二重拘束~ダブル・バインド~

大黒天半太

はなさないで

 ずっと、人間関係では苦労して来た。


 小さな自意識が芽生えた頃から、身近な両親や祖父母、兄姉達とも意思の疎通がスムーズに行かない。


 誤解から遠巻きにされることなどしょっちゅうで、仲違いをしたわけでもないのに、友人・知人と縁が切れてしまうことも多々あった。


 原因が思い当たらないと誰かに相談しても、

「貴方が気が付いてないだけで、何かあるでしょう? もっと考えてみなさい!」

 と返される。


 漠然と、自分に落ち度があって、それに気付いてないだけなのだと、思って来た。

 いや、周囲の態度・圧力・空気から、そう思わされて来た。


 全ては、鈍感で欠陥だらけの、今の自分のせいだと。


 初めて、里美と出会った時、何か自分と似た気配を感じた。

 根拠の全く無い、単なる勘。

 ただ、理由も分からず困惑している里美の顔に、これ以上無い親近感を覚えた。

 これは、いつもの私自身の表情だ。


 我ながら唐突だなと思いながら、里美に声を掛ける。

「何か、困り事でもあるの?」

 迷っているのは、わかる。

 困ってはいるが、初対面の、しかも異性に、話してもいいものか? 話すとしても、どこまで話してよいものか?

 結局、思ったより時間を取って、一部始終を聞き、誰との間に誤解が生じてしまったのかを理解し、余計なお世話と思われるのも覚悟の上で、相手との仲を取りなした。

 客観的に聞き、客観的に話すことで、私は自分への誤解は解けないが、他人のことは努力すれば解決できることが、判明した。


 里美にとっては、一歩前進で、私にとっては、大いなる躍進だ。


 その日から里美とは友人になり、いつしか恋人未満というところまで、関係を構築できた。

 誤解と孤立の繰り返ししか経験して来なかった私には、大々躍進だ。


 だが、言うまでもなく、こういう経験しかしてきていない私のような人間には、最後の一歩は無限の距離に感じられる。


 せっかくここまで仲良くなれたのに、最後の一歩の踏み出し方を間違えたら、全てを失ってしまうのだから。私にとってのリスクは、他の人の想像を絶するだろう。


 その不安と焦燥で爆発しそうな私の気配は、里美にも伝わったのだろう。


 里美は文字通り、手を差しのべてくれた。


「手を繋いで。そして、これからもずっと、私のこと、離さないでいてくれる?」

「離さないさ。知ってるだろうけど、やっと手に入れたものを他人に譲るほど、お人好しじゃないんだ。むしろ、欲深だね」


 里美の手を握って、私はやっと笑えた。


「約束してくれる?」

「何なりと」

「一つ目は、私から伸ばした手だけど、決して『離さないで』ね」

「わかった。約束する」

「二つ目は、突然のことだったから、心の準備も何も出来てないから、このことは良いって言うまで、誰にも『話さないで』ね」

「わかった。里美が落ち着くまで、誰にも言わないよ」


 里美の二つの『はなさないで』の約束を、私は受け入れた。


 当然だろう『離したくない』のはこっちの方だし、誰にどう『話した』ら信じてもらえるのかも、今の私にはわからない。


 何しろ、生まれて初めてのことばかり、なんだから。





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二重拘束~ダブル・バインド~ 大黒天半太 @count_otacken

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