KAC20242 新選組の内覧?それはもはや内乱……月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 番外編

@rnaribose

新選組隊士のおうち内覧と恋・あちこちで内乱

[1]


 新選組参謀、伊東の水戸学の講義を聴きながら

藤堂平助は開け放たれた障子の向こう、西本願寺の広い境内をぼんやり眺めていた。


今は講義に集中しなければ……


そう思うが昨日の喧嘩のことが頭をよぎる……


喧嘩の相手は恋仲の女


祇園の芸妓、君尾



思えば……出逢ってから君尾と初めての喧嘩かもしれない


鴨川で抱きしめあった夜からまだ幾日も立っていないというのに……


理由はささいなことだった



衣食住が完全保証されている新選組

それを目当てに入隊を希望する食い詰め浪士も多い。


が、幹部だけに許された別宅……いわゆる休息所


そこに妾を囲っている幹部は少なくない


休息所など自分に分不相応だ……それに伊東先生から急な仕事を頼まれることも多い


でも……


休息所を持ったらそこに来ないか?


いつだったか、君尾と約束したのはちゃんと覚えている


贅沢や見栄を張りたい、そんなことじゃなくて……


ただ……非番の日に君尾とゆっくり過ごしたい


それだけ……



以前、不逞浪士の押し借りの場を救ってから懇意にしている呉服屋がある


俺が手ごろな町屋を探していると知ると


藤堂先生は恩人やさかい……

良かったらどうどすやろ?


ちょうど使っていない別宅を誰かに貸そうと思っていたらしい


実は……これ、そう言って小指を立てる。

島原の芸妓を囲ってたんが嫁はんにばれてしまいましてな



そういった理由もあり格安で……貸してくれると言うのだ。



「猫、一緒に見に行かないか?…… 」

猫、というのは俺が君尾につけたあだ名だ……


「……お稽古で忙しいんやけど。まあ、ちょっとくらいやったら見に行ってもええけど…… 」

そう言って嬉しそうに俺を見つめる。




呉服屋の主が部屋の中を案内してくれる。


玄関、そして六畳と八畳の二間


奥の八畳には小さい床の間もある。


俺は腕を広げて床の間の幅を測る


これなら刀掛けも置けそうだな……



こじんまりして派手さはないが美しい細工の鴨居や明り取りの円形の小窓などずいぶん洒落ている


囲っていたという芸妓のためだったのだろうか


そして坪庭には小さな樹々が品良く枝を広げていた。


悪くないが……


ちらっと猫を伺う


もっと華やかなほうが好みなんじゃないか……どうせなら猫が気に入ったところがいい。


猫は円形の小窓を指さし

「……平助様。 この窓かわいおすなぁ……気に入ったわ 」と甘えるように俺の目を覗き込みながら腕を絡めて窓のほうへと引っ張る。


案内してくれる主がにやにやしながらこちらを見ている。


「気に入ったのなら、ここに決めようか 」気恥ずかしくなりさりげない口調でそう言った。


「せやけど…… 」猫が少し考える


「どうした? 」


厨が無い、と言う猫に「無くても困らないだろう 」


「……平助様のお食事、作れんやない 」


「どうしてもここで何か食べたいなら新選組の賄が食事を届けてくれる。気を使わなくていい 」


そんなことを気にせず猫にもゆっくりしてほしい、いや二人でゆっくり過ごすために借りるのだから食事の面倒などかけたくない。


そう思って何気なく言っただけなのだが、それが猫の気に障ったらしい


「うちは平助様に美味しいもん作ってあげたい、思うてるのにわからん人どすな 」



それがきっかけの小さな言い争いが、しまいには案内してくれた呉服屋の主が止めに入る事態になる。


「そんなに気に入らないなら猫の気に入るよう普請してくれる旦那衆が他にたくさんいるだろう 」


……言ってはいけない一言だった、と反省しても遅い


その後、君尾は祇園までの道中一言も話さず、俺と目も合わそうとしなかった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


伊東先生の講義は続く


俺は小さくため息をついた。


……どうしよう


流れるような弁舌を振るう伊東先生……


そういえば……


ふと思い出す


伊東先生たちと屯所の移転候補地の見学に行ったことがあった


あの時も……確か……


俺はどうも新しい住まいの見学には向いていないな……あの時のことを思い出し苦笑した。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「では……そろそろ時間だね」と伊東先生が読んでいた書物を膝の上に置くと顔を上げた。


