災悪を閉じ込めた箱を代々守ってきた家の守人ですが、愚かな王家が箱を開けたので国外に脱出します

小春凪なな

箱の守人



 篝火の明かりだけの薄暗い部屋で一心に祈る少女。


「リベシルの箱に誓います。国の不幸を閉じ込め、災害をなかった事に、疫病が広がらぬように、国の為に、全ての苦しみをこの1つの箱の中に集めよ……」


 何度も、何度も、繰り返し毎日毎日毎日…。


「原初の誓いが守られている限りの束の間の安らぎを…」


 母から、兄から、受け継いだこの役割。


 姉が、妹が弟がこの役割をしなくて済むように、何事も起きないように。


「……我々ガーラの名において、誓いを」


 部屋の中央に鎮座する古ぼけた木箱に向かって、ただ祈る。


 自分以外の不幸がなくなるように、と。


 祈りの最後に木箱を触って、部屋を出る。


 階段を上がる度に地下の部屋とは対照的な明るい光が目に染みる。


「…キャ!?」


 その光に思わず瞳を細めた瞬間、階段を踏み外した。


(せめて、せめて怪我で済むように…っ!)


 家族全員で行っている訓練を思い出すよりも早く、身体に染み付いた動きは正確に私に受け身を取らせた。


 毎日使用人が掃除してくれているので思っていたよりも埃だらけにはならなかったと、階段から落ちて思った。


「っ!お嬢様!大丈夫ですか!?」


 近くで待っていた侍女のミリアが慌てた様子で駆け降りてくる。


「平気よ。何時もの事だから」


 心配が顔に現れているミリアに手を振り、服に付いた埃を落としながら返す。


「ですがっ!…いえ、一応今回も診てもらいましょう。フラーロ様はお医者様ですから。お呼びしましたので向かっておられるかと」

「そうなの?私から向かったのに」

「お嬢様は怪我人なんです!大人しく待つのが仕事なのですよ!!」


 何度も言っているでしょう、と心配の表情から一転して怒る寸前になったミリアに苦笑する。


「分かっているわ」


 これが何時ものやり取り。


 私の日常。


 箱に祈って、自室に戻るまでに一回は転ぶか何かが飛んで来る。


 そして今のようにお医者様のフラーロ姉様に診て貰うのだ。


「…はい。大丈夫よ。軽い打撲以外は特に怪我はないようね」

「ありがとうフラーロ姉様」


 フラーロ姉様が魔法で出した氷水で足を冷やされた状態でお礼を言う。


「いいのよ。アルシアの方が、ずっと大変なんだから。これくらいはさせて」


 深い青色の瞳を細めて優しい笑顔を浮かべたフラーロ姉様は長女な事もあり、亡くなったお母様に代わって母親的存在だ。


「…ああ。もう来たのね。ふふっ」


 部屋の外から聞こえた複数人の足音にフラーロ姉様は困ったように微笑む。


「「「アルシア姉さん!アルシア!」」」


 扉が勢いよく開かれて飛び込んで来るのは似たような容姿の3人。


「「「大丈夫!?」」」


 お父様がオロオロしてまだ幼い弟と妹がギューッと抱き付く。


「…大丈夫。何時もの事だから」


 それに私は何時ものように返す。


「ああ、良かった!ありがとうルーベルにカルエル!護ってくれたんだな」

「アルシア姉様!ゆっくりしててね!お茶は僕が淹れるから!」

「わたしが作ったお菓子も食べてね!」


 毎回涙ぐむお父様と、気遣ってくれる弟と妹、そんな私達を見守る姉様。


