時さ、お話したよね? 村のみんなに正直に言おうってさ。でも私の言葉を全然聞いてくれなかった」

「それはお前が魔女だからだ!!」


 ちぐはぐだと、マロシュは思う。

 子供を殺したことを否定していたのに、その時にヤルミラに話しかけられたことを肯定している。矛盾だ。

 もうあの村長は論理的に考えられていないのだろう。魔女に対する侮蔑、差別、そんなのしか見えない。

 村長はあれほど焦っているというのに、ヤルミラはいたって冷静だ。


「大体、お前が村の連中にちゃんと言うべきだっただろ!! わしが子供を殺したことを!!」

「……そうだね」

「じゃあなぜ言わなかった!! やはりお前がやったんだと認めたのか!!」

「違う。私はただ、村でちゃんと生きたかっただけだよ。村のみんなに認めてほしかった。仲間の一人として。それは村長に対しても同じだよ」

「なっ!!」


 ヤルミラは一呼吸を置き、改めて村長を見据える。


「ねえ、村長はなんで村の子供を殺したの?」

「っ、魔女は存在してはいけないんだ!! 魔女がいたら、村は崩壊してしまう!! 昔、多くの人々が魔女の魔法に殺された!! わしの息子だってそうだ!!」

「……確かに、魔女は悪いのかもしれない。でも、それは子供を殺す理由にはならないよ」

「関係ない!! 全て魔女が悪いのだ!!」


 村長の言葉に、ヤルミラは悲しげにうつむいた。


「お前っ!!!!」


 気づけば俺は村長に向かって叫んでいた。

 村長はびくりと体を震わせる。


「さっきから魔女魔女ってうるせえんだよ!! 魔女だからなんだよ!! ヤルミラは関係ねえだろ!!」

「いいや、関係ある!! 魔法という凶器を振り回しているのだ!!」

「だったら!! お前は一度でもヤルミラの魔法を見たことあるのかよ!!」


 村長は、はっとして口をつぐむ。

 マロシュは続ける。


「ヤルミラはただ普通に暮らしていただけだ!!」


 言葉が止まらない。


「魔法なんて村で一度も使っていない!! ガキどもにせがまれてもだ!! あいつは対等でいたかっただけなんだよ!!」

「だが!! 魔女は魔女だかーー」


 バチンと音が鳴り、村長は力なく背もたれに項垂れた。同様にして村長の連れも意識を手放した。

 何が起こったのか混乱していると、ベドジルフが口を開いた。


「これ以上の口論は無意味でしょう。イヴァ、こいつらを縛って外にまとめておけ」

「はいはい」


 イヴァは気怠げに魔法で村長らを宙に浮かし、外に出て行った。


「会話を遮って申し訳ありません。しかし、せっかく死霊術を使ったのです。それにタイムリミットもある。あんな奴らと話すなんて勿体ない」

「そ、そうですね。ベドジルフさん、ありがとうございます」


 マロシュは軽く会釈をする。


「構いません。さて、ヤルミラ。最後の質問だ」


 その言葉にヤルミラは首をかしげる。


「えっと、事件は解決したよね?」

「ああ、解決した。この質問はあくまで個人的なものだ」

「そうなの? まあ私からどうこう言える立場じゃないけど」

「応じてくれるようで助かった。魔女ヤルミラよ。君は白銀の魔女について、情報を持っているか?」

「白銀の魔女? 皆が知っているようなことしか……」

「そうか。ならいい」


 そう言ってベドは右腕の裾をまくり、腕時計を見る。


「およそ一時間か」

「一時間ってなんの話ですか?」


 マロシュが問う。


「死霊術の効果時間です」

「意外と時間があるんですね」

「ええ。私は外にいます。一時間ほど、お二人でゆっくりしてください」


 言うや否や、ベドジルフは背を向けて外に出て行った。

 ……え? どういうこと?


