ミステラレタモノ

第5話 自己犠牲に縛られる意味


 ルシアは毎回、食事を僕が寝泊まりしている部屋まで届けてくれていた。


「蘭丸、もうすぐ食事ができますので準備しておいてくださいね。お持ちしますから」

「あのさ、今日は一緒に食べない?」

「ええ、構いませんが、どうかなさいましたか?」

「どうもしてないけど、一人で食べるより一緒に食べた方が美味しいでしょ? そういうもんじゃない食事って?」

「そうなんでしょうか? 私はずっと独りですから、よくわからないのです」

「まぁ、一緒に食べればわかるよ!」

「分かりました」



 そして僕は食堂でルシアと一緒に席へと着いた。

「こんな広い食堂なのに、独りだと勿体無いね」

「いつか多くの方がいらっしゃるかも知れませんから」

 ルシアは食事の前の祈りを始めた。僕もルシアを真似て祈った。

「いただきます」

「どうぞ、召し上がってください」

「ルシアの食事はいつも美味しいよ」

「それはよかったです」

「あのさ、野菜は外で育ててるけど、他の食材とかはいつもどうしてるの?」

「毎月決まった日に届くのですよ。それをいただいております」

「誰が届けてるの?」

「分かりませんが、神父様が外に協力者がいるとおしゃっておりましたので、その方からだと思います。届く日には魔法陣が現れ、そこに送られてきます」

「でもさ、どうしてこの教会は困った人を助けてるの? なんのメリットもないじゃん。この食事だって無償で提供しているわけだけど」

「それが私の務めですから」

「そっか……。でもずっと独りで寂しくないの? 外に行きたいとか思わないの?」

「前にもお伝えしましたが、私がここを出てしまえばこの教会は消滅してしまいます。だから出ていくわけにはいきません」

「でも、それって自分を犠牲にして人を助けてるってことでしょ」

「犠牲なんかではありませんよ。それも務めですから。人には役割があるものです。母には母の。父には父の。子には子の。それと一緒です」

「じゃあ死ぬまでここに独りでいるの?」

「それが私の役割ですから」

「そんなのおかしい!」

 僕は思わず立ち上がった。

「どうされたのですか?」

「だって。ルシアは死ぬまでずっと独りなんだよ。そこまで自分を犠牲にして誰かを助けるなんて……それが大切な恋人とかならわかるけど、ルシアはどこの誰かもわからない人のために人生捧げてるんだよ」

「務めですから」

「……」

 ルシアに年齢を聞いたら彼女は十九歳とのことだった。それなのに自分の好きなこともできなければ、好きなところにもいけない。恋愛に結婚、子供を持つことだってできない。そんなの悲しすぎる。

 

「私のことはいいですから、蘭丸のこれからの話聞かせてください」

「とりあえずククル村に帰るよ」

「そこはカタリナの村ですよね? まだ同じ場所にあるのでしょうか? きっと蘭丸の騒動は耳に入ってますので皆さん移動してるのではないでしょうか? 魔族の村は人間に知られてしまった場合、移動するそうですよ」

「ええ!? そうなの?」

「はい。何かあった時のために、前持って移動場所を決めてることが多いようですが、蘭丸は聞いてないのですか?」

「うん、全く聞いてないよ」

「探すのに骨が折れますね。蘭丸は結界破りの魔法は使えるのですか?」

「使えないよ! 村には人間に見つからないよう結界はられてるよね? どうしよう」

「結界破りの魔法を覚えるしかないですね」

「すぐ覚えられるの?」

「上級魔法ですから、時間はかかるかと思います」

「そんな余裕ないよ……」

 全く考えていなかった。僕はいつも肝心なところでヘマをする。情けない。

「あと赤い髪に赤い眼はコールフィールド家の特徴のようですよ。ですのでその状態で歩いては魔族だと思われてしまします」

「コールフィールドってカタリナと同じ名前」

「ええ。彼女は魔貴族ですから」

「魔貴族って何?」

「魔族の貴族という意味ですよ」

「ええ!? カタリナ貴族だったの?」

「婚約者なのにそんなことも知らないんですか?」

「ごめんなさい」

「コールフィールド家は有名な魔貴族です。その特徴が赤い髪と眼、人もそれを知ってる方が多いようですから隠さないと疑われてしまいますよ」

「見た目を隠す魔法も覚えないとか……」

「そうですね。あとは蘭丸のマナも問題です。魔族そのものですから。魔法でそれも隠さなくてはいけませんよ」

「そのふたつはすぐ覚えられる?」

「それも上級です」

「もう、どうしよう」

「時間はかかりますがここで覚えるしかありませんよ」

「覚えるったってどうやって」

「私が教えますよ」

「え? 結界破りと見た目やマナを隠す魔法使えるの?」

「そのくらいであれば使えますよ」


 だったら……。

 

「じゃあ、ルシア一緒に行こ」

「何をおっしゃるのですか?」

「一緒に旅しようよ」

「私には無理です。務めがありますから」

「お願いしてもダメ?」

「当たり前です」


 でもルシアがシスターだからこそ通じそうな話がある。


 それは……全てをぶちまければいいんだ。


「あのさ、ルシア……本当は僕、この世界の人間じゃないんだ」

「はい? どういうことでしょうか?」

「イライアスって知ってる? 闇を司る神の」

「蘭丸! イライアス様です! 様をつけてください、いけませんよ」

「ああ、ごめん。僕そのイライアス様から使命を受けて、この世界に送られたんだ」

「え? 本当ですか?」

「本当だとも」

 それから僕がこの世界に来た理由やイライアスとした話、聖堂で気絶した時の話をした。


「ま……魔王が復活し、沢山の方が……」

「それなのにルシアはここにいていいの?」

「こ……困った方がいらっしゃるので……」

「それは神様から直接受けた使命なの?」

「直接では……あの……神父様が……」

「神からの直接の使命を僕は受けてるんだよ、いわば使徒なわけ! そんな僕がお願いしてるんだよ? それを断ったら『私はシスターです』ってもう名乗れないと思うな。ここにいて何年かにひとり助けるより、僕と来て、何百、何千、何万という人を助ける方が大切でしょ、絶対!」

