第3話 魔女ヤルミラ③

「きっつ」


 マロシュから事の経緯を聞いたイヴァは同情の声と共に、苦しげな表情をする。

 テーブルに置かれた皿からは食べ物がすっかり無くなっていた。


「俺も最初は辛かったですが、今はだいぶ落ち着いてきました。ただ、心残りはずっとある状態なんです」


 ベドジルフは顎に手を当てる。

 なるほど。最初、妙に村の年齢層が高いと思ったが、どうやら子供が姿を消したことが原因のようだ。


「結局、事件の真相はまだ分かっていないと」

「はい。ベドジルフさんの言うとおりです」

「事件の犯人が魔女にしろ他の誰かにしろ、真実を明らかにする必要があるようですね」


 ベドジルフの言葉にイヴァは机の下でベドジルフに蹴りを入れる。

 ちょ、こいつ、結構強めに足を蹴りやがった! 結構痛いぞ、これ!


「話聞いてたか? どう考えても魔女の仕業じゃねえだろ」

「あのなあ、イヴァは感情的になりすぎだ。俺達はまだマロシュさんからしか話を聞いていないんだ。一人の話を鵜呑みにするのは危険だ」

「うっ、まあ、そうかもしれないけどよ……」


 ベドジルフはお返しにイヴァの足に蹴りを入れる。結構力を入れて。


「いてっ! おいベド! 乙女に暴力とはどういう了見だ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるイヴァを無視してベドジルフは立ち上がり、マロシュに視線を向ける。


「では、私達は村の人達から話を伺いに行きます。よろしいですか?」

「もちろんです。聞き込みの後にヤルミラを蘇生するということですか?」

「ええ。しかし、蘇生ではありません。一時的に記憶を引っ張ってくるだけであり、死者に変わりはありません。時間が経てば記憶は霧散し、いつも通りの生活に戻ります。そのあたりはご了承ください」

