住宅の内見にて

@AKIRA54

第1話 住宅の内見にて

住宅の内見にて


「先日、ある注文住宅のデベロッパー主催の内見会に行ったんだよ……」

と、Y君が言った。

「ああ、新聞の折り込みにあった奴だね?郊外に、新たな住宅街を造成しているんだろう?」

「ああ、最近、地震が多いからね……。津波対策で、高台に造成地ができているんだ!その最初の建物が完成して、内見をした、ってことなんだよ!」

「それで?何か変わったことがあったのかい?君が僕に話したくなるような……?」

Y君という男は、我々の仲間では『センミツ』と呼ばれている。早い話が、法螺吹きだ。ただし、時々、面白い話を聴かしてくれる。それがフィクションなのか、ノンフィクションなのかは、我々が判断するしかないのだが……。

「ああ、ビックリすることが、ね……」

「ほほう、面白そうだね?何があったんだい?」

「あの高台は、元々、個人の持ち山だったんだ!」

「ああ、何とか男爵の持ち山だったんだってね?」

「そう、戦後の斜陽族のひとりだよ。高台に屋敷があったんだが、古い洋館だったので、壊して、周りの土地を削って、団地に造り変えたんだ。地鎮祭をしていたら、小さな祠があった。たぶん、男爵家の家内に祀られていたものだろうが、祠の中にあった、木札が腐っていて、何の神様を祀っていたのかわからない。仕方なく、祠は壊してしまったんだよ……」

「なるほど、話が見えてきた……。その祠の神様が祟るんだね……?」

「おい、おい、名探偵君!先走らないでくれよ!ただの祟りじゃないんだ!祟りっていうのか?僕には確定できないんだよ!」

「何か異変があった?しかし、それが祟りかどうかは、わからないってことだね?」

「そう、それを君に判定して欲しいんだ!話を続けるよ……」

Y君がその高台の住宅の内見での出来事を語り始める。

その家屋は、八十坪ほどの土地に建てられた、二階建てのモダンな建物だった。コンクリートと木造をうまく調和させた造りで、ダイニングキッチンが一階部分の半分を占めている。一階部分の一部は吹き抜けになっていて、階段を登った先には、二階の部屋をそれぞれ、繋ぐような廊下が、中庭を見下ろすように通っていた。

その廊下を三十過ぎくらいの女性が歩いていた。内見会に来ていたひとりだろうか?なかなかの美人だった。Y君は、その女性を見つめながら、階段を登って行く。女性は、ゆっくりと、中庭を眺めながら、二階の一室に入って行った。その部屋は、夫婦の寝室だった。

Y君も夫婦の寝室に興味がわき、女性のあとに続く。ドアを開ける。そこには、誰もいなかった……。

「その部屋は、二階の端で、隣の部屋に続く扉などない!窓はあるが、その時は、カーテンがかかっていたし、中から二重ロックがかかっていた。クローゼットも、ベッドの下も探したけど、女性の姿はなかったんだ!ほんの、一分以内のことだよ!大の大人が消え失せたんだ……」

「ハハハ、そいつは、面白い!だが、答えはひとつ!秘密の抜け穴があるのさ!」

「それは僕も考えたさ……。そして、内見会の担当者に確認したし、壁や床を調べたよ!担当者からは、不審者を見るような視線を向けられたけどね……」

「その担当者は、女性を見ていたのかい?内見会に来て、そのまま、居なくなったら、担当者もそっちを不審者と思うだろう?」

「それが……、担当者が言うには、受付で、該当するような女性はいなかった、と言うんだ!一応、受付で氏名を書くようになっていたからね……」

「ハハハ!その担当者がグルってことさ!一種のパフォーマンス。余興のようなものだよ!『ドッキリ』かな……?」

「そんな『ドッキリ』をして、何になるんだ?ドッキリなら、タネ明かしがあるはずだろう?そうしないと、変な噂が広がって、宅地が売れなくなるよ!」

「逆に評判になる……、コマーシャル効果を狙った……か?君は、その女性が幽霊だ!とでも思っているのか?」

「そうさ!それで、調べたんだよ!」

「何を?」

「元男爵の家族のことさ!幽霊だとしたら、男爵家に関わりのある幽霊だろうから、ね……」

「まあ、あの土地に関わりがあるのは、男爵家だろうねぇ……」

「居たんだよ!男爵の後妻で、親子ほど歳の離れた女性が……」

「ほほう、その女性が幽霊になって現れるような境遇だったのかい?」

「ああ、失踪、というか、行方不明だ!ただし、男爵の言うには、若い使用人の男と不倫をして、駆け落ちした……というんだがね……。年齢的には、二十代後半だったらしいし、もちろん、美人だったそうだよ!だから、僕が見た女性と一致するんだよ……」

「まあ、君がそう思うなら、そうしとけよ!ドッキリだろうが、幽霊だろうが、君ひとりしか目撃者がいないんだから、ね……」


「おい、名探偵『荒俣堂二郎』って男の友達のYに、幽霊騒ぎを見せたら、ヒロコの死体を見つけてくれるはずじゃあなかったのか……?」

「あの高台の祠の下に、男爵が毒殺した、ヒロコって若い後妻の死体が埋まっていて、せっかく、我々の住処にぴったりの場所を見つけたのに、邪魔なんだよねぇ!やっと、ヒロコの幽霊に化けることができたと思ったら、祠を埋められたし、邪魔な死体もそのままだし……」

「あの祠自体が、死体を埋めた跡をごまかすための、神様なんて祀られていない祠だよ!もう、人間に頼るのはやめよう!」

「上手い、作戦だと思ったけど、ねぇ……!Yの奴を選んだのが、間違いだったんだ!『センミツ』っていうから、有名人かと思ったら、法螺吹きのことだったんだって、さ……。ここは、諦めて、もう少し、高台にいい場所を探そうよ……」

二匹の歳を重ねて、妖力を身につけた穴熊(=狢)の夫婦がため息混じりの会話をしていた。

「ハックション!」

と、夜道を歩いているYが、大きなくしゃみをする。

「誰か、俺の噂をしているな……」


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