第5話
バルアンは考えた。風の徒が近くの人里を掌握し、支配し、人族を家畜化する計画を。
前人未到の大偉業ではあるからこそ、一歩間違えばこの土地、この新しいダンジョンはすぐに人族によって討伐される未来を迎えてしまうだろう。だから慎重に、かつ早急に行動しなければならなかった。
ティアはああいう性格なのだから、自分がしっかりしなければ、とバルアンは気合を入れる。
そこにティアが大きな荷物を抱えて帰ってきた。
「というわけで、ご近所さんに挨拶してきた!」
バルアンは頭を抱えてうずくまり、少年期にティアが人族に捕まったのではないかと助けに行こうとしたら自力で両手いっぱいのお菓子を抱えて帰ってきたのを思い出していた。
「しかも色々貰って来た!」
ティアはそう言いながら、人里に居りていった時の話をしつつ、人族からの“贈り物”を、新築ダンジョンの地上階、そのエントランスに降ろしていく。
「塩、干し肉、酒に薬草……」
「ご近所づきあいって、洗脳とかそういうのはやったんですよね?」
「へ? 洗脳? してないけど」
「やっぱり……」
ティアは文字通り、ご近所さんに引っ越しの挨拶を行いに行ったのだ。
突如現れた羽毛に全身を覆われた少女に人々は困惑。恐怖から貢物を送ったのだが……
「すごいな! 引っ越し祝いに色々貰っちゃった!」
違う、引っ越し祝いじゃない、とはバルアンは言い出せずに居た。
ティアが贈り物を整理している脇で、バルアンは贈り物の何かが動くのを見つけた。それは何か布がかぶせられており、時々うめき声のような物が聞こえてくる。嫌な予感を通り越して立ち眩みを感じたバルアンを他所に、ティアがその嫌な予感のする“引っ越し祝い”の布を取る。
「あれ? 引っ越し祝いって、人も送るの?」
「んなわけないでしょ!!」
見れば、赤い目に黒い髪をした子供が手足を縛られ口布を噛まされている。
所謂生贄、ということだろう。確かに人を好物とする魔族も存在することには存在するが、生憎ティアもバルアンも人は食さない。
バルアンが舌打ちしつつティアに助言をする。
「これは、生贄として差し出された物ですね。つまり、人里の連中に我々の存在はバレました。すぐにでも我々を討伐するために人族が押し寄せることでしょう。それまでの時間稼ぎのためにこの子供は差し出されたのでしょう」
「生贄……って」
「ならば、早急に人里を亡ぼすか、新築ではありますが居を捨てて霊峰ドランの一部に完全に居を移すのが良いでしょう」
「そんな! せっかくの新築が!」
「つきましては、時間稼ぎのためにこの生贄を見せしめに殺すのが良いでしょう」
バルアンとしては、生贄の子供に同情を感じ、できる事なら殺さないことを選びたかったが、心を鬼にしてティアのため、風の徒のための忠言を行った。
が、ティアはどこ吹く風で、生贄の子供の拘束を解いた。
「ちょ、ティア! 不用心が過ぎる……」
バルアンが言い切るより前に、子供はどこに隠し持っていたのかナイフを使ってティアを振り払った。ティアにナイフは当たらなかったが、直後には風より遥かに速い速度でバルアンの爪が子供の喉笛に迫った。
だが光より速く、ティアが二人の間に割って入った。バルアンにためらいがあったが故の遅れであったかもしれないが、ティアには迷いが無かった。
ティアはナイフごと、その子供を抱きしめた。
「怖かったな。もう大丈夫だ……大丈夫」
自身の身体に刺さったナイフとそれを握る小さな手を抱きとめる。まるで母親が子にそうする様に。聖人が施す様に。
そして、バルアンの方を向かずに淡々と述べた。
「生贄ってことは、この子はオレが貰ったってことで良いんだよな?」
「え? ……ええ、そうなります」
ティアの深いため息が、僅かに、珍しい彼女の怒気を孕んだ吐息が屋敷を駆け抜ける。
「そもそもなんで生贄なんて……まあ、人からしたらオレらは怖かったのかもしれないけど。だからって」
「その子供は“赤目です」
“赤目”、という単語に子供が暴れようとするが、ティアは放さない。その羽毛で優しく包み込み、子供が落ち着くのを待っている。
「“赤目”? って、何?」
「魔族の中には、人族に化けて暮らす者が居ます。彼らの血を受けた者、あるいはその隔世遺伝で、目だけ赤くなる人族が居るのです。人族において『自己と違うことは恐怖の象徴』です。つまり、その子は忌み子……その子が生贄になっても誰も悲しまないのでしょう」
ティアは、自身の腕の中の子供の小さな、そしてとても細い腕を摩る。子供は体温が高いというが、その子は少し冷たかった。
ティアの心の奥に仕舞い込んだ、自分の血縁の家族のことが、彼女の胸を締め付ける。
「よし! 決めた! オレ、この子を飼うことにする!」
そう言って、子供を高く掲げ、そして引き寄せてほおずりする。
バルアンは予測してましたと言わんばかりにため息をつきながら苦笑する。
「そうですか。新しい風の徒ですね。カナンに言って、部屋を用意させましょう」
「いいの!? オレ、頑張ってお世話するから飼っていいでしょー、って言おうとしてたのに!」
そんなこと言われたらまた許してしまうのだから、どっちにしろこうなったでしょ、という気持ちをバルアンは飲み込んだ。
「ところでさ、なんか……痒い」
「痒い?」
ティアが体をあちこち掻くが、子供も同じように頭を掻いた。すると、何か小さな虫のようなものがピョンピョンと……
「ふ、風呂に行きなさい! 今すぐに! や、やめて! 僕にもノミとか移ったらどうするの!!」
ティアは笑いながら子供を肩に担ぐ。
「OK! まずは綺麗にしような! その後、綺麗な服に着替えて、美味しい物食べよう! ご近所さんに恥ずかしくないようにしなくっちゃな!」
御近所付き合いを諦めていない様子のティアにどこか安心感を覚えつつ、バルアンは二人を見送……いや、子供の股間に、
「ま、待ちなさい! 待ちなさい、ティア!! 待って! それ、男! 男の子!! 生えてる!!」
その子供が風の魔力を扱う、魔族と人族の架け橋、辺境伯として歴史に名を刻むようになるのは、また別の、後日のお話……
新人四天王、ダンジョンを買いたい 九十九 千尋 @tsukuhi
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