「……はい、分かっています。あ、この家の二階に空いている部屋がありますので、この村に滞在している間は好きに使ってください」

「ありがとうございます。では失礼します」


 寂しげな表情を見せるマロシュを横目に、ベドジルフはイヴァと共に家を出た。



 ベドジルフとイヴァは村を歩く。

 村人からは相変わらず好奇の目を向けられる。

 当然だ。真っ黒なコートかつスキンヘッドの男に、ほとんどが白の目立つ服を着ている女。こんな村ではむしろ目立ちすぎるくらいだ。

 ベドジルフは隣を歩くイヴァを見る。イヴァは物珍しそうに村の様子を眺めていた。

 さて、この女をどうするかだな。正直、聞き込みにこの女は邪魔だ。かといってはっきりそのことを言えば当然噛みついてくる。

 ……仕方ない。

 ベドジルフは背中のリュックから小さなポーチを取り出し、その中に手を入れる。


「イヴァ。これで好きなのを買ってこい」


 そう言って数枚の硬貨をイヴァに手渡した。


「なっ! いいのか!?」

「構わない。聞き込みは一人で間に合いそうだし、暇なのもつまらないだろう」

「サンキュー!」


 そう言うやいなや、イヴァは颯爽とその場から離れていった。

 よし、邪魔者はいなくなった。これで心置きなく聞き込みが出来る。

 早速ベドジルフは近くを歩く男性に声をかける。


「そこのあなた、少しお話をしてもよろしいですか?」

「ん? 俺か?」


 そう答えたのは中年の男性。農作業を普段からしているからか、身体は筋肉質で、さっぱりとした印象だ。


「私、この村で子供が行方不明になった事件について少々調査をしている者です」

「あの事件か。今思い出しても胸くそ悪い。てことは、誰かがあんたを雇ったのか?」

「ええ、そんなところです」

「そりゃあいい。まだ俺の息子が見つかっていねえんだ。是非見つけ出してくれ」


 これは運がいい。この人が事件の被害者のようだ。有益な情報を聞き出せるかもしれない。


「私はここに来たばかりでまだ事件について詳しいことが分からないのです」

「おう、俺が分かることなら教えてやるぜ」

「それはありがたい。早速ですが、まだ息子さんのご遺体は発見されていないのですか?」


 男は目を細める。


「そうなんだ。俺だけじゃねえ、子供の遺体はまだ一つも見つかってねえんだ。せめて弔ってやりたかったんだがな」

「なるほど。魔女が何かに利用したんですかね」

「ああ。なんかの魔法に使ったらしいんだ。でもよ、俺はまだそのことを信じられなくてな」


 死体を魔法に使った? そんな魔法はあまり聞かないな。

 考えられるとしたら人体の影響に対する実験か、死者に関する実験か、もしくはその情報自体が偽物か。


「その話、誰から聞きましたか?」

「村長からだよ。どうやら魔女が実験をしているところを村長が見たらしいんだ」


 ベドジルフは顎に手を当てる。

 ふむ、村長が関わっているのか。村長が言っていることが真実だろうが嘘だろうが、重要な情報を持っていることは確実だろう。


「そこの方、少々よろしいですか?」


 不意に後ろから声をかけられて振り返る。

 そこに立っていたのは一人の老人だった。腰は曲がり、右手で杖を突いている。


「あなたは?」

「わしはこの村の村長です」


 ……随分とタイミングがいいな。


「ちょうどいい。彼からお話を聞き、村長にも伺おうと思っていたところです」

「それはよかった。二人で話しましょうか」


 村長がそう言うと、先程まで話していた男は軽く会釈をしてその場から離れていった。


「この老体で立ち話は少々疲れるので、広場でお話をしましょうか」

「ぜひとも」


 ベドジルフは村長と共に中央の広場へ向かって歩き出した。



 広場に着き、ベドジルフと村長は近くのベンチに腰掛ける。広場といっても特別何かがあるわけではない。いくつかの簡易的なベンチが置かれてるだけだ。


「どうですか? この村は」


 村長からの言葉。


「そうですね。とても落ち着いた雰囲気で、結構私好みです」

「それはよかった。わしは好きなんですよ。この村が」


 村長は両手で杖を強く握りしめる。


「以前はもっと子供もいて、凄く賑やかだったのです。あの魔女さえ来なければ……魔女のせいで、あんな酷い事件が起きてしまった」

「……心中お察しします」

「ありがとうございます。しかし、わしも村長として前を向かなければなりません。子供がいなくなったと言っても、全員ではありません。わしらは少なくなってしまった未来ある者達を育てていく義務がある」


 そう言って村長は力強い目でベドジルフを見据える。


「だからわしらは大丈夫です。これからも上手くやっていける」


 ベドジルフは小さく笑みを浮かべた。


「素晴らしい心構えです。しかし、私も依頼を受けた身。せめて本当に被害者の子供達が魔女の魔法に使われたのか、そして遺体は残っていないのか。それを調査しなければならない。村長もその真実が判明すれば多少は気が楽になるでしょう」

