第3話 愛を蝕む狂気
僕は頭の中が真っ白になっていた。なにがあったのか、それすら分からない。ただただ、全力で走った。
家に到着するとすぐ異変に気づいた。カタリナが一生懸命育てていた花壇の花が踏み散らかされていて、扉が開けたままになっている。嫌な汗が止まらない、僕は中に飛び込んだ。
「カタリナ!」
そこにカタリナの姿はなかった。中は荒らされ、争ったような形跡がある。僕はベットの下に隠していた剣を取り出し、急いで外に出た。
すると朝、洗濯物を干していた婦人が駆け寄ってきた。
「サリスマレの兵士たちにカタリナさんが連れてかれちゃったのよ! 村長が一生懸命止めていたんだけど、あの人たち乱暴して無理やり……」
「ありがとうございます」
僕が走り出そうとした瞬間、婦人に腕を抑えられた。
「ダメよ! あの人たち二十人近くいたわ! 殺されちゃう!」
「でも行かなきゃなんです。ごめんなさい」
僕は婦人の手を振り払い走り出した。
僕がカタリナに会った時の件に違いない。どうやったか分からないけど、村長や村の人々が人間から村を隠すために張っていた結界が破られたんだ。クソ!
村の入り口まで来たが、そこにはもう誰もいなかった。地面を見ると馬の足跡が複数ある、これを追っていけば……。
「待て蘭丸!」
イザークが僕を追ってきたみたいだ。
イザークは息を切らしながら僕の両肩を掴んだ。
「蘭丸、一人で行っても殺される!みんなを集めるんだ!」
僕はイザークの手を振り払った。
「そんな時間ない! カタリナが殺されるかもしれないんだぞ!」
「じゃあお前が一人でいけば助かるのかよ!」
「助けてやる絶対!命に変えても助ける!」
「しっかりしろ!」
イザークはそう言うと僕のことを殴った。
「何するんだよ!」
「お前が行っても二人とも殺されて終わるだけだよ! 冷静になれって! カタリナの事は絶対助ける、カタリナは大切な仲間、いや家族だから! でもお前一人の力じゃどうにもならないのが現実なんだよ……」
「それでも、手遅れになってからじゃ遅いんだ」
「頼む蘭丸! じいさんもみんなに声をかけてるし、すぐ集まるから、もう少しだけ待つんだ!」
もう行動しないで後悔したくないんだ。
「ごめん、イザーク」
「俺はもう仲間を失うのは懲り懲りなんだよ! 言うこと聞かねぇって言うなら力ずくで……」
話が終わる前に僕の膝が、イザークの鳩尾を捉えていた。イザークはその場に倒れ込んだ。
「お前、こんな力あったのかよ、今まで隠して……」
イザークは腹を抑えて蹲りながら言った。
僕は「先に行ってるから」と一言いい、非常用で常駐させてる入り口横の馬に跨った。
イザークを騙していた訳じゃない。ただ僕はイザークに嫌われたくなかったんだ。だからイザークに体術を教えてもらってる時もわざと負けるようになったんだ。
初めのころはもちろん、一切歯が立たなかった。でも僕は二度と大切な人を守れなかった苦しみを味わいたくなかった。だから一人でもずっと鍛錬をしてきた。
体術を教えてもらってから二ヶ月くらいした頃からイザークより強くなっている自分に気づいた。強くなった理由は単純で、僕は小さい頃からずっと走ることが好きだった。中学時代も陸上をやっていたし、高校の時だって、一度も練習を休んだことはない。イザークも実際に言っていた「武術は土台、そう足腰が大切なんだ!」って。だから僕は自分の持ち味である足腰をさらに鍛えた。初めは足を使った技ばかり練習していたけど、足腰を鍛えるほどパンチなどの上半身も強くなっていったし、剣術も上達していった。魔法はからっきしだし、剣術では勝てないけど、体術に関しては自信が持てるようになったんだ。
とにかく急がないと。
五分ほど走り、村を囲う森を抜け荒野に出た。
「間に合った!」
荒野に舞う大きな砂埃が見えた。集団で走る馬に単体で走る僕が追いつけない訳あるもんか。
「無事でいてくれ、カタリナ」
僕は砂埃の方に近づいていった。
銀色の鎧を纏った兵士たちが一台の馬車を取り囲むように走っていた。
