第4話 魔女ヤルミラ④

 マロシュはイヴァと共に教会の入り口近くに置かれているベンチに腰を落ち着けていた。

 横目で隣に座るイヴァを見る。

 彼女と二人で話したことはない。そもそも彼女らに会ったのが昨日なのだ。

 正直、話しにくい。俺がヤルミラのことを話していたときはえらく感傷的になっていたから、きっと優しい人ではあるのだろう。

 すると、イヴァは後ろの教会に目を向ける。


「お、始まったな」

「始まったって、何がですか?」

「魔術だよ」

「直接見ていないのに分かるもんなんですか?」

「そ。魔法や魔術ってのは魔力を使うからな。私とか魔術師は分かるんだよ。魔力の流れとか、そういうのがな」

「へえ、そうなんですね」


 確かベドジルフさんはイヴァさんのことを魔術師見習いって言ってたな。魔力っていうのは分かって当然のものなのだろう。俺にはよく分からないが。


「イヴァさんは見張りなんですよね? 誰かが悪意を持って来たりしたら魔術で対応するんですか?」

「んー、似たような感じ。まあその時になれば分かるぜ」


 なんか、微妙に濁された感じがする。魔術とは違う力を使うのだろうか。

 するとイヴァが空を見上げる。


「? どうしましたか?」

「ああいや、随分といい天気だなと思ってさ」


 イヴァに釣られてマロシュも空を見る。

 雲一つ無い、心地いい天気だ。


「確かにそうですね」

「死霊術日和じゃあねえな」

「そうなんですか?」

「そりゃあそうだろう。死霊術のイメージってなんかどんよりしてるじゃん? もっと曇りとか雨の方が似合うだろ」


 あ、単純に雰囲気とかそういう話か。てっきり天候が魔術に影響するのかと思った。

 まあ確かに、言葉だけ見れば死者を扱う魔術。快晴は似合わないな。

 その時、マロシュはイヴァの首にかけられている物に気がつく。


「イヴァさん。その首飾り、村で買ったんですか?」

「あ、気付いた? そうそう。このハート型、可愛くね?」


 イヴァがニコリと笑みを見せる。

 それに釣られてマロシュも顔をほころばせた。


「確かに、お似合いです」

「ありがとな。でもよ、ベドの野郎、これを役に立たないゴミだって言ったんだぜ? いくらなんでも酷すぎだろ」

「そ、そうですか。まあベドジルフさんって、あまりそういうのに執着がなさそうではありますよね」

「だよなあ。私がお洒落しても、一切褒めねえんだよな。気が滅入るっての」


 イヴァはそう言っているが、マロシュの目にはどこか楽しそうにしているように映った。


「もしかしてイヴァさんって、ベドジルフさんと恋仲だったりするんですか?」

「は!? いやいや、違えよ。私とベドはそういうんじゃねえから。そもそも私、ベドのこと嫌いだし。あいつ、ほんと無神経でダメダメだし、それに凄え無愛想だし、時々何考えてんのか全然分かんねえし」


 ……イヴァさん、いきなり饒舌になったな。それに、目を合わせてくれなくなった。怪しい。

 そんなことを考えていると、突然イヴァが真剣な表情になって立ち上がる。


「どうやら来たようだぜ。思ったより早かったな」

「来た? 誰がですか?」

「ほら、あれ」


 イヴァが顎で正面を指し示す。

 目を細めて見ると、人影が見える。五人程度だろうか。


「誰でしょうか? 何か用事があって来たのかもしれません」

「ふーん、どうだろうな」


 次第に人影は大きくなり、完全に姿が捉えられる距離になった。

 当然、その五人は村人であり、見知った顔だった。


「なんだ、じじばばしかいねえのかよ」


 イヴァがため息をつく。

 彼女の言うとおり、現れた五人は全員が老人であった。しかし、奇妙なのは、その手に持っている物。農作業用の桑や鎌。そんな人に向ければ危険であろう道具を、全員が持っていた。