「……お気遣い感謝します。わしから一つお聞きしてもよろしいですかな?」

「はい、なんでしょうか」

「あなた様は、魔女をどう思っていますか?」

「魔女は忌むべき存在であり、私個人としても嫌いな存在です」


 ベドジルフは曇り無き眼で、はっきりとそう告げた。

 その言葉を聞いて村長は安堵の息を漏らす。


「やはり、魔女は存在してはならない存在なのですね」

「その通りです。私から質問の前に、言っておかなければならないことがあります」 

「ほう、それはなんでしょうか?」


 ここは攻め気味で話してみるか。何か見えてきそうだ。


「私、実は死霊術士なのです」

「しれい、じゅつし、ですか?」

「その様子だと、聞くのは初めてですか?」

「お恥ずかしながら」

「いえ、無理もないことです。死霊術士はちょっとばかり珍しい魔術師なので」

「それで、その死霊術士がどうしたのですか?」

「死霊術士とは、死者の記憶をたぐり寄せ、一時的に死者を現実に呼び出す魔術師を指します」


 村長は顔を曇らせる。


「つまり、死んだ魔女を復活させるのですか?」

「はい。魔女からも話を伺おうかと」

「それはなりません!」


 村長は杖を突いて勢いよく立ち上がる。

 ふむ、そういう反応か。


「なぜですか?」

「なぜって……その魔女がまた悪さをするかもしれない! 復活させてはいけないのです!」

「大抵の死者は私の力で制御可能です。それでもですか?」

「それでもです! 魔女は危険なのです! それはあなたも重々承知でしょう!」


 村長から焦りの表情が窺える。

 この様子、魔女ヤルミラは何かを知っているな。


「……分かりました。もう少しばかり検討しようと思います」

「ありがとうございます」


 その後もベドジルフはしばらくの間、魔女ヤルミラと事件について村長と会話を重ねていった。



 何人からの村人から聞き込みを終えたベドジルフは、マロシュの家に戻っていた。

 二階の空き部屋。俺とイヴァが寝泊まりする場所だ。

 床に簡易的な毛布が二つ置かれているだけの簡素な部屋。


「はあ、ベドと同じ部屋かよ」


 イヴァがため息を漏らして毛布の上に座る。

 ベドジルフは窓側の壁に背中を預けた。


「空き部屋が一つだけ、仕方ないことだ。で、俺が渡した金は使ったのか?」

「使ったに決まってんだろ」

「何に使ったんだ」

「なんで言わなきゃなんねえんだよ」

「使っていない場合に金を返してもらうためだ」

「ちっ、がめつい奴だな」


 ごにょごにょと愚痴を言いつつ、イヴァは自身の首にかけられたものを手に取る。


「こいつだよ」


 どうやらイヴァが買ったのはアクセサリーのようだ。

 木で掘られたハート型のネックレス。


「イヴァ、よりによってなんの役にも立たない物を買ったのか」

「うるせっ。別にお洒落ぐらいいいだろ。ったく、だから言いたくなかったんだよ」


 まあ、好きに使えと渡した金だ。イヴァがどんな物を買おうが俺の気にするところではないか。


「で、聞き込みをしたんだろ? どうだったんだよ」


 イヴァが真剣な表情で問う。


「端的に言えば、どうもきな臭いな。事件の犯人は魔女ではないかもしれない」

「だから言ったじゃねえか。魔女は犯人じゃねえって」

「結果論でイキるな」

「私の言ったことが正しかったことに変わりはねえだろ」

「まあな。まだ確定したわけではないが、村長が怪しい」

「村長が?」


 イヴァが首を傾げる。


「ああ。村の皆は口をそろえて子供が魔女の魔法に利用されたと言っていた。だが、その目撃者が村長だけなんだ」

「なんだそりゃ。怪しさしかねえじゃんか今からとっ捕まえに行くか?」

「いや、まだだ。どうも村長は事件を探られたくないといった雰囲気だった。それに魔女ヤルミラを復活する話をした途端に焦りだした。恐らくヤルミラが何かを知っているということだ」