馬車の荷台は鳥籠のようになっており、カタリナが乗っているのが見えた。
「止まれ! お前ら!」
僕は剣を抜いた。
「村からついてきたのかお前!」
兵士の一人が足を止めると、次第に馬車や周りの兵士も足を止めた。
「その馬車に乗っているのは僕の婚約者だ! 今すぐ解放しろ!」
僕は剣を兵士の方へと向けた。
「お前、一人で戦うきか?」
兵士達も武器を抜き始めた。
「当たり前だ。他に何があるって言うんだよ」
僕はゆっくりと近づいていった。
「蘭丸! 私のことはいいから逃げて!」
カタリナが僕に気付き、声をあげた。
「今助けるから待ってろ!」
僕は兵士から目を離さず答えた。
確かに一人でこの人数を相手にするのは難しい。ただ、なんとか時間を稼ぐんだ。そうすればイザーク達が来てくれる。それまで持ち堪えさえすればいい。
「土が生み出す、拘束の力」
突然、前方と左右から大きな岩が地面から飛び出し、僕を閉じ込めた。
「蘭丸――!」
カタリナの叫び声が聞こえた。
僕はまた、完全にやってしまった。
「クソ! 出しやがれ!」
岩と岩の隙間から誰か馬に乗って近づいてくるのが見えた。
「話を聞きたまえ君」
さっきの詠唱と同じ声だ。その男は他の兵士とは違い、フード付きのローブのようなもの着ていた。フードを被ってはいるが髪は明るい金髪のような色をしていてるのが見えた。年齢は二十代半ばといったところか。
「おい、今すぐここから出せ」
「出してあげるから、少し話いいかな。君人間だよね?」
男は笑顔で問いかけてきた。
「だからなんだよ」
「すごいね、こんな状況なのに強気で。まぁそれはいいとして、どうして魔族の味方をしているんだい?」
「単純な話、僕は魔族と人間を差別しない」
「珍しいね。ちなみに魔族と一緒に何をやっていたんだい?」
「何もしてない。ただ暮らしていただけだ」
「なるほど。君、魔法は使えるのかい?」
「ああ、少しな」
「どこかで訓練を受けたのかな?」
「ククル村で教わったんだよ」
「魔族に魔法をかい?」
「そうだよ、魔族を差別するんじゃねぇよ」
「いやいや、興味本位で聞いただけだよ。確か君は彼女と婚約していると言っていたね」
「ああ」
「安心しなさい。酷いことはしないから」
後ろの方から数頭いる馬の足音が聞こえる。
「お、仲間かな?」
「戦いになったら死人がでるぞ、それでもいいのか?」
「そうかもしれないね、でもそれはお互い言えることだろ? それより私は君に少し興味が出てきたよ」
「どういうことだよ?」
「まぁ、平和的に解決しようじゃないかということだよ」
男はそういうと手を顔の横に上げた。すると兵士達は武器を納め始めた。
「蘭丸! カタリナ!」
イザークの声がし、僕の後ろで村の人たちは足を止めた。
「皆さんお揃いで」
男は笑顔で言った。
「二人を離せ」
イザークが剣を抜くと、村のみんなも武器を構え始めた。
そして兵士たちも武器に手をかけたが、すぐに「やめろ」と男が静止した。
「ククル村の皆さん、我々はここで戦うつもりはありませんよ。まずはお話を聞いてくださいませんか?」
男はそういうと僕の横をすぎ、イザーク達の方へ近付いて行った。
「話ってなんだよ」
イザークは警戒し、剣を構えながら言った。
「まぁ、落ち着いてください。申し遅れました、私は国立魔術研究所のクレイグ・フォン・レッドメインと申します。以前ククル村のお嬢さんがサリスマレでトラブルを起こしましてね」
「それはお前らが無理やり――」
「ね? そうなりますよね? あなた方はお嬢さんからしかお話を聞いてないでしょ? 反対に我々も当事者の兵士からしか話を聞いていませんので、当然食い違いが起きます。ですので一度話を聞くためにも拘束させてもらった訳なんですよ」
「だったら、最初からそう言えばいいだろ! 無理に誘拐みたいなことしてウチのじいさん……村長まで怪我させやがってよ」
「あなた達は正直にそう言えば大人しく応じてくれましたか? ここでも食い違いですよ。私はできる限り丁重にお願いしたんですが……お嬢さんが少し暴れ出しちゃって、ねぇ? 止めようとした時に少し村長さんも巻き込まれちゃっただけですよね。 ねぇ村長さん? あれ、いませんか?」
