インタビュー・ウィズ・不動産営業

遠藤

第1話

「こちらにお座りください」


そう促され席に着いた男性の目は虚ろだった。

インタビュアーは極力刺激しないよう、静かな声で促した。


「それでは、あなたが見てきたものを教えていただけますでしょうか?」


一点を見つめ黙っていた男性はやがて覚悟したようにゆっくりとだが、はっきりとした口調で語り始めた。


「その日いつも通り仕事に従事していると、道路に出していた看板を見たカップルが入店しました。カップルの入店理由を尋ねると看板の2LDKに興味があるとのことでした。しかし、看板の情報は掲載しっぱなし物件も多く、その2LDKも既に終わっている物件でした」


「私は、カップルに希望条件を教えていただければ探してみますが?と決して強くない営業スタイルで接しました。するとカップルは私を信頼してくれて、お願いしますと言ってくれました。それから条件に合いそうな物件を他の不動産屋に問い合わせをして、図面を取り寄せることができました。そして、その中からこれは間違いない!という1件が見つかりました」


男性の目に正気が戻り表情も豊かになっていた。


「営業経験と言いましょうか、勘と言いましょうか、長い事この業界に居ると見えてくるんです。もちろん、図面は凄くいいのに、実際見に行ってボロボロというのも何度も経験しました。でもカップルに見せたこの図面の物件から漂い出るオーラというものは私に間違いないと強く主張してくれていたのです」


「さっそく私はカップルに内見しましょうと言いました。カップルも凄い乗り気で笑顔が溢れていました。私は、この1件の内見で成約できそうだと思いラッキーだと内心喜びました。みんな物件探しとなると2件3件見る事が多いので、正直疲れちゃうんですよ。繁忙期だと一日3組とかザラですからね。それが会社から近くて1件だけの内見だけで成約できれば営業マンとしては嬉しい限りですよ。まあ、余談ですが営業マンの中にはお客だけ他の不動産屋に行かせて鍵を借りてもらって、お客一人で内見してもらい、戻ってきたら申し込みをさせるという荒業をする者もいたもんですよ」


男性の口調が営業マンらしく軽やかになっていく。


「話がそれましたが、それで私はカップルをその物件にご案内したんです。他社物件なのでもちろん初めてのご案内でした。外観から小綺麗な感じで、室内も想像していたよりいい感じでした」


「私は確信しましたよ。これは決まるって。もう饒舌になりましたね。システムキッチンも最高ですね。トイレもウォッシュレット。お風呂もとても綺麗ですよって。いつもより褒めて褒めて褒めまくりでしたね」


「見て下さい!日当たりも最高ですよ!ってベランダに出た時です・・・」


男性の表情が陰る。


「一瞬(え?)ってなりましたよ。隣の部屋はお店なのかな?って」


「幟が数本隣のベランダに縛り付けられていたんです。風になびく幟。そこに・・・その幟に書いてあったのが、(隣の住人は狂ってる!)って。そんな幟売ってます?こっちの部屋ではなく向こうの部屋だと思うのですが、そう書かれていたのです」


男性の感情が爆発し興奮状態となった。


「初めてですよ!そんなこと。信じられます?建物の外観は完璧。室内も完璧。誰だってこれは決まった!って思うじゃないですか。なのに、なのに素晴らしい日当たりを確認しようとベランダに出たら、どでかい爆弾を落とされたんですよ!ふざけるなって叫びたい!狂ってるのはテメーだって何度も心の中で怒鳴りましたよ。カップルのあの表情。わかります?すだれが垂れていくその様。可哀そうに。もちろん決まりませんでした。私も悔しかったですが、一番残念だったのはあのカップルですよ。まあ、住んでから隣が狂ってたってなるよりはましかもしれませんが。カップルには何も言えず、会社にも一緒に戻れず、現地解散」



「あとで、この物件を募集している不動産屋に嘆きの電話しましたが、どうにもなりませんでした。分譲だったんですよ。一部屋だけ大家から依頼されて募集していたんですよ。隣は関係ないんです。もちろん、大家に言って管理会社もしくは管理組合に言ってくれると言いましたが、基本狂った区分所有者をすぐに排除することなんかできませんからね。もう本当に会社への帰り道泣きそうでしたよ。色々な感情が私の中をかけめぐったものです。本当は大家も不動産屋も知っていたんだろうって。知ってて何も言わなかったんじゃないかって。最後までしらを切ってました。後からそんなわけない、募集する前に下見をするはずだって思ってきたら腹立って。だから大家も賃貸に出したんだろうって。でも不動産業者間ではあまり揉めたくはないんです。逆の立場になることもありますからね。叩けば埃が出るものどうしですし。だから我慢するしかない。でも悔しい。だからこういった出来事を誰かに話したくてしかたがなくなるんです」


男性はそこまで話すとまた虚ろな表情に戻った。


インタビュアーは男性の思いの丈を抱きしめ最後の締めの言葉を述べた。


「貴重なお話ありがとうございました。大変でしたね。楽して儲けられると思ったのに残念でした。ところで、そもそも仲介手数料が家賃の1か月分ってどういうことですかね?5万円の部屋と100万円の部屋の違いって何ですか?何か作業が増えるのですか?それともタキシードでも着て接客するのですか?ふざけてますね。本気でこの人ならこの金額の仲介手数料払う価値があるって思ってもらえる営業マンってどれくらいいるのでしょうか?」



インタビュアーの心の叫びは止まらない。


「あなたの業界は金の亡者で溢れている。なんでも自分の収入にしようと必死だ。礼金って何?誰のために払ってるの?消毒費用って何?消火器?押し売り?鍵交換費用何で負担しなきゃいけないの?こちらで業者も鍵の種類も選べないのに。更新料まだ払わなきゃいけないの?家財保険も選べるわけじゃないし。保証会社は誰のために必要なんだ?貸主か?借主か?不動産会社か?貸主が金の亡者なのか?違う!人の褌で金儲けしようとしているあんたら業界が悪化させてるんだ。キックバック祭りの政治家と一緒だ。どこにいった?必死で部屋探しを手伝っていたあんたはどこに行った?金のことなんて忘れて、簡単に部屋を借りられない弱者に本気で寄り添っていたあんたはどこにいった?お風呂無しの部屋を探さなきゃいけない人に寄り添っていたあんたはどこにいった?金を儲けるのは悪いわけではない。楽をしようとするな!近道をするな!手を抜くんじゃない。本気で向き合った分だけ頂けるんだ。本気の人からはお客は離れて行かない。何度も戻ってきてくれる。さらに知り合いも紹介してくれる。そこまで行けて初めて営業マンと言える。本物の営業マンだと胸を張れるんだ。今ならまだ間に合う。初心に帰れ!腐ってしまった自分を業界を小さくも変えていくんだ。おかしいと感じるものをそのままにするな。声を上げろ。時に波風を立ててやれ。気づいたものから、動けたものから世界が変わっていく」


男性は何も言い返せず突然の事で圧倒されるだけだった。


インタビュアーはこれで本当の最後ですと微笑みをたたえ優しく言った。


「アドバイス料100万円です」


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インタビュー・ウィズ・不動産営業 遠藤 @endoTomorrow

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