開かれた箱
「・・・・・」
向かう先は王城。緊張と不安。そしてここ数日を思い出して、私は堪らず馬車の外に目をやった。
今日はアルバート皇太子殿下の成人を祝うパーティーの日だ。
リベシルの箱を取られた後に、家族全員の名前が書かれた招待状が家に届いた。
『招待状が来た以上、行くしかない。準備をしてくれ』
招待状に目を通したお父様の静かな声が、リベシルの箱を取られたとは思えない落ち着きが不思議だった。
『お父様!リベシルの箱を取られたのですよ!何時開けられるか、早く取り返さないと!』
部屋に戻ろうとするお父様にそう何度も抗議した。でも、答えは毎回同じ。
『王族だってそんなに愚かではない。そもそも王族の物だったとアルバート皇太子殿下も言っておられただろう。元の持ち主へ帰っただけだ』
『ッ!ですが、ですが!お母様とお兄様が命を懸けて、先祖代々ずっと受け継いだ祈りはどうするのですか!箱を開けなくても、祈りが無くなれば結局は…』
『アルシア。何も問題ない。リベシルの箱を管理出来ると思ったから持って行ったんだろう』
お父様は、お母様と政略結婚をして婿養子でガーラ伯爵家に来た。でも、お母様とお父様はとても仲睦まじく、心から愛し合っていた。
リベシルの箱についても理解して信じている、とそう思ってた。
『…お父様は何も分かっていない!リベシルの箱がどれ程の災厄を閉じ込めているのか、何も!!』
思うままに叫んで、私は1人でもリベシルの箱を取り戻しに、せめて祈りがされているのか開けられていないかだけでも確認しようと準備をした。
そして、夜中にコッソリ出発しようとしたが、
『アルシア。しばらくは安静にしてて。パーティーの日までには回復する筈だから。…逸る気持ちは分かるわ。でも今は安静に、ね』
荷物を持って、主に使用人が使う扉を開いた瞬間。突風が吹いて物が飛んできた。荷物が重くて思うように動けなかった私は避けきれずに当たって足を怪我してしまった。
足の怪我が回復した頃に熱が出たりして、結局成人のパーティーに出席する為に王都へ出発して、パーティーの日の今日を向かえるまで、リベシルの箱がどうなったのかを見る事はおろか、知る事すらできなかった。
こんなに祈らないのは初めてだ。こんなにリベシルの箱を見ないのは初めてだ。
・・・家族揃ってパーティーに行くのも、初めてだ。
「アルシアお姉様。大丈夫?」
物思いに浸り過ぎていたらしく、弟のアンクが不安そうに見上げている。
「大丈夫だよ。ちょっと緊張しているだけだから」
王城へと向かう馬車の中にはアンクとピュチアが一緒にいる。
「それならわたしとアンクでしっかりエスコートしてあげるね!」
「うん。よろしくね」
リベシルの箱へは毎日祈らなければならない。だから遠い場所へ行かなければいけないパーティーへは行った事がなかった。
今着ているドレスも、フラーロお姉様のお下がりの物だ。パーティー用のドレスなんて持っていなかったから、フラーロお姉様には感謝しなければいけない。
「アルシアお姉様、僕から離れちゃダメだよ!」
アンクとピュチアもとても張り切っているし、少しだけパーティーが楽しみになってきた気がする。
お父様とお姉様は別の馬車で先を走っている。
あの日から1度もお父様とは話していない。忙しそうだから、というのは言い訳で私はお父様を避けていた。
裏切られたような気持ちだった。
どんな顔をすれば良いのか分からないし、顔を合わせたらまた何か言ってしまいそうだ。
だから馬車にお父様と一緒に乗らなくていいと知った時、良かったと思ってしまった。
パーティーで何が起こるのか、お父様と何を話せば良いのか、リベシルの箱が奪われたあの日からずっと拡がる青空とは裏腹に、気持ちは憂鬱でため息を吐いた。
「皆様、今日は私の成人のパーティーへお越しいただきありがとうございます。ごゆっくりとパーティーをお楽しみください」
前にガーラ伯爵家に来た時よりも更にキラキラした服装のアルバート皇太子殿下の挨拶が終わり、各々が自身の派閥の者達と集まって話し出す。
「…ガーラ伯爵家だわ。よく来れるわね」
「確か、王家から賜った箱の管理費を大量に貰っているって聞いたわ」
「その管理費で豪遊しているとか…」
私と同年代くらいの令嬢達の会話が耳に入る。
改めて周りを観察すると視線が私達に向いていた。それも疑いの眼差しや好奇の視線ばかり。
そんな中でもお父様やお姉様は知り合いの貴族と話をしていた。
「…ねぇ。ピュチア、アンク、何時もこんな感じなの?」
「うん!そうだよ!」
「でもでも、こんなに豪華なパーティーは初めて!」