「で、死霊術はいつやるんだ?」

「明日行う。イヴァは守りを固めて欲しい」


 イヴァはつまんなそうに首を縦に振る。


「分かったよ。どうせ私は何もせずに終わるんだろうけど」

「いや、恐らく村長あたりが何かしらアクションを起こすはずだ。それこそ俺達を殺しに来るかもな」

「へえ、もしそうなったら私がぶちのめしてもいいんだな?」

「殺さない程度ならな」


 するとイヴァは口角を釣り上げ、不気味な笑みを見せる。


「そりゃあ楽しみだ」



 翌日の昼頃。

 ベドジルフとイヴァはマロシュに連れられて村を歩いていた。

 やがてマロシュはとある建物の前で立ち止まる。


「ここを使ってください」


 赤いレンガの三角屋根。その天辺には十字架が飾られている。

 どうやらここは教会のようだ。

 ベドジルフはマロシュに視線を送る。


「今日は誰もここに来ませんか?」

「はい。神父様にも話は通してあります」

「それはいい。とりあえず中を拝見させていただきます」


 そう伝え、三人は建物に入る。

 中央には真っ直ぐ道が続き、その左右には長椅子がいくつか奥側に向けて置かれている。

 至って普通の教会だ。広さは十分。これなら問題なく死霊術が行える。


「では早速準備に取りかかります」

「あの、俺は教会を出た方がいいですか?」

「いえいえ、まだここにいて構いません。術を始める際には退出していただきますが」


 そう言ってベドジルフは背中のリュックを長椅子に下ろし、中から一つの長い棒を取り出す。


「マロシュさん、適当に座っていて構いませんよ」

「あ、はい」


 マロシュがリュックの置かれた長椅子に腰掛け、その後ろの長椅子にイヴァが腰を下ろした。

 それを確認したベドジルフは何かを描くように棒の先端を地面にこすりつけ始める。

 ベドジルフの行動にマロシュは首を傾げ、イヴァに声をかける。


「あの、ベドジルフさんは何をしているのですか?」

「ん? ああ、魔法陣を描いてんだよ」

「魔法陣? 魔術を使うのではないのですか?」

「魔法陣ってのは名前だけで魔術でしか使わねえ。なんでそんな名前になったんだろうな」


 二人の会話を小耳に挟みながら、ベドジルフは地面に魔法陣を描き続ける。


「まだ魔術という名前自体がなかった頃、この陣を発明した人が魔法陣と命名したんですよ。その後に魔法陣を使った技術を魔術と呼ぶようになった、ということです」


 ベドジルフの言葉にマロシュとイヴァはなるほどと頷いた。


「無知で申し訳ないのですが、そもそも魔術師と魔女の違いは何なのでしょう?」


 マロシュが続けて問う。


「いい質問ですね。簡単に言えば、魔女というのは魔法を使用することができる者のことを指します。それに対し魔術師は魔法を応用し、どの人でも訓練次第で使えるようになる魔術の使用者を指します」

「なるほど」

「魔法は魔女が自由に研究し、行使する。それに対し魔術には魔法陣があり、強力な魔法陣ほど利用できる者を制限している。それが大きな違いです。だから魔法を自由に使う魔女はとても危険だと一般的に考えられているということです」


 そう言いながらベドジルフは魔法陣を描き続ける。

 魔法陣は結構な大きさになる。途中、長椅子を跨ぐがまあ問題ないだろう。魔法陣の中心は教会奥にある講壇の手前。そこが一番スペースがある。

 魔術を何も知らない人が見れば普段目にしない模様に首を傾げるだろう。実際、マロシュはそうなっていたわけだ。

 そのおかげでマロシュは興味深そうにこちらを見ている。魔術に興味を持ってくれるのは喜ばしいことだが、イヴァももう少し感心を持って欲しい。一応魔術師見習いなのだから。目を瞑って寝ないで欲しい。



 およそ二十分後、ベベドジルフ長い棒の先端を地面から離し、マロシュに視線を向ける。


「これで準備は完了しました」

「そうですか! 早速魔術を行うのですか?」

「ええ、いつでも開始できますよ」


 ベドジルフは自身のリュックに長い棒を差し込む。


「ただ、今回の死霊術は相当な時間が掛かります」

「時間ですか。どのくらいになるんでしょう?」

「およそ五時間、といったところでしょうか」

「五時間!?」


 マロシュは大きく目を見開く。


「そんなに時間が掛かるのですか!?」

「ええ。魔女ヤルミラのご遺体、せめて骨があればだいぶ違うのですがね」

「そうですか……」


 前にマロシュから話を聞いているが、魔女ヤルミラは骨も残らないほどに火にかけられたとのことだ。仕方のないことではある。


「イヴァ、マロシュさんと外に行け」

「見張りか?」

「そうだ。誰かしらアクションを起こすだろうからな」

「よっしゃ、やっと楽しめそうだぜ」


 そう言ってイヴァは立ち上がる。


「マロシュ、ついてこい」

「は、はい」


 イヴァはマロシュを連れて教会を出て行った。

 その様子を見たベドジルフは一息つく。

 さて、久々の大仕事だ。張り切ってやるか。

 と、その前にトイレを済ませておくか。五時間の長丁場だ。尿意なんかで台無しにするわけにはいかないからな。

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