「どうやらあの人は私とマロシュの時間を作ってくれたみたいだね」

「そうなのか。なんか以外だな」

「確かに。あの人ちょっと怖いよね。髪ないし。でも本当は優しい人なのかも」


 そう言うとヤルミラはトコトコと歩き、近くの長椅子に座る。

 マロシュは後頭部をかきながらヤルミラの隣に座った。


「なあ、生き返るのってどんな感じなんだ?」


 ヤルミラは人差し指を顎の先にあてる。


「うーん、別に普通かな? なんていうか、人生の延長戦みたいな?」

「なんだそれ。全然分かんねえよ」

「えー、そお?」

「そうだ」

「そっか」


 ヤルミラとの当たり障りのない会話。懐かしい。

 こういうくだらない会話が妙に心地いいんだ。

 ……キツイな。

 マロシュは膝の上で握りこぶしを作る。


「マロシュ、どうしたの?」

「……ヤルミラと話すのが一時間だと思うと、どうもな」

「辛いの?」

「うっせ」


 ヤルミラはマロシュのこぶしに自分の手を重ねる。

 ……つめてえ。やっぱ、ヤルミラはもう死んでるんだな。

 マロシュが目を細めていると、ヤルミラが静かに口を開く。


「今はさ、ただお話をしよ。せっかく時間があるんだし」

「……そうだな」

「ありがとう、マロシュ」

「突然なんだよ」

「私、死ぬ直前にさ、一つだけ心残りがあったんだよね。もうマロシュとお話できないんだなって」

「そんなこと考えてたのかよ」


 ヤルミラが「うん」と頷く。


「私、なんだかんだそれが一番幸せだったのかも」

「俺も、そうかもしれねえ」

「そっか」

「そうだ」


 ヤルミラがマロシュに寄りかかり、頭をマロシュの肩に預けた。

 肩にひんやりとした感覚を感じつつ、マロシュは思う。

 今は、この時間を大切にしよう。





 事件の真相が判明して次の日の早朝。

 ベドジルフとイヴァは身支度を済ませ、マロシュと外で会話をしていた。


「村長達は俺に任せてください。あと、こちらが報酬です」


 ベドジルフはマロシュから小さな革袋を受け取り、中を確認する。


「おい、私にも見せろよ」


 イヴァが割り込んでくる。邪魔だな。

 一、二、三、四……枚数は問題なさそうだ。


「報酬、確かに受け取りました」


 すると、マロシュは改まって姿勢を正す。


「あの、ベドジルフさん、イヴァさん。本当にありがとうございました」


 そう言ってマロシュは深々と頭を下げた。


「お気になさらず。私たちは報酬に見合う依頼をこなしただけです」

「しかし、ヤルミラと再び会えたのは二人のおかげです。感謝しています」


 その様子にイヴァは照れくさそうに視線をそらし、ベドジルフはこくりと頷く。


「まさか本当に死者が復活するとは。聞いてはいましたが、実際に見てとても驚きました」

「いえ、復活させてはいません。一時的に記憶を呼び戻しただけです」

「同じことですよ」

「……そうですか。私達はこれで失礼します。お困りの際はまたご連絡を。相当日を跨ぐ可能性はありますが」

「その時はまたよろしくお願いします」

「では」


 そう言い、ベドジルフは背を向けて歩き出す。

 イヴァもベドベドジルフと共に歩きながら、後ろを向いてマロシュに手を振る。


「じゃあな! また会おうぜ!」

「はい!!」


 それで満足したのか、イヴァは前を向く。


「結局白銀の魔女の情報はなかったな」

「元々期待はしていなかった。一応魔女関連ということで可能性があっただけだ」

「ま、こんな小さな村じゃ仕方ねえか」

「そうだな」


 すると、イヴァは軽く空を見上げる。


「そういや、ヤルミラってどんな魔法が使えたんだろうな」

「知らん」

「でもよ、同じ魔女としてやっぱり気になるんだよなあ」

「知らなくていいだろ」


 イヴァは「なんで?」と首をかしげる。


「ヤルミラは魔女を辞めた、ただの村人だ。あいつの魔法なんて知らなくていい」


 ベドジルフの言葉にイヴァは一瞬呆けた顔をした後、納得したかのように頷く。


「……ふっ、確かにな。たまにはいいこと言うじゃねえか」


 そう言ってイヴァがベドの脇腹を肘で小突く。

 痛っ、こいつ、脇を突いてくるのどうにかなんねえのか。感情的になりやすいくせに、こういうときは俺の気持ちを察せられないんだよな。


「はあ、相変わらずだな、イヴァは」

「ん? 何が?」

「何でもない」

「おい。気になるじゃねえか。はっきり言えよ」

「言わん」


 イヴァがごちゃごちゃと言ってきたが、ベドジルフは無視して歩き続けた。

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ドゥシェ・マルツヴィ~魔女と死霊術師の旅路~ @xsukurix

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