「怪我してるのに連れてこれる訳ないだろ!」
「あぁ、そうでしたね。申し訳ありません。まぁ、以上が理由ですので、このままお嬢さんを連れて帰らせていただき、お話を聞かせて欲しいのですよ。ただ書類上の手続きや調査などもあるので何日かは拘束させていただくことになりますが、終わればお返しいたしますから」
「ウチのカタリナは絶対悪いことしていないんだが、調査して悪い結果が出たらどうなるんだよ」
「大丈夫ですよ。当事者の兵士も大した怪我を負わされた訳でもなく、ピンピンしていますから。単なる小競り合いということで処理いたしますよ。サリスマレも現在、平和な街づくりを目指していますから、小さなトラブルでも書類を作成して同じようなトラブルが起きないために記録として残しておかなければいけないのです。これは争うためでなく、人間と魔族が共存するために必要なことなんですよ。ただそれだけですから安心してください」
「だが……」
「であれば、婚約者さんも一緒に来られたらどうです?」
そう言うとクレイグは僕の方を見た。
「カタリナを一人で行かすことなんてできない。行くなら着いていく」
「当然ですよね、愛する人のことであれば。と言うことでどうですかなククル村の皆さん?」
ククル村のみんなは互いに顔を見合った。
そしてイザークが口を開いた。
「わかった。だが、二人に少しでも変なことしてみろ、戦争になるからな」
「もちろんです! 我々もククル村の方々と争うことなんて望んでいませんから」
そう言うとクレイグは指を鳴らした。すると僕をとり囲っていた岩が消えた。
「申し訳ないんだが、簡単な拘束だけはさせてもらうよ。規則だからね。風が生み出す、拘束の力」
僕は手足が縛られ、馬から落下した。
「もっと丁寧に扱ってくれよ」
「申し訳ないね、それじゃ彼をお嬢さんと同じ馬車に乗せてあげて」
クレイグは兵士の一人に指示をした。
馬車の扉が開き、僕は中に入れられた。
「カタリナ無事か!」
「蘭丸、私のために無茶しないでよ。怪我してないよね?」
「大丈夫だよ。取り敢えず、すぐ終わらせて帰ろ」
「うん。蘭丸、ありがと。大好きだよ」
「僕もだよカタリナ」
もっとカタリナと話したかったけど「規則だから」と言う理由で岩の壁で馬車内は仕切られ、声が出せないよう魔法もかけられた。
「それではククル村の皆さん、これが人と魔族が共存する第一歩になるようお互い努めましょう。では」
クレイグが言うと馬車は走り出した――。
それから僕とカタリナは別々の牢に入れられた。クレイグに聞いたところ、別の建物にある牢に入れられているらしく、理由を聞くと「ごめんね、女性は別なんだ」とのことだった。
牢の中は石が積み上げられて作られたような壁で、鉄製の扉がひとつ。それとトイレのような穴にベット、天井は三、四メートルぐらい先にあり、天窓があるだけ。
それからクレイグが牢に来て、色々と話を聞かれた。
「蘭丸くん凄いよ。おそらく君だけだね魔族から直接魔法を教えてもらった人間は」
「そうなの?」
「もちろん。知ってると思うけど、この国では魔族と交流を持とうとする人なんていないからね。それに、人間に魔法を教えようとする魔族もいない。都市によっては魔族との交流を法律で禁止しているところもあるんだよ。私は共存派だから間違ってると思うんだけどね。そこでひとつ君にお願いがあるんだ」
「なに?」
「私は国立魔術研究所のものだといったよね? 今回同行したのは魔族の生態調査ってのも兼ねてだったんだ。安心して、共存のための調査だから。それでさ君の魔法を見せて研究させてもらいたいんだよ。決まった時間に私が訪問するから、その際に魔法を見せてもらいたいんだ。ただ、ここにいる間はできる限り自分で魔法の練習をしてもらいたいんだ。魔法の上達具合なんかも気になるからどんな練習をしたかなんかも教えて欲しい。ちなみに扉や壁は魔封じが施してあるから心配無用だよ」
