そっちじゃない

淡島かりす

ある日の受付

 部屋の内見で何処に注目するかは人それぞれである。日当たり、間取り、築年数、セキュリティ。挙げていったらキリがない。この世界の部屋が全て同じ間取りになったとしても、日当たりや階数の問題はあるから、結局内見は無くならないだろう。

「失敗したんよ」

 バイト仲間が煙草を咥えながら言った。背にした受付の小さな窓の外を、小太りの中年男とスタイルの良い女性が通り過ぎていく。休憩90分、2500円。このあたりでは破格の値段だが、部屋の中身は察してしかるべきである。

「何が?」

 監視モニタから目を離して私がそう尋ねると、相手は「部屋の内見」と答えた。そういえば先月まで物件サイトを見ていたなと思い出す。

「内見に失敗するってどういうことだよ」

「いい部屋だと思ったら、違ったんだよ」

「あぁ、昼間と夜で違ったりするしね」

「そう」

 相手は煙ごと何度も揺れた。私は自分の煙草を探してジャージのポケットに手を入れたが、ライターしか掴めなかった。買いに行くにも深夜二時に外をうろつくには、このあたりは物騒すぎる。多分警察に呼び止められる。

「夜のこと考えてなくて。引っ越してから気づいたんだけど」

「何があったの?」

「窓があって」

 窓。思わず理解出来ずに固まる。窓がない部屋なんてなかなかの特殊物件ではないか。

「昼間行ったから気づかなくてさー」

「いや、気付くだろ。何、窓がない部屋がいいの?」

「ちがーう」

 物分りの悪い人間に対する態度の悪さで、相手は否定した。

「窓にカーテンなくて」

「はぁ?」

 そりゃないだろ。大体それは内見とか関係なくて、お前の経済力の問題だろ。バイト代を全額スロットに入れるからそうなるんだぞ。そう思いながら相手の煙草を一本勝手に拝借した。返すつもりなどないが。

「前の家は窓なかったの?」

「あったけど、隣の建物が近くて窓から明かり入らなかったから、カーテンのこと気にしてなくて。マジ失敗」

「カーテンは買ったの?」

「毛布をカーテン代わりにしてる」

「なるほど」

「おかげで夜寒い」

「一枚しかない毛布を使うなよ」

 失敗したわー、と全ての過ちを内見だけに押し付けようとしているが、絶対無理がある。内見側も困惑するだろう。それは失敗とは言わない。

「タオルにしたら?」

「タオル?」

「枚数あるしさ。重ねりゃどうにかなるんじゃない?」

「あー、なるほど! 頭いいな!」

 全く嬉しくない褒め言葉に苦笑いで返した。

 翌日、そいつは「タオルだけだと身体はみだすわー」と言いながらバイト先に現れた。

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そっちじゃない 淡島かりす @karisu_A

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