「うん。ありがとう」


 これが何時ものガーラ伯爵家の日常。


 普通に不幸で、幸福な優しい家。


「アルシア姉様!お菓子美味しい?」

「ええ、とても。ピュチアはお菓子作りが上手ね」

「えへへっ!また作るね!」


 祈りの後の恒例の家族のお茶会でピュチアが作ったお菓子が振る舞われ、皆で食べる。


「アルシア姉様!僕の紅茶はどう?ちゃんと教えてもらったんだよ!」

「美味しいよ。おかわりを貰おうかな」

「…!うん!」


 アンクの紅茶と一緒に飲む穏やかな時間にお父様もフラーロ姉様も私も自然に微笑んでいた。




 私の生まれたパンドーメラ王国のガーラ伯爵家は代々リベシルの箱と呼ばれる木箱の守人をしている家だ。


 リベシルの箱の役割は国中のあらゆる不幸を集めて閉じ込める事。災害も魔物の被害も疫病も飢餓も全てがリベシルの箱に封じられている。


 リベシルの箱は1度でも開けてしまえば効力を失い、国中に不幸が降りかかると言われている。


 毎日の祈りを欠かしてしまうと徐々に箱の力が衰えていくらしく守人は1日一回、箱がある地下室に行き、祈る。


 先代の守人はカルエルお兄様。優しい方で、銀髪が綺麗だった。数年前の冬に風邪を拗らせて亡くなった。


 先先代の守人はルーベルお母様だった。お兄様の先代にあたり1番下の弟の出産後に亡くなった。元々体力が衰えてきていて弟の出産は命懸けだったという。


 こんな風に守人になった者は短命が多い。リベシルの箱の影響だと言われているが真意は不明だ。


 私は先代のお兄様が亡くなる直前、いつの間にか地下室のリベシルの箱に触っていた。


『すまない。リベシルの守人にさせてしまって…』


 お兄様が亡くなられた後、お父様に言われたこの言葉で箱に呼ばれて触った者が新たな守人になるのだと知った。


 それからは毎日欠かさず祈りを捧げている。リベシルの箱に触れれば解るからだ。箱が開けば不幸は王国中に止めどなく広がると。


「…アルシアお嬢様。そろそろ家庭教師がいらっしゃる時間です」


 報せに来た侍女の言葉に意識を戻して、少しぼんやりしていた頭を切り換えて立ち上がる。


「すぐに行くわ」


 そう侍女に返した瞬間、頭に影がかかった。


「危ない!!」


 何事かと考えるよりも早く体は動き、その場から飛び退く。


 ─────ガシャーン!!


 さっきまで私が座っていた場所は、何処からか落ちてきた木材で椅子が潰れていた。


「アルシア!大丈夫?怪我はない?ほら、室内に入りましょう」


 顔を真っ青にさせたフラーロ姉様に連れられて室内に入る。


「アルシア姉様…」

「アルシア姉様は僕が守るよ」


 ピュチアとアンクがピッタリとくっついて歩いている。


「あぁ、ルーベル、カルエル、アルシアを護ってくれ…!」


 お父様はお母様とお兄様に祈っていた。


「何故、何故代わってやれないんだ。リベシルの箱の守人は不幸に見舞われる…。息子に続いて娘を失いたくはない……」


 お父様の囁くような声が不幸にも私の耳に届いた。




「遅れてしまい申し訳ありません」


 お茶会の終わりに落ちた木材で怪我をしてないかと姉様に確認され、心配する妹と弟を宥め、部屋に行くまでに不幸にも滑ったり色々と飛んできたりと家庭教師の先生を待たせてしまった事を謝罪する。