「まぁ、そのくらいだったら」
「良かった! ありがと! 君とはいい友達になれそうだ!」
「そう?」
「うん、絶対! あと三日間だけ私は王都の方に行かなきゃいけないんだ。だからその間だけは来られないから覚えておいてね」
「わかった。 ここには何日ぐらいいればいいの?」
「一週間から十日ぐらいで考えといてくれる?」
「長いな。でもわかったよ」
「ごめんね。 手続き上、そのくらいの時間がかかっちゃうんだ。それじゃまた三日後に」
そう言うとクレイグは牢から出ていった――。
それから何時間経ったのだろうか。誰も来なければ音もしない。
「おい! 誰か! 水が欲しいんだけど!」
魔法で水を出せるが、それはペットボトルの蓋に一杯程度、僕のマナの総量だといいとこ、一日に二回が限度だ。
いくら叫んでも、なんの反応もない。取り敢えず何もすることがないため、魔法の練習をしていたが、腹が減ってやる気力がなくなった。天窓から光も入らなくなっていたから夜になったと思い、寝てれば誰か来るだろうと考え、寝ることにした。
次の日、天窓から差し込む光で目が覚めた。取り敢えず腹が減って死にそうだ。食事はまだか。だが、待てどやってくることはなく、また夜が来た。この日は喉の渇きと空腹のせいで全然眠りにつけなかった。
そして、二日目も、牢に誰かがくることはなかった。もう僕は動けなくなり、ただベットで横たわるだけだった。
三日目、意識が朦朧とし、夢を見ているのか現実を見ているのか分からなくなり、死を覚悟した――。
まるくん、まるくん……。
「蘭丸くん! 水! 水だよ! 飲んで! でも一気に飲んだらダメだからね、ゆっくりね」
それは四日目だった。クレイグが王都から帰ってきて僕の牢にやってきた。クレイグは僕を抱え水を飲ませてくれた。
「クレイグ……ありがと」
「いや、本当にごめんよ。ここの施設の奴らアホでこの牢に人が入ってるって分からなかったんだって」
「それより、カタリナは大丈夫なの?」
「さっき会ってきたよ。元気にしてたから安心して」
「良かった……」
「すぐ食事も用意させるから待ってね」
それから十分くらいして、食事がやってきた。野菜や肉が入ったスープだ。
「急がなくていいからゆっくり食べなよ」
「うん」
食事を出されて助かったけど、こんな空腹にも関わらず凄く不味い。空腹が最高の調味料だといった人にこれを食べてもらいたいぐらいだ。特に肉、物凄く硬い。正直なんの肉か聞いて「魔物」とか言われたら嫌だから聞かないことにした。
「今日はこんな状態だからゆっくり休んで、明日は魔法を見せてくれるかな」
と言い牢を後にした。
ただ、食事を取ってから数時間するとあっという間に元気になった。そうか、良薬口に苦しってやつか。
五日目、クレイグが来てからしっかり3食の食事を出してもらえるようになった。ただあの不味いスープのみだ。きっと凄い栄養はあるんだろう、食べると凄く力が湧いてきたような気になる。
そして昼過ぎにクレイグがやってきた。
「それじゃ、君の魔法見せてくれる?」
「何度も言ってるけど、全然出来ないよ」
「大丈夫、それでもいいから」
練習しとくようにって言われたけど、初日に少ししたぐらいであとは一切していない。あんな状況だったし、仕方ないよな。じゃあ水チョロチョロ見せるか。
「水が生み出す、放水の力!」
僕が詠唱した瞬間だった、牢の壁に向かって消火栓並みの威力で水が放出した。
「おお! 凄いね蘭丸くん! 君謙遜しすぎだよ」
「え? な、な、なんで?」
「いやいや、凄いわ。ありがとう!」
「は、はぁ」
「それじゃまた明日もよろしく!」
グレイグは牢から出ていった。
なんでだろう、全く理由がわからないが僕の魔法は強くなっていた。それに今まではチョロチョロしただけで、全力疾走後のように疲れていたのに、全く疲労感がない。まさか死にかけた状態から復活したから? ありえないな。アニメじゃあるまいし。カタリナが「いつか覚醒するタイミングが来るよ!」なんて言ってたけど、これがそうなのかな?
