贖罪のために謳うこと

秋坂ゆえ

献身

 本当に、そんなつもりはなかったのです。わたくしはあの方に質の良い睡眠を、栄養ある食事を、適度と定義される運動を、つまりは健康を、維持して欲しかっただけなのです。

 あの方には、なにかたんぽぽの綿毛のような名状しがたい雰囲気、或いはオーラと呼んでもいいのかもしれませんが、とにかくそういったやわらかく光るものがあり、わたくしはそれに魅了され、この命尽きるまであの方にその淡い光を発し続けて欲しい、そう考えただけなのです。



 ですから今も、わたくしの見えない所で、たとえあの方がわたくしを憎んでらっしゃっていようとも、わたくしはあの方に奉仕した年月、いえ、時間などという単位ではなく、質の問題、熱量、そして結果を、断じて後悔しておりません。

「傲慢」と、周囲の人々から吐かれたこともございます。

 あたかもあの方の健康はわたくしあってのものですとか、そういった類の言葉を吹聴したり、或いはそれに準ずる態度をとっている、と。

 滅相もないことでございます。そもそもあの方が先にあのやわらかな光を発してらしたのです。わたくしはそれを受けてあの方の健康を願い行動に移したにすぎません。


 

 自分自身の現状に対し、正直に申し上げますと、わたくしは大変に強烈な不満を抱いております。あの方から引き離され、このような独房めいた部屋に閉じ込められ、他のどの人間にも会えず、ひたすらに死を待つ時間を過ごすことを強いられている、これではわたくしに非があるようにしか見えず、忸怩たる思いです。

 わたくしは、わたくしはただ、あの方が可能な限り淡い光を発せるよう願い、そのために尽力しただけなのです。

 あの方の優しさ、寛大さ、といった長所も、視力が悪いのに眼鏡を嫌うこと、目的のためには手段を選ばないまるで無垢な少年性、といった短所も、わたくしはすべて把握しております。

 そして結果的にあの方が求めたものを手に入れる過程で、その行為が法に抵触した事実も、充分に理解しております。



 あの方はおそらく今、裁判所と呼ばれる糾弾の嵐、ないし刑務所という名の呼吸困難な場所におられると存じます。

 それでもわたくしは、繰り返しになりますが、後悔しておりません。

 わたくしにぺたりと貼られたラベルには、

『犯罪者に加担していた』

 と印字されていることは想像に難くなく、なのに何故今、わたくしがあの方のそばに置いていただけないのか、裁判所だろうが刑務所だろうが地獄だろうが、あの方と共にいられないことに納得がいきません。それこそ理解できないのはただこの一点だけなのです。



——それでも、あの方は、今この瞬間わたくしの瞳に映らずとも、わたくしの記憶の中であの光を発してらっしゃいます。おそらくそれだけで、わたくしは果報者なのでしょう。

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