「いえ、平気ですよ。さぁ、授業を始めましょうか」


 何時ものように許してくれた先生に再度謝罪とお礼を言って授業が始まった。


「……私の授業が嫌ならばそうと言ってくれれば良いものを」


 先生が呟いた言葉を何時ものように聞こえなかった事にして。


 授業が終わり邸を移動していると声が聞こえてきた。


「またよ!またアルシアお嬢様が怪我をしたって!」

「毎日毎日、飽きないわねぇ。ご家族にそんなに構って欲しいのかしら」

「お兄様のカルエル様が亡くなられてからおかしくなっちゃったのよ…!」


 使用人達の噂話は偶然にも私が近くを通っても気が付かずに話続けている。


「…申し訳ありません。アルシアお嬢様……」


 侍女のミリアが謝った事に、首を振って返す。


「いいのよ。リベシルの箱の影響で心の底から私の事を信じないと、おかしいと思えないのだから」

「ですが…」


 リベシルの箱の力は強力だ。リベシルの箱の効果を信じるか、守人の言葉を信じるかしないとリベシルの箱の影響で起きる不幸を見ても不思議に思えないのだ。


 例えあり得ない軌道で石が飛んできたとしても、私が立った瞬間に突然頑丈なはずの床が壊れたとしても、おかしいなんて思わない。


「私はミリア達が信じてくれればそれでいいの」


 ただ、信じてくれればこの効果はなくなる。今一緒にいるミリアや長年仕える家令、他の侍女や執事数名がガーラ伯爵家の使用人の中でリベシルの箱の効果を信じてくれている者達だ。


「アルシアお嬢様…」


 彼女達がいるかどうかだけで、今の私の心情も全く違っただろう。信じてくれる人がいるから、私も真面目にリベシルの箱に祈れる。


 お母様やお兄様、他の守人の方々のようにいつか死ぬまで、家族の誰かが守人になるのを1秒でも遅らせられるように。


 ・・・この感情も、リベシルの箱の影響なのかもしれないが。


「…?なんだか騒がしいですね?」


 そんな事を考えながら邸を歩いていた私とミリアの耳に、何かただ事ではない雰囲気の声が聞こえた。


「本当ね。…行ってみましょう」


 何が起こっているのか知る為に、急いでその場に向かった。


「……ですから、リベシルの箱の持ち出しは…!」

「うるさいぞ!パンドーメラ王国の皇太子であるこのアルバートに対して伯爵家ごときが異を唱えるなど不敬だ!」


 着いた先はリベシルの箱がある地下室の前だった。王家の紋章が刻まれた鎧を纏う騎士とキラキラした服装の男性が、お父様やお姉様と言い争っていた。


「…リベシルの箱はガーラ伯爵家の家宝です。王家と言えど持ち出すなど、看過できかねます」

「その家宝を伯爵家に与えたのは我等王家だ!元々は王家の物だったのを取り戻すだけ。問題は何もなかろう」

「アルバート皇太子殿下、箱の効果をご存知の上でそう仰っているのですか?」

「当然だ。だがそれがどうした?災いを閉じ込めた箱などただの迷信だ!」


 お父様の言葉にハッキリと返したアルバート皇太子殿下に怒りが湧き、つい叫んだ。


「…迷信等ではありません!お母様もお兄様も、守人の影響で亡くなったのです!それを…!」


 守人になったからこそ、そうだと言い切れる。毎回触る度に知る避けられぬ程の不幸を。誰であろうと、あの恐怖を知って守人の役目を全うしたお母様をお兄様を先代の方々を愚弄する事は許せない。


「アルシア、落ち着け」

「お父様っ!ですが、………はい」


 熱くなった感情のままに叫んでいた私を、お父様の声が落ち着かせた。


「アルバート皇太子殿下、リベシルの箱を持ち出す事について国王陛下に許可を取られたのですか?」

「勿論!書状だってあるぞ!」


 騎士の1人が出した書状は書かれた内容と国王陛下のサインを見て、何とも言えない気持ちになる。


 お父様はこの状況をどうするのか、フラーロお姉様と共に見守る。


「…左様ですか。リベシルの箱を持っていってください」


 お父様はリベシルの箱を持ち出す事を認めた。


 頭がグラグラする。


 たった数分で役目が、何年、何十年と守られてきた事が終わろうとしている。


「ふん!最初からそう言っていれば良いものを…おい!箱を運ぶぞ!!」


 お父様の言葉を聞いて、アルバート皇太子殿下は直ぐ様リベシルの箱の運搬を指示する。


「……ではな。あぁ、来月の私の成人のパーティーに、全員参加するように」


 この言葉を残して、あっという間にアルバート皇太子殿下とリベシルの箱はガーラ伯爵家から去っていった。


 日の光を遮る分厚い雲が、この先に起きる何かを暗示しているように感じた。




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 お読みいただきありがとうございます!


 面白いと思っていただけたのなら幸いです。

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