それから、他の魔法も試してみることにした。
「火が生み出す、灯火の力!」
すげぇ! 僕の手のひらの上で野球ボールくらいの火の玉が現れた。
「風が生み出す、疾風の力!」
前方に傘が裏返るぐらいの風が出た。
「雷が生み出す、放電の力!」
これも野球ボールくらいの電気の球が出た。
今まで水魔法のチョロチョロしか出来なかった僕がこんな魔法を使えるなんて……。
だけど残念なことに僕が知ってる魔法はこれだけだ。あとは闇魔法、でもこれは闇の加護を受けていない僕には無理だ。それなのにカタリナは一生懸命教えてくれてたな。
「カタリナ……元気かな? 闇が生み出す、引力の力なんてね、あはは」
突然目の前に黒い野球ボールサイズの球が現れた。
「ええ! なんで!」
さっき終えた食事の器やトレーが球に引っ張られ、くっついた。
「俺の加護……水じゃなかったのかな? もしかしてカタリナは知ってたのかな」
今まで魔法の練習は辛かったけど、今日は凄く楽しいと感じた。
それから僕は無我夢中で魔法の練習をした。そして毎日威力が上がり、急成長を遂げていった。
そして八日目。
「蘭丸くん! 君は才能の塊だよ! 凄いね!」
「いやクレイグにいいとこ見せたくて頑張ってるってのもあるよ」
「じゃあ私のおかげかな?」
「少しね!」
クレイグともかなり仲良くなった。イザークとまでは行かないけど、近いくらいの絆はできたと思う。グレイグは数少ない共存派だ。それに本来では僕とカタリナは殺されていてもおかしくないのに、生きていられるのは彼のおかげだと言っても過言ではない。
「それじゃ、また明日ね」
「明日はもっと強くなってるからね」
「楽しみにしておくよ」
グレイグは笑顔で手を振り、牢を出た――。
それにしても魔法の練習があるから時間潰しができるものの、他にやることと言ったら筋トレぐらいしかない。せめて食事も美味しいとまでは行かなくても普通の味だったらな。
そんなことを考えてると夕食が渡された。
「なんかクレイグさんが頑張ってる君にご褒美とか言ってたぞ」
と去り際に世話係の兵士が言っていた。
なんだ、ソレ?
どう見たっていつも通りの不味いスープだよな、そんなことを考えながらスープをスプーンで飲み始めた。
やっぱ不味い。
ん?
