第2話 魔女ヤルミラ②

 半年前のとある日。朝の四時頃。

 青年のマロシュは農具を持ち、外を歩いていた。

 マロシュは村一番の早起きだった。誰よりも早く起きては自身の畑の手入れをする。そうしていると次第に他の村人が増えてくる。マロシュにとってはそれが日常だった。

 しかし、今日は少しばかり違っていた。

 自分の畑に向かっていると、マロシュは女性が地面で倒れているのを見つけた。

 二十代前半くらいだろうか。このあたりでは珍しい薄緑色の髪は、肩あたりで切りそろえられていた。着ている服はボロボロで、貧相な格好だった。

 マロシュはすぐさま女性のそばまで駆け寄る。


「おい、あんた! 大丈夫か!」


 肩を激しく揺すると、僅かに女性の口が開いた。


「ん、うう、」

「しっかりしろ!」


 その時、女性の腹から大きな音が鳴る。

 マロシュは突然の事に混乱するが、続く女性の言葉で状況を理解することになる。


「お腹、空いた、死んじゃう、」

「……え?」



 女性を自身の家まで運び、マロシュは家にあるもので簡単な食事を作って女性に振る舞った。

 女性はそれらを勢いよく食べ進めた。


「うまっ、うまっ! めっちゃうまいっ!」

「ちょ、喉に詰まらすなよ」

「幸せすぎて今死んでもいいかも!」

「何言ってんだ」


 すると女性は突然息苦しそうに自身の胸を叩き始める。


「おいおい! ほら、早く水を飲め」


 マロシュからコップいっぱいの水を受け取り、女性はごくごくと飲んでいった。


「ぷはあっ! いやあ、ありがとうね。本当に死ぬかと思った」

「死んでもいいとか縁起でもねえ事を言うからだ」


 女性は「あはは」と笑顔を浮かべる。


「いやあ、本当に助かったよ。私の名前はヤルミラ。名前を聞いてもいい?」

「マロシュだ」

「マロシュかあ。マシュマロみたいで可愛いね」

「マシュマロ? なんだそれは」

「ええっ!? マシュマロを知らないの!? ヤバいよそれ!!」


 ヤルミラが驚愕の表情を浮かべる。


「私、マシュマロがすきなんだよね。あ、じゃあいつか私がマシュマロを食べさせてあげるよ」

「お、おう。そうか」


 彼女の勢いにマロシュは一瞬たじろぐ。

 随分とお喋りな奴だな。正直、こういうタイプは少し苦手だ。勝手に話を進めるし。


「ほら、飯を食ったならさっさと帰れ」

「いやあ、それがさあ……」


 ヤルミラは人差し指の先を突き合せ、その様子をマロシュは訝しげに見る。


「なんだよ」

「えっとね、私、以前いた村から追い出されたんだ」

「は? なんかやらかしたのか?」

「色々とあってね……それで、出来れば少しでいいからここに住まわせて欲しいなって」

「犯罪者はごめんだぞ」

「ちょ、そんなんじゃないって!」


 ヤルミラが慌てた様子で答える。

 慌てぶりが少し怪しいが、その言葉が本当な気もする。何となくだが。


「しょうがねえ、とりあえず泊まれそうな場所を探しといてやる。だが、ここは駄目だ」

「ええ、なんで?」

「年頃の男女が二人暮らしなんて誤解しか生まれねえだろ」

「え! 私のこと年頃の女性だと思ってくれてるの!? 嬉しい!」


 はしゃいでいるヤルミラの様子を見て、マロシュは頭を抱えた。

 こいつ、面倒くせえ。



 ヤルミラが村に来てから一ヶ月が経った。

 彼女はすっかり村に溶け込んでいた。特に少年少女から人気があるようで、ヤルミラが子供達を遊んでいる光景をよく目にしていた。

 夕方頃、仕事を終えたマロシュが自宅に向かっているときだった。


「やっほ、マロシュ」


 後ろから突然声をかけられ、マロシュはびくりと体を揺らして振り返る。


「なんだ、ヤルミラか。驚かすんじゃねえよ」

「そんなつもりは無かったんだけど」

「なんの用だよ」

「……ちょっとさ、マロシュの家に行ってもいい? そこで話したいんだ」