「はい……近藤先生を呼んできます。」

今日は移転候補地の見学に行くのだ。俺はすぐ立ち上がった。


西本願寺への屯所移転について再度検討をしてほしい。


伊東先生が談判し、近藤先生に約束させた。

他によい場所があれば再検討をする、と。


土方さんは最後まで渋っていたが

俺と山南さんでいくつか候補地を出すと仕方なしに本日の見学に参加してくれることになった。


「屯所の移転はただの引っ越しとは違う、西(本願寺)への圧も兼ねていることを忘れるな 」

そうしっかり釘をさすことも忘れない。


が、一歩前進だ


俺と山南さんは目を合わせる

山南さんもひとまず、手ごたえを得たとういう満足げな顔に見えた。


近藤先生と土方さんも集まり、伊東先生と山南さん、そして俺の五人で前川家を出る。


「藤堂君、まずは高野屋さんの別宅ということだったね」


「はい…… 」


高野屋は五条で両替商を営む京でも指折りの豪商のひとつだ。


別宅では高野屋の大番頭が待っていて中を案内してくれた。


「この座敷は二百畳以上ございますさかい、お西さんよりゆっくり過ごせるんやおまへんか 」


別宅とはいえ、ゆうに二百人以上は収納可能な広間のあることなどが条件に合っている。

広い前庭には大きく立派な松が存在感を放ち、権威好きな近藤先生の好みに合う。

それなりの敷地の裏庭もあり道場はそちらに移築できそうだ



「なるほど……ここの座敷は日当たりも良い。

隊士達も非番の折にはくつろげるのではないですかな 」

伊東先生が座敷から見える手入れされた庭を見ながら近藤先生に話を振る


そうですなぁ、などと近藤先生も笑顔になる。

「どうかな、歳」


皆の視線が土方さんに集まった。



「……ずいぶん手入れされているようだが」そう言って土方さんが庭の松を目で指す。

「庭に道場を移築しなければならない。あの松が邪魔だ 」


番頭が顔色を変えた。

「待っとくれやす、あの松、切ったりしたら手前どもが主に怒られますさかい 」


「……じゃあ、ここは無しだ。 次へ行こう 」

土方さんは一人、早足で出ていく


「ちょっと待ちたまえ、土方君 」伊東先生が呼ぶが聞こえたのか聞こえないのか長い廊下の角を曲がってしまった。


申し訳ございません……俺は大番頭に頭を下げる。


「さっきの人はなんどす? 返してもらうときはまったく元のまま返してもらうお約束どしたな。

こっちからお断りさせていただきますさかい 」


「……お手間をかけて申し訳ございませんでした 」


山南さんに肩を叩かれる

「まあ、気を落とさずに。 次へ行こう 」


高野屋の別宅は俺が見つけてきた。

なんとか屯所として使わせてもらえないかと何度も足を運んだのだ。


だから……山南さんが気を使うほど、がっかりが顔に出てしまった。



その後、他の用意していた移転候補地を回り、見学をする。


近藤先生や伊東先生がひとことでもほめようものなら、

ろくに見もせず黙っていたはずの土方さんがすかさす難癖をつける。


「町中に遠い、巡察に不便だ 」


「花街に近すぎる、隊士たちが浮つく 」


「天井が高いな、浪士達に襲撃されて斬り合いになったら防ぎきれない 」


「局長用の部屋が他の幹部より立派すぎるのはあれだな、隊士達の反感を買う。 

贅沢は別宅でやってくれ 」



「……土方さん、ちゃんと見てください。 検討する気があるのですか 」

少しだけ非難めいた口調になってしまう。


「真剣に考えているから却下している……藤堂、お前こそ」そう言って俺たちをひと睨みする。

「こんなんで『自分たちはしっかり考えてますよ 』づらをするな 」


それを聞いた伊東先生もさすがに気分を害したのだろう……

薄紫の扇子を出してゆっくり扇ぎだした。


土方さんの暴言が過ぎると思ったのか山南さんが土方さんを窘めようとする。


その山南さんを遮って伊東先生が扇子を上品な仕草で閉じながら

「土方君、今日まで準備や交渉を重ねてきた山南君や藤堂君にあまりにも無礼ではないかな 」


「こうして無理やり連れまわしておいて……

準備した割にはこちらの質問にもまともな答えが無い。

そっちのほうが無礼だと思いますが? 伊東……先生 」


「と、歳……土方君! いい加減にしないか。

伊東先生、次は黒谷の金戒光明寺でしたな。

今からが大本命じゃないか、土方君。 さあ、伊東先生……参りましょう。 」


近藤先生が伊東先生の背中を押すように歩き出す。

山南さんも土方さんを見て苦笑を浮かべながら背を向けた。



「……土方さん、行きましょう 」


先を歩く三人をむっつりと面白くなさそうに睨む土方さんに声をかけて俺も伊東先生たちの後を追った。



[2]


