『八重樫キサラ』(KAC20242:お題【住宅の内見】)

石束

花が瀬村異世界だより2024 その2 (KAC20242)


「……」


 はっきり言って。

 彼女はこれ以上ないほどに、怖気づいていた。

 村はずれ近く。森へと緩やかに下る草地のはじまるところ。水源である泉にも近くて、小川のせせらぎも聞こえる場所に立つ――


「……」


オーパーツ級の違和感すら感じる(ド田舎であろうが異世界であろうが)明らかに場違いな、瀟洒な白い二階屋。

 大きな窓の前にタイル張りのポーチ。ドッグランでもつくれそうな庭。頑丈そうな木のドア。一般家庭と比較するなら確かに大きいが、それでも豪邸というほどではない。ただ、デザインというか雰囲気がものすごい。ル=コルビジェか、フランク・ロイド・ライトにでも頼んだのかってくらいに、大きさでも値段でもなく、『格』の違いを感じる構えになってるのが怖い。


「……」


『いわば家庭訪問。どんな塩梅か様子を見てきてくれればいい』


と長老には言われたが、なんで自分なのか。

 だいたい『家庭訪問』だというなら、適任がいるではないか。

「マサヤス――じゃなくて、坂本先生とか、それに今回の話ならそもそも聡美さんとか、なんなら若者代表で寛兄ぃとかでも、いいんじゃ…」

「いきなり鈴木さんだと、相手が緊張する」

 自分ならいいのか。一面識もないのに。

「正康とか寛治じゃと、千波くんが心配する」

 過保護か!

「だったらいっそのこと、おじいちゃんが」

「若い娘と何を話してよいのか、わからん」

 だから!わたしは!いいのか!


「……ぇちゃん」

 なんで、こんなことに。

「……さら姉ちゃん」

 普通に挨拶して、会話して、いくつか確認して、とはいうが、そんな世間一般のスキルを自分みたいなコミュ障予備軍に求められても困る。はっきりいって、トンネルの向こうの謎の現地人住居遺跡に踏み込んだ時の方が気楽だった。

 ……ああ、あの時、寛治およびその悪友たちと先走って行動して危険な目に合ったにもかかわらず、全然反省していないと横並びに正座させられて説教されたあたりから、なんだか自分もあのバカ四人衆と一緒くたにされているような気がする。

 いや。気がするだけではなく、明らかに長老の扱いが雑になった。

 不本意だ――

「キサラ姉ちゃん!」


 大きくはないが、強い調子の声にはたと我に返る。

 みれば、付き添いの健太がこっちを見上げていた。

 ……いや。正確には白い家に遊びに行きたいといった、健太の付き添いが自分なのだけれど。

「押さないの?」

「お、押すわよ!」

 ええい。押すとも! 押さいでか!


 なけなしのプライドを総動員して、彼女はインターホンのボタンに指を擬す。


 後に、異世界からの来訪者でありながら、古代魔法への深い理解と革新的な研究によって魔法王国史にその名を刻まれる『辺境の魔女』――『八重樫キサラ』の、生まれてはじめての、同世代女子の家への『お宅訪問』であった。



次回 花が瀬村異世界だより2024 その3 『千波まひろ』 につづく

https://kakuyomu.jp/works/16818093073477090405/episodes/16818093073477114032


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『八重樫キサラ』(KAC20242:お題【住宅の内見】) 石束 @ishizuka-yugo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