ピュチアとアンクに訊いてみたが、パーティーの話だけで詳細は分からなかった。でも、きっと2人にも視線や会話は漏れ聞こえているはず。それに何の反応も示さないのは、慣れているからなのかもしれない。
家族の誰もパーティーの事は、食事や流行り物の話しかしなかったから知らなかった。
料理を取りに行ったピュチアとアンクが、普通に笑っているフラーロお姉様が、話をしているお父様が、今までどんな気持ちでパーティーに行っていたのか。
「あら、初めて見る方ね。どなたかしら?」
複雑な感情が渦巻いていく私に話し掛けた人がいた。
「はい。ガーラ伯爵家のアルシア・ガーラと申します。諸事情でパーティーには参加出来なかったんです」
取り巻きらしき数名の令嬢を連れて歩く女性は、麦の穂のような髪色の綺麗な方だった。
「そうでしたの。ガーラ伯爵家の。ああ。わたくしはラーリア公爵家のカトリーナ・ラーリアですわ」
目の前の令嬢が公爵家の者だった事に驚いた。それと同時にその名前を聞いた事があった。
「…失礼ですが、1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「……構わないわ」
「ありがとうございます。アルバート皇太子殿下のご婚約者様でしょうか?」
「…ええ。わたくしはアルバート皇太子殿下の婚約者ですわ。それが?」
社交の場にほとんど出ていない私でも知っている存在。実際に会うのは初めてだが、まさか婚約者様から話し掛けられたなんてビックリだ。
でも、チャンスかもしれない。婚約者からのお願いなら、せめてリベシルの箱への祈りをさせて貰えるかも。
「あの、ラーリア公爵令嬢。1つお願いがあるのです。リベシルの箱への祈りをさせて頂けるように、アルバート皇太子殿下に取り次いで頂けないでしょうか?」
箱が開けられてさえなければ、祈りが数日途切れるくらい平気だ。ちょっと数日分の不幸に襲われる可能性はあるが、きっと大丈夫。
あわよくば定期的に祈れないものか、と考えていた私に静かに考えていたラーリア公爵令嬢が答えた。
「それは出来ませんわ」
「…そう、ですか。でも…」
答えは非情だった。それでも食い下がる訳にはいかないと話し掛けた私の声を遮るように、ラーリア公爵令嬢は扇で口元を隠して言った。
「でも、そうね。もう少しすれば、そんな事をしなくてもいいと解るわ。その時まで待っていなさい」
「それはどういう……」
言葉の意味は分からなかった。聞き返したかったが、強い瞳に見詰められて何も言えず、ラーリア公爵令嬢は取り巻きを連れて行ってしまった。
「アルシア、疲れてないかしら?」
呆然と見送った私にフラーロお姉様が話し掛ける。
「フラーロお姉様、はい。ピュチアとアンクが色々教えてくれるので楽しいです」
「そう、それなら良かった」
やっぱりフラーロお姉様も普通だ。何事もないかのように振る舞っている。
「あの、フラーロお姉様……」
今まで気にした事がなかった、外でのガーラ伯爵家とリベシルの箱の認識を訪ねようとしたが、
「皆!今日この日、私の成人と合わせてもう1つ、嬉しいお知らせがある!」
アルバート皇太子殿下の声に遮られてしまった。
談笑していた貴族全員の視線が集まり、会場を静寂が支配する。
「それは、このパンドメーラ王国に伝わる伝説についてだ」
胸がざわつく。何か、何かとてつもなく嫌な予感がする。
「王国中の不幸を、災厄を全て封じているという箱。開けば封じた全てが解放され、王国に災禍が放たれると言われる、リベシルの箱と呼ばれる物」
アルバート皇太子殿下の言葉に貴族達はざわつき、私を含めた家族全員が息を飲んだ。
「私の婚約者であるカトリーナがその伝説について調べた。リベシルの箱が何時、何故、誰が作ったのか、管理している家との関係全てを」
アルバート皇太子殿下の隣へと歩み寄ったカトリーナ様が、美しい礼をする。
「私は膨大な資料を読み解き解明しました。……その結果、リベシルの箱が作られた時期も、誰が作ったのかも、何もかもが不明だと分かりました」
カトリーナ様の発言に、貴族達からどよめきが起こる。
「王家が多額の管理費を支払っているというのに、だ。つまりはリベシルの箱に不幸や災厄が封じられているという話も信憑性が低くなる」
いつの間にかアルバート皇太子殿下の隣に、リベシルの箱が置かれていた。
「この古ぼけた木箱に、王国中の不幸が入るとは思えない。だから私は…」
常に恐ろしい不幸の気配を纏うリベシルの箱に、毎日見てきた箱の気配に、気がつかないはずがない。
それでも気がつけなかったとすれば…。
「この箱を開けた」
ああ。ああ。やっぱり、そうなのか。リベシルの箱は開けられてしまったのか。何代も何人も何百年と守って来た箱の効力が、守人達の願いが、無に帰ってしまったのか。
