第6話 純粋ゆえの残酷
「ルシア、もう歩けないよ」
「日が暮れる前に森へ行きましょ。ここだと目立ちます! 荒野で夜を迎えては危険ですから!」
ルシアは初めての外だというのに凄く頼もしい。
「少しだけ休もうよ」
「もう日が暮れかけてますから、森に入るまで我慢してください。荒野は魔物が出ますし、何よりサリスマレの兵士に見つかりやすいですから」
「確かに。ルシアがいなきゃきっと僕はすぐ死んでそうだな」
「何を言ってるんですか。とにかく急ぎますよ」
魔法を使えれば、一気に飛んだりできるのだけれど、僕はかなりの事件を起こした。
だから、広範囲で魔力探知をしている魔術師などがいるかも知れないとルシアは言っていた。
そのため、サリスマレからある程度離れるまでは、少しの魔法も今は使わないようにとのことだった。
「水も魔法で出したらダメ?」
「ダメです! 魔力探知されて兵士たちが来てしまいますよ」
「そんな」
「森に入れば川があるのですよね。ほら、見えてきましたよ」
「やっとか」
おそらく五時間以上は歩いただろう。
辺りを警戒しながら歩いたため、余計に疲れた。
「蘭丸は森の中は詳しいのですよね?」
「ああ、ある程度ね。ただ、いつも村の外に出るときは誰か一緒だったから、少し自信ないけど」
「村までは距離ありそうですか?」
「多分歩いて一時間くらいじゃないかな?」
「そうですか。でしたら急ぎましょう」
「ええ!? 休もうよ!」
「一時間なら日が暮れる前につけるかも知れませんので休んでられませんよ」
「マジかよ」
まるでルシアは遠足に出かけている少女のように楽しそうだった。
それから一時間後。
「ああ、村だ」
「もう結界は張られていませんね」
村の中へ入ると、中は荒れ、誰もいないようだった。
「村が……」
「きっとサリスマレの兵士が来て荒らしたのでしょう」
「みんな無事なのかな?」
「血の匂いや遺体の匂いなどはしませんが」
「そんなのもわかるの?」
「ええ、教会で治療に携わってましたし、亡くなった方もいらっしゃいましたから」
「ああ、そうだよね。とりあえず僕の家に行こう」
家に着くと扉は開けっぱなしになっており、庭も荒らされていた。
「クソッ! サリスマレの兵士ども……カタリナが大切にしていた庭まで」
当然中も荒れ放題。きっと金になりそうなものは全部取られたのだろう。
「ん? なんだこれ?」
机の上には見覚えのない、木でできた鳩の置物があった。
「これは伝書鳩ですよ」
「ええ!? これ飛ぶの!?」
「飛びませんよ。これには魔法で伝言を込めるんですよ。そして、伝えたい相手がマナを込めないと内容が聞けないようになっているんです。おそらくカタリナか蘭丸のマナを込めなければ聞けないようになっているのかと思います」
「よく人間にバレなかったな」
「魔族だけの文化なようですよ。人間は手紙などが主流ですから、知らない方が多いのではないでしょうか」
「ルシアは本当いろんなこと知ってるね」
「私は読書ばかりしていましたし、教会にいらした方の話を書き写して記録していましたから」
「そっか。でもこれからはいろんなことやろうね」
「ええ、これから楽しみです」
「じゃあ、マナを込めてみるか」
僕は木彫りの鳩に手をあてマナをこめた。
鳩は淡く光り、そして声が聞こえ始めた。
「カタリナ! 蘭丸! これを聞いてるんだったら無事だってことだよな!?」
イザークの声だ。久しぶりに聞いたせいか涙が出そうになった。
「俺らは村を人間に知られたから移動する。カタリナは知っていると思うけど『アースラン』に戻ってるからな! 気をつけてこいよ! それと蘭丸! 膝蹴り忘れてないからな! あはは! じゃあな!」
イザークの声が途切れると鳩は、まるで土でできているかのように崩れた。
「アースランってどこだ?」
「場所までは分かりませんが、カタリナがマヤと教会に訪れた際、アースランに住んでると言っておりました」
「カタリナの故郷みたいなところかな」
「蘭丸、地図ありますか?」
「確か……あった!」
僕は机の上に地図を広げた。
「アースラン……ありました! ここではないでしょうか?」
「結構距離あるな……」
「そうですね三百マイルくらいありますね」
「約五百キロか……東京・大阪間だな」
「トウキョウオオサカカン?」
「ああ、ごめん! なんでもない! 歩いてはいけないね。飛んでくか!」
「どんなに魔力があっても持ちませんし、目立ちすぎます!」
「歩くしかないの?」
「馬車で行きましょう。ここから一番近いのがサリスマレですが、行くことはできませんので……ここですね」
「テイクエルス」
「距離は……サリスマレまで約十三マイルだから……テイクエルスまでだと……二十マイルくらいですかね」