黒谷の金戒光明寺


知恩院と並ぶ幕府の京での軍事拠点


いざ京で事が起こった時、軍隊を配備できる寺院であって城構えの要塞なのだ


今は京都守護職会津中将様が千人以上の藩兵を引き連れて駐屯している。

ただ心労のためか中将様は病いがちで気がふさがれていることも多いらしい。

それでも帝の信任が厚いため近頃は御所近くの凝華洞に起居されている。

昨年の蛤門の戦闘の際もそこから出動された。



俺たちを待っていてくれたらしい住職に挨拶を済ませて早速案内してもらうことにする。


何人かの会津藩兵と行きかい、お互い軽く目礼をして通り過ぎた



俺は用意した資料を見ながら「上は会津様が使われていますが……下のほうの宿坊がまだかなり余裕があるんですよ」

土方さんに声をかける。


「……そうか」


「こちらへどうぞ」住職に声を掛けられ宿坊を見て回る


近藤先生は「公用方の外島様には二日に一度は面会せねばならん、ここなら便利だ 」


「西本願寺と違ってこちらでは歓迎してくれています。 会津様と交代で軍事調練場も使わせてもらえそうなのです。」

俺は近藤先生に資料を見せて説明をした。

「時には合同調練ということも…… 」


「そうか。山南君、藤堂君、ご苦労だった。……歳、土方君。もうここに…… 」


「…… 」


土方さんはふらっとその場を離れる


「私が呼び戻してきます 」


土方さんはすぐ見つかった

「土方さん!待ってください 」


急な坂道を上がっていく土方さんを追う


ここは……


坂道の先には京で亡くなった会津藩士の墓所があると住職が説明していた



「…… 」


「……平助 」


「はい…… 」


土方さんは逡巡するように目を伏せていたが「……近藤さんはここが気に入ったようだ 」


……土方さんが寂しげに見えるのは気のせいか


「土方さんもどうか前向きに……ここは新選組には良い環境だと思います。 」


高台の墓所に出た。


二人で京の町を見下ろす


「京にこんなに長居するとは思わなかったな…… 」


「そうですね…… 」


家茂公の警護が終われば江戸に帰るものだと思っていた……


京で皆、新しい人生を生きていくのだ


そんな気持ちで眼下の景色を黙って見ていると土方さんが「おい、あれ…… 」と目で指し示す


……?


そちらを見るとひとりの男が墓地を囲む茂みで向こうを向いてかがんでいる。

何かを探しているようだ


刀を差しているしここに来ているなら会津の御家中のかただろう。


土方さんもさすがに礼儀をわきまえて「失礼ですが……なにかお探しで? 」


男は顔を上げずに答える

「ええ……ずっと探してっが……見づからなくて 」


「あの……私もお手伝いしましょう。何をお探しですか 」俺は声をかけた


「それはありがたい 」男が立ちあがってこちらを振り返った


「見でのとおり目が見えんので難儀しとります…… 」



土方さんが固まる


俺も半歩、身を引いた



目が見えない……それは嘘ではないのだろう


その男には首から上が無かったのだから


「どれだけ探しても首が見づからんのです…… 」

悲しげな声で首無し男がふらふらとこちらへ歩いてくる


斬りますか?……俺は土方さんに目で問う



土方さんは黙ってあたりを見回して「探している物ならあそこに…… 」


土方さんが指さしたところにはちょうど頭くらいの大きさの石が転がっている。


「……おお、こんなとこに 」嬉しそうに頭……石を抱きかかえると何度も頭を下げる。


いや、首から上が無いのだが……きっとそうしているのだとわかった


「礼には及びませんよ ……よかったらこれを……痛い時に効く薬だが 」

土方さんが懐から石田散薬を出しかけた


首無し男は「それは……遠慮さしときます 」


そう言って消えてしまった


「は?……人が親切に言ってやってんのに 」


土方さんが出しかけた石田散薬の袋を腹立たし気に俺に投げつけた


……土方さん、そこじゃないと思います


それを口に出すとそこらじゅうの石を投げつけてきそうな気がして黙って薬の袋を拾った。



「……平助、戻るぞ 」




みんなのところに戻ると近藤先生が少し怒っている。

「どこに行っていた?……ここに決めようと思…… 」


「勝っちゃん、ここはだめだ!」


勝っちゃん?と伊東先生が怪訝な目を向ける


「平助……藤堂君、君の意見も聞こう 」

土方さんが俺に話を振ってきた


「……あの…… 」


「どうしたんだね?藤堂君 」山南さんが心配そうに俺と土方さんを見比べる


「……ここはよしたほうがいいと思います。 

残念ですが隊士の中には会津様の御家中に失礼な態度を取るような不埒な者もいると思いますので…… 」


いまさら、なにを?と伊東先生も近藤先生も俺を責めるような目で見てくる


「西本願寺に決まりだ…… 」土方さんが勝ち誇った顔をする


ずるいにもほどがある……



※※※※※※※※※※


その後、屯所移転先は西本願寺と正式に発表があり、

同時に局中法度の他に新たに制定された軍中法度の条項に『みだりに幽霊や妖について噂することを禁ずる 』という条文がしっかり入っていた



伊東先生の講義が終わり、非番だった俺は屯所の西本願寺を出た


……本当にあれはなんだったんだろう



いや……今はもうそんなことはいい


考えないといけないのは……



祇園の一力まで来ると君尾を呼び出す。


昨日の喧嘩のせいで、出てこないかもしれないな、そう思ったが君尾はすぐに顔を見せた


「……なんの用どすやろ? 」


「昨日の家……断っておく。 それを言いに来ただけだから…… 」


君尾の腕が伸び、そっと俺の首に回された


「……昨日のこと、あさってくらいに許してあげよう思うてたけど…… 」


「…… 」


「あそこ断ったら一生許さへんから……平助様と一緒やったらどこでもええの 」



わかったことがある……

俺は多分、少し……君尾贔屓の旦那衆に嫉妬していた


俺はそういうかわりに君尾を抱きしめた


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