その部屋は訳ありでした?

楠秋生

内見の見学

 若い夫婦がマンションの内見に来ていた。アタシも不動産屋の後ろについて立ち会う。初々しさを残した二人の様子から察するに、まだまだ新婚さんのようだ。


「わぁ~。ホントに景色がいいね~。海が綺麗!」


 まず最初にリビングに案内された二人は、大きな掃き出し窓から見える眺望に感嘆の声をあげた。


 うん、そうだろう、そうだろう。丘の上に立つこのマンションの売りは、この景色の良さだ。二階からでも十分眺めがいい。その七階なのだから、なおさらだ。

 アタシも一緒に窓際に立った。今日は晴天で空気も澄んでいるので、ことさら海の色が青く明るく輝いて見える。


「窓が大きいから明るいとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったよ」


ご主人がぐるりとリビングを見回して、満悦の笑みを浮かべる。


「キッチンも使い勝手良さそう」


 奥さんはキッチンへまわってあれこれ見分している。戸棚を開けて中をのぞきこんだり、コンセントの位置を確認してぶつぶつ何か呟いている。そっと近づいてみると「ここにアレを置いて、こっちには……」と、もう頭の中で物の置き場所を考えているようだ。

 中々しっかりした奥さんだね。アタシは一人頷いてそろりとそこを離れた。不動産屋とご主人は洗面所の方にいるようなので、そちらへ行ってみる。


「風呂が広いのっていいですよね。図面でも広いと思ってたけど、これはいいなぁ」


 いい感触だ。それにしてもこの不動産屋の青年は、イマイチ仕事熱心ではないようだ。この風呂場のいいところをなぜもっと勧めないのか。アタシはその背中を突っつきたくなるのを何とかこらえた。内見に立ち会うのは初めてだから、口出しせずおとなしく見守ると決めてきたのだ。


「トイレと他の部屋も見たけど、やっぱりここ、すごくいいよ」


 奥さんもかなり乗り気のようだ。これは入居確定かな。アタシは不動産屋の影でにんまりと笑った。


「でもよかったです。まだこの部屋が空いてて。707号室って、なんだか縁起が良さそうですもんね。二年前に結婚する時に広告で見てたんですけど、子どもができるまで贅沢だよねって、彼の部屋に私の荷物を入れただけだったんです」

「では、お子さんができたんですか?」


 青年が無遠慮に奥さんのお腹を見る。まだ若いとはいえ、もう少し配慮ってものを持ってほしい。アタシは思わず叱りつけそうになった。

 

「はい。まだ目立たないけど、もう六か月なんです」


 奥さんは青年の様子など全く気にもとめずにこやかに答えた。

 まあ、相手が不快に思わなかったから良かったものの、こんなのがこのマンションの担当だなんてこれから先のことを考えると、会社の方に文句でも言いたいところだ。


「でも、この部屋って築年数が経っているとはいえ、相場と比べてかなり安いですよね? 駅までは少しあるけどバス停が目の前だし、スーパーもコンビニも学校も近いし。こんな好条件なのに二年も空いてるなんて、何か理由があるんですか?」


 ご主人の言葉に奥さんも「そうそう、それが気になってたのよね」と興味津々の視線を寄せた。


「二年間ずっと空いてたわけじゃないんですよ。実はこの間に三家族住まれたことがあるんですが、みんな三か月ほどで退去されたんです」

「何か理由があるんですか?」

「それが特に何もないみたいなんですけど……」


 言葉を濁す様子に奥さんが敏感に何かを感じとったようで、探りを入れてくる。


「けど、ホントは何かあるのね?」

「みなさん、何があった、とはおっしゃらないんです。ただ、三回も意味もなくそそくさと退去されたことを考えると……」

「もう! じれったいわね。あなた、何か思い当たることがあるんじゃないの?」


 パシッと言われて青年が背筋をしゃんと伸ばす。


「2年前にマンション建設当時から住んでいらしたご夫婦が亡くなられて空き家になったんですけど、その最初の内見の日にですね。私がお客様をご案内したら、ここでおばあさんが亡くなられているのを発見したんです」


 ちょ、ちょっとこの青年は一体何を言いだすのさ。せっかく二人の気持ちがほぼ固まってきてるっていうのに。部屋のいいところの説明をちゃんとしないで、余計なこと言うんじゃないよ。

 思わず口をはさみそうになって慌てて口をつぐむ。ここでアタシが声をあげるのは得策じゃない。彼にも何か考えがあるのかもしれない。


「え⁉」


 ぎょっとした二人が思わず手をとりあい、それからふと思いついたように奥さんが口に出した。


「内見の日ってことは空き家ですよね? そのおばあさん、どうやってこの部屋に入ったんですか?」

「このマンションのオーナーのおばあさんでね、実際の管理は管理会社に任せていたんですけど、いろいろ面倒をみてくれいていたんです。多分その日も内見前にチェックをしようとされていたのかと」


 そんな話を聞いて、住みたいと思う人はいないだろうに、何を考えているんだかこの青年は。


「じゃあ亡くなられていたっていうのは……」

「脳梗塞で倒れたようです」


 そう。事故物件じゃないんだから、告知義務なんてないんだよ。言わなくてもいいことをなんで言うのかアタシには全く理解できない。


「なので、恨みをのこしてとかいうのは考えられないんですよ。そんなタイプの方でもなかったですし。だからその後の三軒の方の引越し理由がわからなくてですね。ただこのまま借り手がつかないよりは、少し安くしてでもと現オーナーが値下げされたんです」

「ここで亡くなってるのを発見したっていうから驚いちゃったけど、殺人とか自殺とかじゃないなら、問題ないよね?」


 奥さんが隣のご主人を見上げる。

 う~ん。しっかりしてるだけじゃなく、中々肝の据わった奥さんだねぇ。


「俺はそんなのあんまり気にしないよ。お前がいいならいいんじゃないか? 安いに越したことはないし、こんな好物件は他にないよな」


 ほう。きちんと知らせた方がまとまることもあるのか。なるほど感心感心。口出ししなくてよかった。

 無事に内見が終わり、契約もほぼ確定状態でにこやかな夫婦が玄関を出た後で問題が起こった。


「あの、先に駐車場に戻っててもらえますか? 窓の鍵を確認してから行きますので」


 青年は二人を送り出すと後ろ手に玄関ドアを閉めると、アタシの顔をにらみつけた。


「おばあちゃん! このままここで待っててくださいよ! 話がありますから。とりあえずお客様と会社に戻りますけど、もう一回来ますから。絶対にいてくださいよ!」


 そう言い残すと青年はバタンとドアを閉め、鍵を閉めた。そしてタッタッタッと廊下を駆けていくいく足音が遠ざかっていく。

 驚いたのなんのって、心臓がきゅ~っと縮こまった気がして、アタシはへたへたとその場に座り込んだ。

 なんていったって青年の目は、まるで見えているかのように確実にアタシを見据えていたのだから。

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その部屋は訳ありでした? 楠秋生 @yunikon

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