僕は違いに気づいた、いつも入っていなかったものが入っていることに。
見覚えがある――。
見覚えがあるどころじゃない――これは――。
「蘭丸」
「カタリナ」
「大好きだよ」
「僕も大好きだよ」
「どこが好き?」
「どこって、全部だよ」
「えー、それずるいよ! どこか言ってよ」
「そうだな、眼、カタリナの赤くて綺麗なその眼」
「もう、蘭丸のバカ!」
何度も見ているから分かるんだ。
いや、本当は分かりたくなかった。
スプーンの上に乗っていたのは綺麗な赤い眼だった。
僕は膝を床に突き、胃の中のものを全て吐いた。
何も出なくなっても吐き続けた。
見間違いかと思い、見返そうとも怖くて入っていたものを見ることができない。
嘘、嘘だよな。
突然牢の扉が開いた。
「どうしたの蘭丸くん?」
「クレイグ! な、なんかよく分からないものがスープの中に入ってたよ……」
「よく分からないもの?」
「う、うん」
「おかしいな〜、喜んでくれると思ったのに」
「は?」
クレイグは歩き出し、スープの器に入ったものを手で拾い上げ、僕の前にしゃがみ込み、それを顔の前に差し出した。
「ほら、君の大好きなカタリナちゃんですよ」
紛れもない、カタリナの赤い眼だ。
「何を言ってるんだよ……カタリナ……カタリナはどうしたんだよ!」
僕はクレイグに掴みかかった。
「待ちなよ、蘭丸くん。それは君が一番知ってるんじゃないかな?」
「どういうことだよ」
「毎日彼女のこと食べてたじゃないか」
「な、何をいてるんだよ」
「はぁ、めんどくさいな」
クレイグはため息をついて僕の手を振り払い立ち上がった。
「蘭丸くん、アホな君でも分かりやすいように説明してあげるよ。まず書類のために君たちを拘束するっていうのは嘘。本当は実験のためだったんだよ。人間が魔法を習得するには、三種類のパターンがあるんだ。ひとつ目、一生懸命鍛錬を積んで覚える方法、これが一番多いよね。ふたつ目、生まれつき体内でマナが生成されている人だね、人間にもいるんだよそういう人が。ちなみに私はその一人だよ。みっつ目、それが『魔族を食べて吸収すること』なんだ。ただこれに関しては、食べた人間みんな毒を摂取したような状態になって死んじゃったんだよね。でもね、蘭丸くんが彼女を助けに来た時思ったんだよ、もしかしたら愛があれば乗り越えられるんじゃないかってね! あはは! それで驚いたよ、君は実際乗り越えたんだよね! それに彼女の加護まで受け継いでさ。それが珍しい闇属性。これは世紀の大発見だよ!」
「嘘……嘘だ! 僕らあんなに仲良しだったじゃないか!」
「えっ?そうだっけ?」
「そ、そうだよ? それでカタリナは? 本当は生きてるんだろ?」
「あはは! 本当にアホだな君は! だから死んだって! 初日にぶっ殺したよ! 首ぶった斬ってさ、バラバラにして毎日少しずつ君に食わせてたんだよ! あと最初三日間来なかったには理由があったんだよ。当然王都に行くなんてのも嘘! 君を餓死状態にさせて嫌でも食べさせるため、それと私のことを信頼させるためにあの環境を意図的に作ったんだよ。人は絶望状態で頼れる人が現れればそれに縋る生き物だからね、一種の洗脳ってやつさ!」
「共存派ってのも嘘か」
「当たり前だろ? 誰が魔族のようなゴミと共存したがるんだよ! 君みたいな変態だけだよ! あはは! まぁ、無理矢理に君達を連れてくることもできたんだけどね、憎まれたら協力してくれないだろ? だから波風立てないように村の奴らにもああ言ったんだよ。それだけのことさ」
「……」
「ということで、これからも君には――」
「返せ」
「え? なに?」
「カタリナの眼、返せ」
僕はクレイグに手を差し出した。
「なんだ、やっぱり食べたかったんだね。食いしん坊だな〜まったく。どうぞ」
僕はグレイグからカタリナの眼を受け取ると、シャツの袖をちぎりそっと包んだ。
「なに、後で食べるの? おやつ? あはは!」
「闇と火が生み出す、黒炎の渦よ」
僕は両手を天に向けた。
「は?」
「闇を司る神イライアスから最愛のカタリナに受け継がれし力」
僕の腕より上にある壁や天井が一瞬で消えた。
「な、ななんなんだ。天井が……? ここは魔封じが施してある建物だぞ? まさか……それを上回る魔力で消したのか? それに魔法なんて見えないぞ? 一体どういうことなんだ」
クレイグは狼狽始めた。
「全てを消し去り、鎮魂の祈りとする」
「あはは……そっか。まだ陽が出てる時間帯だったんだよね、この暗さを疑うべきだった……イカれてるよ」
クレイグは魔法がデカすぎて見えないだけだった。その大きさはここ一体の日の光を遮るほどの大きさだった。
「この世界ごと、破壊してしまえ!あああああ!」
全力で腕を振り下ろした。
「素晴らしいよ蘭丸! 君は傑作だ! 私の実験は成功したのだ――!」
クレイグが発狂している声が聞こえた。
そして、辺りが一瞬真白になり、大きな破裂音が後からやってきた――。
僕は無意識の内に目を閉じてしまっていたようだった。
辺りは黒炎の海と化していた。
「ゴホゴホ、取り敢えず逃げないと……」
遠くから緊急サイレン音のようなものが聞こえる。
急ぐか……、あれ?