「あ? 勝手にしろ」


 そう言って再び歩き出し、ヤルミラはマロシュの横まで駆け寄って同じ歩調で歩いて行った。

 家に着き、いつも食事を取るテーブル席に腰掛ける。

 ヤルミラはマロシュと向かい合うようにして席に座った。


「で、話ってなんだよ」

「凄い直球だね。ちょっと言いにくい話だからさ、最初に雑談でもしようよ」

「いらねえだろ。さっさと言えって」

「ぶっきらぼうだなあ。でも、だから言いやすいのかも」


 ヤルミラは視線を下にそらし、テーブルの上で指を弄りながら口を開く。


「私ね、実は魔女なんだ」


 その言葉にマロシュは眉を顰める。


「ああ? 魔女? ヤバい奴じゃねえか」

「私は悪者じゃないよ!」

「いやいや、魔女なんて人類の敵だろ。魔女が人類を滅ぼそうとした話なんて有名な話じゃねえか」


 ずっと村で育ってきた俺でも知っていることだ。

 その昔、魔女が今より沢山生きていた時代。一人の魔女が自らの魔法で人類に攻撃を始めた。その魔女は白髪のエルフだったらしく、白銀の魔女と呼ばれ、忌み嫌われている。

 今まで魔女と共存関係だった人類は強大な魔法により次々と命を落としたが、英雄の登場により、白銀の魔女が討ち取られたという話だ。

 それ以降、人類は魔女を敵対視している。


「確かに悪い魔女もいたけど、私は違うの!」

「そうなのか」

「そうなの!」

「で、何が言いたいんだ?」

「だから! って、え?」


 ヤルミラが呆けた表情になる。

 とんでもなくアホな顔だ。


「ヤルミラが魔女ってことは分かった。それで、話ってなんだ?」

「いや、私が魔女ってことを打ち明けたかっただけ」

「ふーん、そうか」

「え? え? 私のこと怖くないの?」


 ヤルミラが自身を指さす。

 今更何を言っているんだ。一ヶ月も同じ村で過ごせばどういう奴かなんて大体は分かる。


「別に怖くねえよ」


 マロシュがきっぱりと言うと、ヤルミラは安堵の息を漏らした。


「よかったあ。私ね、魔女って事がバレちゃって前の村を追い出されたんだ」

「大変そうだな」

「随分と他人事みたいに言うね……それでさ、私が魔女ってこと他の人に言っても大丈夫だと思う?」

「大丈夫だろ。ヤルミラは色んな人と仲良くしてるし、今になってどうこう言う奴はいねえって」


 マロシュの言葉にヤルミラは微笑を浮かべた。


「ありがとう。明日、村の皆にも言うことにするよ」


 その後、ヤルミラは村にいる多くの人に自身が魔女であることを打ち明けた。大人達は戸惑う人が多かったが、ヤルミラとしばらく共に過ごしていたからか、誰も初めからヤルミラを非難することは無かった。



 ヤルミラが自分が魔女であることを明かしてからしばらくは平穏な日々だった。彼女自身も以前より楽しく生活しているだろうと、マロシュの目にはそう映っていた。

 しかし、その生活が長く続くことはなかった。

 ヤルミラが正体を明かしてkら一ヶ月後、一人の少年が姿を消した。


「あんたがやったのか!」


 村人の怒声が響く。村の中央、広場の方からだった。

 外を歩いていたマロシュが駆け足で向かうと、広場にはヤルミラと一人の男が言い合っており、他の村人が遠目でその光景を見ていた。

 ヤルミラと争っているのは中年の男性。彼は確か、行方不明になった少年の父親だ。

 男は額に青筋を立ててヤルミラを睨んでいた。


「ち、違います! 私はやっていません!」


 ヤルミラは必死に否定する。


「本当だな? 俺はあんたを信じていいんだな?」

「はい! 神に誓います!」

「……ちっ、そうか」


 男はそのままヤルミラに背を向けて去って行った。

 マロシュは男と代わるようにしてヤルミラの元へ向かう。


「ヤルミラ、何があったんだ?」

「マロシュ……昨日、オトが行方不明になったでしょ?」


 オト? 誰だそれ?