 マロシュは立ち上がり、五人の中央にいる人物に声をかける。


「村長? どうしたんですか?」

「マロシュ、話は聞いている。魔女を生き返らせようとしているのだろう? すぐに中止させなさい」

「ど、どうしてですか?」

「魔女が危険だからだ」


 村長の言っていることは理解できなくもない。魔女が危険だという考えは多くの人が持っているのだから。

 しかし、違う。恐らく別の理由がある。

 老人らの装備を見て、マロシュは直感的にそう思った。

 あの道具は、俺達に向けられている。考えたくないが、従わなければ俺達に危害を加える気なのかもしれない。


「そ、村長。その農具は危ないので一旦下ろしませんか?」

「ならぬ。魔術を止めない限り、下ろすことは出来ない。もし魔術を続けるというなら……分かっておるな?」


 たらりと、頬に汗が伝う。今日が暑いからではない。恐怖から来た汗だ。

 村長達、本気だ。相当マズい気がする。


「ほ、他の住民は知っているんですか! あなた達がここに来たことを!」

「知らない。ただ、他の者も賛同するだろう。それほど魔女は危険なのだ」


 駄目だ。多分、何を言っても止まらない気がする。

 マロシュは横目でイヴァを見る。


「イヴァさん……」


 すると、イヴァがマロシュの頭にぽんと手を乗せる。

 その行動にマロシュは安心感を覚える。


「安心しろ。私が何とかする」


 ああ。彼女は俺よりも小さいのに、なんて頼もしいんだろう。


「お願いします、イヴァさん」

「オッケー、任された!」


 イヴァは一歩、また一歩と歩き出す。

 老人達とはまだ距離がある。


「久々の相手がこんな老いぼれ達かあ。ま、あんたらが武器を持ってるから、私も本気でいかせてもらうぜ」


 その時、力強い風がイヴァに吹き付け、長い黒髪が後ろに流れる。

 空気が変わった。理由は分からない。ただ、なんとなくそう感じた。もしかしたらこれが魔力というものなのかもしれない。

 すると、突然イヴァの髪が根元から変化していく。漆黒から、鮮やかな銀色へと。彼女の白を基調とした服装と相まって、どこか神々しささえ感じる。

 そして、最後に変化したのは耳だった。長い髪で隠されていた耳は横に伸び、人間の耳の形状ではないことは確かだった。

 イヴァを軽快していた村長達は、イヴァの変化にわなわなと唇を震わせる。


「お、お前、まさか、白銀の魔女か!?」


 村長の放った言葉。その名前をマロシュは知っている。

 かつて人類を滅ぼそうとした災厄。魔女の中で最も恐ろしい存在、白銀の魔女。その魔女は白い髪のエルフだと言われている。

 するとイヴァは舌打ちを一つ打つ。


「違えよ。私のは鮮やかな銀髪だ。あんな薄汚れた灰色の髪と一緒にすんな」


 イヴァは嫌そうな顔を浮かべながら、突如空中に浮き始める。


「じゃ、始めっか」


 イヴァは右手を天高く伸ばした。手のひらは上を向いている。一体何をするのだろうか。

 その時、マロシュは違和感に気付く。

 ……周囲が暗くなった? 太陽が雲に隠れたのか? いや、今日は快晴だったはず。

 上を見上げると、巨大な灰色の雲が空を覆っていた。

 な、え? 一体何が起きて?

 続いて、ポツポツと雨が降り始め、やがてその雨は豪雨へと変わる。

 強風が吹き荒れ、地面に生える雑草が大きく揺さぶられる。

 気付けば村長達は全員身をかがめていた。当然だ。こんな強風、今まで経験したことがない。自分も吹き飛ばされてしまいそうだ。


「まずはその手に持ってるのを没収だな」


 村長達が持っていた農具が同時に吹き飛ばされる。


「じゃあな、じじい達!」


 イヴァの言葉と同時に巨大な竜巻が発生し、村長達はその竜巻に巻き込まれていった。

 彼らの身体は宙に浮かび、竜巻の流れに乗ってグルグルと上空を舞う。


「ちょ! イヴァさん!? あれ、死んじゃうんじゃないですか!?」


 マロシュがイヴァに向かって叫ぶ。


「大丈夫! 手加減してやってるから!」


 こ、これで手加減なのか? いくらなんでもとんでもなさすぎる。



 やがて巨大な竜巻や豪雨は収まり、先程まで空を覆っていた雲は消えていた。

 晴天の中差し込む太陽の光。対してずぶずぶに濡れた地面。その光景に不自然さを覚える。

 そして俺達の正面には五人仲良く倒れた村長達の姿。

 マロシュは村長達を指さして言う。


「あの、死んでないですよね?」

「えっと、多分、死んでないと思うんだけど……」


 見ると、イヴァの顔が真っ青になっていた。「やっちゃったかも」とか、「老体にはきつかったかも」とか一人でぼやいている。

 まさか、村長達、死んだのか?

 不安に思っていると、村長らの方から呻き声のようなものが聞こえてくる。


「ほ、ほら! 死んでなかっただろ!」

「そのようですね」


 とりあえず一安心だ。


「拘束は……必要なさそうだな。もう動けねえだろう」


 するとイヴァの銀色の髪は黒へと戻り、耳もいつもの形へと戻った。

 その様子を見てマロシュが口を開く。


「あの、今のは?」

「ん? 髪とかのことか? 私、本当は銀髪なんだけど、魔法で黒くしてんだ。ほら、さっきみたいに白銀の魔女って疑われるからな」

「はあ……もしかしてイヴァさんって、魔女なんですか?」

「そうだが?」


 イヴァは平然と頷く。


「なるほど。ベドさんがイヴァさんを見張りにしていたのも納得です」

「ま、私結構強いからな。並の相手なら負けないし。あ、服乾かしてやるよ」


 そう言い、イヴァはずぶ濡れになったマロシュに対して暖かな風の魔法を使った。村長達が風邪を引いたらマズいとのことで、イヴァは彼らの服も乾かした。

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