「でも……」

「じゃあ、もういい。今から聖堂に行くよ。そこで僕は祈ってイライアス様に直接会うから、ルシアのこと話すから。ルシアは外に出て人を助けず、ずーっとこの教会にいるって言ってました。協力してくれませんって!」

「や、やめてください! そんなことしたら私、私……」

「じゃあ、どうするの?」

「わ、分かりましたよ」

「本当に?」

「はい……神様の使命であらば、お受けしないわけにはいきません」

「僕の話、信じてくれるの?」

「ええ、だってあなたは今イライアス様の眷属となってらっしゃいます。本来であれば魔族を取り込んだ人間は死んでしまいます。魔導書などにも書いてありましたし、ここに来た方の話でもそうでした。でもあなたは元気に生きてらっしゃる、その上、魔族になってしまいました」

「魔族になったって……」

「普通ではあり得ないことなのですよ。でも今の話を聞いたら頷けます」

「今度イライアスに会ったら、なんで僕生きてんのか聞いてみるよ」

「イライアス様です、蘭丸!」

「あ、ごめん」

「それにあなたが嘘をついてるようには思えませんので」

「ありがとね、ルシア」

「いつ出発なさるのですか?」

「明日!」

「えっ!?」


 これでなんとかなりそうだ、イライアスあんたは偉大な神だ! 今度会ったらお礼しないと。


 そして出発の朝。


「ねぇルシア? ルシアにもらった服なんだけど……他になんかない?」

 僕は教会に来てからルシアにもらった服をずっと着ている。麻のようなものでできたTシャツとハーフパンツだ。

「それではいけませんか?」

「いけないことは……じゃあ、ルシアも同じ格好で出かける?」

「私が修道着を脱ぐことはありません!」

「でもシスターとTシャツ短パンのやつが一緒に歩いてたらおかしいでしょ?」

「そうでしょうか?」

 ルシアは不思議そうに首を傾げた。素で言ってるから憎めない。

「だから他に何かないかな?」

「あるとすれば……ちょっと待っていてくださいね」

「ありがと!」



 そしてルシアは木箱のようなものを持ってきた。

「これしかありませんが……流石に」

 開けてみると中には神父の着る服が入っていた。

「おお! カッコイイ! これでいいよ」

「でもいけませんよ! これは神父様が着るキャソックとカズラですから。神父様でない方が来てはバチが当たってしまいますよ」

「でもさ、神父様はイライアス様に会ったことあるの? それに話したことも」

「それはおそらくないと思いますが……」

「なら、僕は神父様より神に近い存在って言えないかな!? 僕も神父様ってことで!」

「強引すぎます……それに蘭丸は若すぎます」

「そんな固いこと言わないでよ! おお! サイズも合いそう!」

「であれば、これから蘭丸はプリーストを名乗ってください」

「それこそダメなんじゃない?」

「私が色々教えますので、本物になれば問題ありませんよ」

「ええ、めんどくさいな」

「であればダメです」

「わかったから! 教わる! 教わる!」

「それならきっと神もお許しになることでしょう」

「イライアスに会ったら頼んどくよ」

「様です! 様をつけてください! これからはプリーストなんですから、特に!」

「ごめんなさい……」



 それから僕たちは朝食を済ませ、教会の出口へと向かった。


「まるで夢のようです」

「何が?」

「私がここを出る日が来るなんて……そんな日をずっと夢見ていましたから。でも……」

「残りたいの?」

 ルシアは何も言わず下を向いた。


「出て行きたくなかったら無理しなくていいよ。イライアス様にも何も言わないから。それにルシアに辛いことはさせたくないから」

「いいえ、出て行きたくないことなんてありません。昨日蘭丸の話を聞いて、数多くの方を救う選択をするのが正しいと私も思いましたから。ただ……」

「うん」

「ここを出てしまえば私には帰る場所がありません。もし蘭丸との旅が終わったら私は行く場所がないのです」

「何言ってるんだよ? 旅が終わっても一緒にいればいいだろ?」

「……蘭丸」

「それに色んなところに教会はあるんだろ? ルシアが行きたければ教会に入ればいいだろうしさ」

「そうですね。それじゃあ、見た目を隠す魔法とマナを隠す魔法をかけますね!」

「ありがとう」


 僕の見た目は赤くなる前の自分に戻ったようだった。


 そして、ふたりで門の前に経った。

 

「手を繋いでもいいですか?」

「僕の手でよければいくらでも!」

「ありがとうございます」


 ルシアは僕の手を取った。


 きっと初めての外が不安なんだろう。


 門の外には荒野が広がっていた。

 僕が元々いた場所だろうか。


「いこっか」

「はい」


 僕らは一緒に門を出た。


 振り返ると、そこは荒野が広がっているだけで、教会の姿はなかった。


「無くなっちゃったね、教会」

「そうですね。こんなにもあっけないとは思いませんでした」

 ルシアは少し悲しそうに下を向いた。


「大丈夫! ルシアの居場所は僕が作るから!」

「あはは。ありがとうございます」

 ルシアは優しく微笑んだ。


 

 

 

 

 

 

 

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