【KAC 20244】 ささくれは いろいろと痛い

小烏 つむぎ

ささくれは いろいろと痛い


 ピーっともキェっともつかないカン高い音に被さるように、ギャーっというあられもない下僕(美鳥)の声が家中に響いた。


 あぁ、絹を裂く音ってコレなのかと居間のコタツでうとうとしていたハチワレ猫のマロンは、前足に乗せていた頭を少し上げて音のした方向に耳を向けた。


 「あー! もう!

こんなところに! マロン! あんたでしょ」


 下僕が現場で叫んでいるようだ。


 そんなことを言われても、その柱で爪研ぎをしたのはずいぶん前だ。廊下を通る度に「あー、こんなところにささくれなんて作っちゃって!」と言い続けていたのは下僕じゃないかと、マロンはちょっと耳を伏せながら目を閉じた。


 マロンの言い分では、爪研ぎは猫の本能で致し方ない。出来たささくれを今まで放置していた下僕が悪い。そもそも猫にどうしろというのだ。柱のささくれは舐めて直るものではない。


 つまり出来たささくれのその後については下僕の担当なのだ。


 ◇ ◇ ◇


 美鳥は無残にも柱のささくれに引っかかり、かぎ裂きになったシフォンのスカートをそっとつまんだ。


 同窓会に着ていくために昨日買ったばかりのブランド品だ。それなのに。一回の試着でまさかいきなり傷物になるとは。縦長の浴室の鏡で全身のバランスを見ようなんで思わなきゃよかった。


 美鳥は腹立たしいやら、悔しいやらで、柱のささくれを蹴飛ばした。(もちろん、足は痛かった)


 このささくれは先月だったかマロンが作ったものだ。なんとかしなきゃと思いつつそのままになっていた。つまり、放置した私が悪い。悪いのはわかっているが、この場合八つ当たりでもしないとやってられない。

 

 美鳥は大きくため息をつくと、破れたスカートを着替えに部屋へ戻った。


 ◇ ◇ ◇


 ヴ! ヴナギャー!


 なんとも言えないケモノの叫び声に、「こら! マロン! 大人しくしなさい!」という美鳥の声が重なって家中に響いた。


 ヒラヒラのスカートを日頃の楽チンズボンに着替えた美鳥によって取り押さえられたマロンは、その後洗濯ネットに入れられしばらくささくれ制作が出来ないように美鳥の母親によって丁寧にパチン、パチンと爪を切られたのだった。


 ちなみに、例の柱のささくれはその日のうちに美鳥の手によって修復された。なお、使用したのは木工用ボンドである。


 またかぎ裂きの出来たシフォンのスカートがその後タンスから出てきたのを見たものは誰もいない。

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