「だが、何も起こらなかった。この場に集まった貴族に欠席者は誰1人としていない。つまり、この箱の伝承は話は全てが嘘だったのだ。何代にも渡り、我らが王家を国を騙して来た者達がいる」
その瞬間、貴族達の視線が私達に集まる。敵意、不快感、あらゆる負の感情がぶつけられる。
「ガーラ伯爵家。リベシルの箱の管理をし、その代わりに国から多額の管理費を貰っていた家だ。…何の変哲もない箱を、災厄が封じられていると嘘をついてな!!」
目の前が真っ暗になった。グラグラとして、周りの音が消え去る。
「…パンドメーラ王国は災害に見回れた事ない国だ。その奇跡を、リベシルの箱などという物のお陰かのように振る舞い、何代にも渡って我ら王家を、国を、国民を騙した大罪人め!」
アルバート皇太子殿下の声に、貴族が同調していく。
「そうだ!箱を開けても何も起きなかったくせに!」
「嘘つき!」
渦巻くように、罵詈雑言が至るところから聞こえる。
「ピュチアとアンクを守らなきゃ!アルシア、お父様の側に行ってて」
「っ!はい!」
フラーロお姉様は離れて立っているピュチアとアンクの側に走って行き、私もお父様がいた方向へと踏み出した。
「……え?」
頭に冷たい液体がかかりドレスが赤く染まる。誰かにワインをかけられたのだと、理解出来ても受け止めるのに時間が掛かる。
「穢らわしい罪人風情が!」
フラーロお姉様に後で謝らなければ、なんて現実逃避していた私に誰かの声が響く。
罪人じゃない。リベシルの箱は本物だ。お母様もお兄様もその前の守人全員が命を懸けてリベシルの箱に祈っていたから、厄災が起きなかったんだ。
「…ッハ!ヒッ、ヒュー…!」
その言葉は、1つも口に出来なかった。
リベシルの箱から不幸が開け放たれた事実が、お母様やお兄様が守って来た守人の役目を終わらせてしまった責任が、守って来た筈の者達からの責め立てる声が、苦しい。
「アルシア!?」
堪らずにしゃがみこんだ私に、手を貸してくれる人は誰もいなかった。
「騎士よ!王国を何十年にも渡り騙した大罪人の一家を捕らえよ!」
アルバート皇太子殿下の声が響き、あっという間に騎士に取り囲まれる。
「2人はまだ子供よ!」
「…殿下のご命令ですので」
フラーロお姉様と不安気にお姉様のドレスを掴むピュチアとアンクも、騎士に連れて行かれる。
「…アルバート皇太子殿下!この事は陛下への許可を取っているのですか!?」
私の後ろ、最後に連れて行かれるお父様がアルバート皇太子殿下に叫んだ。
「無論だ。父王陛下からの許可も、リベシルの箱の処遇についても、全て許可済みだ」
「…左様ですか」
パンドメーラ王国の王である陛下が許可したという事は、国がリベシルの箱を嘘だと言ったも同然だ。この国に、リベシルの箱を真に信じている者がどれ程少ないのか、今更だけど理解した。
「牢屋にて、己の、一族の罪を反省しながら刑の執行を待つがよい!」
扉が閉まる直前。アルバート皇太子殿下の声が、勝ち誇ったように自身に溢れた声が聞こえて、扉が閉ざされた。
・・・ああ。
解ってないなぁ。
「………ふふっ。ふふふ、ふふっ」
「…何がおかしい?」
おかしくなったかのように、クスクスと嗤う私を、騎士もお姉様も誰もが見る。
「…いえ、ふふっ。そうですね、ふふふ」
リベシルの箱の異常性は、家族の誰もが解っている。
「1つだけ、ふふっ忠告をしようかと、ふふふ」
でも、リベシルの箱に触れるのは触っても良いのは守人だけ。
守人だけが知っている。
「これからあらゆる不幸が厄災が災害がこの国を襲うでしょう。誰1人として止める事は不可能な不幸が」
リベシルの箱に触れた時に視る映像。それは、リベシルの箱が開かれた時の未来。
「今の内に国外に出る事をオススメします。ふふふ、遅くなれば出る事すら出来なくなってしまいますよ?」
私が初めてリベシルの箱に触れて、もしもの未来を視てから毎日毎日、未来は転がり落ちるように酷くなっていた。当然だ。リベシルの箱は国中の不幸を閉じ込めていた。1日だけで、膨大な量の不幸が増えていた筈だ。
「ハッ!負け惜しみか?神のご加護に護られた我らの王国が、災厄に襲われる等有り得ない!」
「そうだ!王国は何百年とそんなモノとは無縁だったんだからな!」
私だけが、知っている。この先の王国の不幸を。
一部の者だけが信じている。リベシルの箱と守人の言葉を。
パンドメーラ王国に未曾有の不幸が訪れようとしていた。
災悪を閉じ込めた箱を代々守ってきた家の守人ですが、愚かな王家が箱を開けたので国外に脱出します 小春凪なな @koharunagi72
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