「……あ、ああ。ヤルミラとよく遊んでいたガキか」

「うん。私と仲がよかったから真っ先に私が疑われちゃって」

「大変そうだな」

「相変わらず他人事みたいな反応だね」

「俺はあのガキと中が良かったわけじゃねえしな。で、ガキを殺したのか?」


 マロシュが尋ねると、ヤルミラが勢いよく首を横に振る。


「そんなわけないじゃん! 私もオトがいなくなって辛いんだから!」

「じゃあどうするんだ?」

「それは……」


 ヤルミラが押し黙る。


「別にヤルミラが言ったことを言いふらしたりしねえよ。言ってみろ」

「……私は、自分がオトに危害を加えたりしてない。そのことを証明したい。何より、このまま真実が隠れてちゃオトが可哀そうだよ」


 そう言うヤルミラは酷く悲しげな顔だった。

 まだ知り合って二ヶ月程度の子供にそこまで同情できるのか。俺とは全然違うな。

 だからこそ、マロシュはヤルミラに惹かれるものがあったのかもしれない。


「しゃねえ。俺も付き合ってやるよ。ガキが死んだ原因を調べるぞ」

「っ! うん!」


 ヤルミラは心底嬉しそうに頷いた。

 それを見てマロシュも頷き、自身の腕を組む。


「で、まずは何をするべきかだな。俺は村の人達に色々聞いてみるけどよ、ヤルミラは魔法でなんか出来ないのか?」

「いや、魔法を使うつもりはないよ」

「どうして?」

「私は一人の村の仲間として頑張りたい。魔女の力なんていらないよ。それに、私の魔法は事件解決に役立つようなものじゃないし」

「ふーん、まあ好きにすればいいんじゃね?」

「ありがとう。二人で頑張ろ!」



 それから、マロシュとヤルミラは事件の調査を始めた。

 しかし、何も手がかりを見つけることが出来ず、不可解な事件が多発した。

 日が経つにつれ、一人、また一人と子供が姿を消していった。その人数は十三人。その全員が魔女と仲のいい子供だった。

 今まで村でここまで謎に包まれた事件はほぼ無かった。それ故、村人の魔女に対する疑いは一層深まった。

 最初に少年が行方不明になってから一ヶ月後のある日。

 マロシュは普段の仕事や事件の調査で疲れたのか、いつもより起きるのが遅かった。

 目を擦りながら体を起こす。

 まだ朝だというのに、妙に外が騒がしい。何か事件があったのか。まさか、また子供が姿を消したのか?

 不安を抱えながら、マロシュは寝間着のまま外に出る。

 まだ太陽は昇りきっておらず、暗さが残る景色。しかし、中央の広場方向がやけに明るかった。

 マロシュは中央に向かって歩き始める。

 人々の騒ぎ声が大きくなってくる。妙な明るさに不安が大きくなってくる。

 気付けばマロシュは走っていた。まだそこまで長い距離を走っていないのに、全身からはだらだらと汗が流れ出している。息は切れ気味で、心臓もバクバクと高鳴っていた。

 やがて中央の広場にたどり着く。

 人混みをかき分けてやっと何が起こっているのかを理解する。

 大きく燃え上がる火。その中央には木で作られた十字架。そして十字架に張り付けにされている一人の女性。


「……ヤルミラ?」


 マロシュの弱々しい声は村人の騒ぎ声でかき消される。

 チリチリと、火の粉の音が耳に入る。煙のにおいが不快感を誘い、息苦しさを感じる。


「魔女が子供達を殺したんだ!!」


 人混みから声が聞こえてくる。


「ずっと私達をだましてたのね!?」


 人が多く、誰が言っているのか分からない。


「お前なんか村に入れなければよかった!!」


 違う……違う……ヤルミラじゃない。

 俺は知っている。彼女の性格を。人を殺すような奴じゃないことを。

 皆、最初は仲良くやっていたじゃないか。

 なんで、こうなっているんだ。

 マロシュはヤルミラの方を見る。

 ……まだ、彼女に火は届いていない。しかし、時間の問題だろう。

 村の皆は彼女を敵視している。助けられるのは俺しかいない。俺が、助けるしか。

 そんな心の声とは裏腹に、マロシュの足は止まったままだった。

 なんで、動かないんだ。今しかないだろ。ここで動かなければ、一生後悔するだろ。

 ……もしかして、怖いのか? 火に入るのが? いや、違う。そうじゃない。

 俺は、村八分にされるのが怖いんだ。自分の居場所がなくなるのが怖いんだ。

 そのとき、ヤルミラと目が合った。

 どうしていいか分からないでいると、ヤルミラはマロシュに向かって首を横に振った。

 その後、マロシュはヤルミラが焼かれていく様子をじっと眺めていた。

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