「三十二キロくらいか……遠いな」
「幸い、森続きで行けるようですから頑張りましょう。サリスマレはここから東ですが、テイクエルスは北方向なので、そこまで行けば魔力探知されることもないでしょう」
「今日はここで寝て、明日の朝でよっか」
「何を言ってるんですか!? 蘭丸は死にたいのですか!? サリスマレの兵士が来るかも知れませんよ!」
「ですよね」
「森で過ごしますよ」
「マジか」
家を出る前に、僕はルシアに着替えると伝えた。
「もうプリーストなのでダメです」
「じゃあプリーストやめます」
「そんな簡単にやめられるものではありません」
「だって、よく考えたら大変じゃん」
「でしたら、私も旅やめます。それでは蘭丸、さよなら」
「わかった、ごめんって。このまま行くから」
「わかってくれれば良いのです」
僕らはククル村を出て、北方向へ向かった。
「ここで今日は休も!」
少し開けた小さい広場のような場所でルシアに声をかけた。
「ええ、分かりました」
「火焚いても平気かな?」
「魔法を使わなければ大丈夫ですよ」
「火ってどうやって熾すの?」
「……それは……分かりません。でも月の光がありますから」
僕は空を見上げた。
「そうだよね、この世界にもあるんだよね。月」
「綺麗ですね。蘭丸のいた世界にもあるのですか?」
「うん。それでね、僕が住んでたところを『地球』っていうんだよ」
「ここも『地球』っていうんですよ」
「じゃあ神様はほとんど同じように世界を作ったんだね」
「きっとそうではないでしょうか」
僕達は持ってきたパンを食べた。
「でも、こんな綺麗な夜空を見ながら寝るなんて贅沢だな」
「そうですね」
僕とルシアは横になった。
「明日は日の出と共に出発しましょう。そうすれば日の出てるうちに、テイクエルスへつけると思います」
「わかったよ」
「朝早いのでもう寝ましょ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
僕は目を瞑った。
ん……待って。
横を見るとルシアは真横で寝ている……やばい……急に緊張してきた。
月明かりに照らされた彼女の顔はいつにも増して美人だ。
「どうしました?」
ルシアは僕に気がつき、顔を横に向けた。
やばすぎる……これ……キスの距離だよ。
「な……なんでも……なんでもないよ」
「蘭丸。お顔が赤いですよ? 熱でもあるんですか?」
ルシアはそのまま僕の額に自分の額をくっつけた。
あ――――! 僕はプリーストだ! 煩悩よ消えろ――――!
「熱はないみたいですね。疲れているからでしょうか?」
違うよ。ルシアのせい。
「た……多分」
「私、誰かと一緒に寝るなんて初めてです」
「そ……そうだよね」
「だから……凄く嬉しいです」
「そ……そっか」
ルシアはこんな純粋なのに僕は……なんか爆発しそう。
「手、繋いでもいいですか?」
「えっ?」
うん、ダメだよ。僕死んじゃう。
「ダメですか?」
「……い……いいよ」
ルシアは僕の手を握った。
そして体も僕の方に向けたまま目を瞑った。
「あたらめて、おやすみなさい」
「う……うん。おやすみ」
ルシア……純粋ゆえに残酷だよ。
それにシスターに手を出すわけにもいかないでしょ。
むしろルシアはエッチなこと知ってるのかな?
あ――! やばい! やばい! 何も考えるな! 考えるな――!
結局、僕は一睡もできなかった。
「おはようございます、蘭丸! いい朝ですね」
「あ……うん。おはよ」
「どうしたのです? よく眠れませんでしたか?」
アンタのせいだよ!
「そんなことないよ。ぐっすり寝たから」
「なら良かったです。では朝食にしましょう」
僕達はパンを食べて、テイクエルスへと向かった。
一時間ほど森の中を歩くと人が歩けるような道にでた。
「あ、道だ」
「この道をずっと歩いていけばテイクエルスに着くようです。先ほど地図を見たらそう書かれていました」
「でもルシアは凄いね」
「何がですか?」
「僕が元いた世界では女性は地図を見るのが苦手って言われてるんだよ」
「この世界で人が魔族にするのと一緒ですね」
「どういうこと」
「それは差別です。女性も地図は読めます。蘭丸の世界でもきっとそうですよ」
「確かに。そうだよね」
「はい。蘭丸がもし元の世界へ戻ったら女性も地図が読めると皆に広めてくださいね」
「僕、戻れるのかな?」
「イライアス様に聞いてみたらどうですか?」
「そうだね、次会った時に聞いてみるよ」
「それがよろ……ら……蘭丸……」
「どうしたの?」
ルシアは驚いた顔で僕を見ている。
「ねぇ、ルシア、どうしたの?」
「あ……頭」
ルシアは僕の頭を指差した。
「頭?」
ん?