僕は足に力が入らないことに気づき、それと共に激痛が走った。
「痛っ!」
両足は赤黒く腫れ上がっていた。そして両腕や、腹、顔も、全身大火傷を負っていた。
「情けねぇなやっぱり僕は。自分の魔法で全身焼かれるなんて」
それに水魔法を使おうとしても、体内のマナを全て使い果たしてしまったから、どんなに小さい魔法も使えない状態だった。
取り敢えずここから逃げなければ。
生きたいのに生きられなかった人だっている、カタリナだってそうだ。だから僕はもう命を無駄にしない。最後まで何をしてでも、足掻こうと思った。
僕は落ちていた木片を拾い、杖の代わりにして歩き出した。
意識が朦朧とする、餓死しそうだった時とはまた違う朦朧だ。
僕がいた場所は、サリスマレの端だったみたいで、街の外まではすぐに出られた。でもそこは何もない荒野が数キロメートル広がっているだけだ。そしてこんな時に限ってものすごい砂嵐で、前方が全く見えないレベルだ。ここに入ればサリスマレの兵士に見つかることはないだろうが、どこにも辿り着けずに途中で力尽きる可能性もあるし、荒野には魔物もいる、単純に食われて終わる可能性も高い。だけど他の方法を探す気力はないし、ここにいれば兵士に殺される。だからもう行くしかない。
僕は砂嵐の中に入って行った。もう全方向どこ見ても、砂嵐しか見えない。
そういえば神様に言われたこと何もできなかったな。魔王か……正直、この世界の人間なんてみんな死んでしまえばいいと思ってしまう。魔王が復活して、魔族を助けて欲しいと心から思う。
イザーク達大丈夫かな? 僕がこんなことしてしまって、イザーク達に火の粉が降り掛からないだろうか。村長も怪我治ったかな?
足に力が入らない、少し休憩しよう。
僕は前に倒れ込んだ。
母さん……そういえば、ひとりにしちゃったな。悲しんでるだろうな。親不孝者で本当にごめんなさい。
涼帆、僕は本当に大馬鹿者だよ。君を苦しめたにも関わらず、君に償うこともせず、また……また……守れなかったんだ、大切な人をさ。
カタリナ……守れなくてごめん。
なんだろう、砂の上に寝てるはずなのに冷たい。
地面を見るとそこはタイルだった。
「あれ?」
力を振り絞り体を起こしてみると荒野にいたはずが、まるで、ヨーロッパの貴族が住むような家の前にいた。大きな門があり、静かにゆっくりと開き始めた。振り返ると変わらず砂嵐なんだが、ここは……。取り敢えず入ってみるか。木片を使いゆっくりと立ち上がり歩いて中に入った。
門を越えると白いタイルが一直線に伸びていた。先には大きな噴水があり、両側には綺麗な花畑がある。カタリナお花好きだったから見たら喜ぶだろうな。
噴水を越えると階段が見えてきて、その先には大きな木製の扉が見える。
だけど、もうダメみたいだ……。
僕は階段の手前で膝を突き、倒れてしまった。
カタリナ……今行くからね……。
僕は目を閉じた。
すると頬に暖かくて、柔らかい優しさを感じる。
まるで天使が僕の頬に手をあててくれているみたいだ。
ついにお迎えが来たみたいだ。
そっと目を開けると、人のものとは思えないほど綺麗な銀色の髪が見え、修道服を着た美しいシスターの姿があった。
「もう大丈夫ですよ。あなたは導きにより、ここまで来たのですから」
僕は涙が溢れて声が出なかった。
「ようこそ、最愛の教会へ」
シスターは僕の額に優しくキスをした。
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