何か頭から生えてる。
凄く硬い。まるで骨のようだ。
まさか……。
「蘭丸……ツノ生えてきてます……」
「あ……本当だ」
「このままだとまずいですね」
「ルシアに魔法かけてもらいたいけど……平気かな?」
「もう少しテイクエルスに近づいてからなら平気かと。とにかく誰か近づいてくる気配がしたら森へ飛び込みましょう」
「そ……そうだね」
僕達は警戒しながら道を進み始めた。
幸い、誰にも会うことなくテイクエルスが見えていきた。
サリスマレのように大きくなく、それこそ村というのが似合うようなところだ。
「そろそろ魔法かけましょう」
「ああ、頼むよ」
ルシアにツノを隠す魔法をかけてもらった。
「さすがルシア! ツノがなくなったよ」
「ありがとうございます。私の魔法が役立って嬉しいです」
「僕の方こそありがとうだよ」
「どういたしまして。今日はまず宿を取りましょう」
「そうだね……あのさ……恐ろしいことに気づいたんだけど」
「なんでしょう?」
「僕……お金持ってないよ」
すっかり忘れていた。お金という存在を。
何をやってるんだか。
「安心してください。私が持ってますから」
ルシアはそういうと小さな布袋を出した。
中にはたくさんの金貨が入っていた。
「えっ!? こんなに!? ルシアなんでお金持ってるのさ! ずっと教会にいて必要なかったでしょ!?」
「お助けした方々にお礼としてもらったものを集めておりました。それと神父様が残したものです」
「そういうことだったのね。でもいいの? 使っちゃって」
「ええ。是非使ってください」
そして僕達は宿屋に向かった。
「いらっしゃい」
宿屋に入ると、元気な亭主が出迎えてくれた。
「お部屋は空いてますでしょうか?」
ルシアが亭主に聞いてくれた。
「空いてるよ! それにしても神父さんとシスターさんがくるなんて珍しいね!」
「各地の教会を回り、信仰を深めておりますので」
「ここにも教会があるから来たんだな」
「ええ、明日にでも教会の方へ伺います」
「そうかい! それにしてもあんた美人なシスターさんだな」
「ありがとうございます。ご主人様もとても素敵でいらっしゃいますよ」
「あはは! お世辞もうまいもんだな! 部屋はふたつにするかい?それともひとつにするかい?」
「ひとつでお願いします」
「待って! 待って! ふたつ! ふたつにしようよ!」
僕は急いで話に割って入った。
「ダメです。旅は長いのでわがまま言わず我慢してください」
ルシアに即却下された。
「で、どうするんだい?」
亭主はニヤニヤしながらルシアに聞いた。
「お部屋はひとつでお願いします」
「ベットはふたつにするかい? ひとつにするかい?」
「料金は変わりますか?」
「そりゃひとつの方が安いけど」
「ではひとつで」
「ルシア! 頼む! ベットだけは! ふたつ、ふたつにしよう、ね?」
僕は再度、話に割って入った。
「私と寝るのが嫌なのですか?」
「そういうことじゃないんだよ……」
僕らのやりとりを見て、亭主はガハハと声を出して笑った。
「おい、やたらと若い神父さんだな」
「ええ、彼は特別な推薦を受けたため若くして神父を務めております」
「そうなんだな。なぁシスターさんよ、男ってのはな、色々大変なんだよ。ひとりでゆっくり寝たい時もあるもんなんだよ。神父さんみたいに若ければ特にそうなんだよ」
亭主はそういうと僕に向かってウインクをした。
「分かりました、仕方ありませんね。ベットはふたつでお願いします」
「はいよ! これ鍵な」
亭主はルシアに鍵を渡した。
「神父様行きますよ」
ルシアは少し怒ったように僕に声をかけた。
「神のご加護がありますように」
僕はそう言いながら亭主の手を握った。
「神父って言ったって男だもんな。頑張れよ兄ちゃん」
「はいっ! ありがとうございます!」
「何してるんですか? 行きますよ」
「あ、ごめん! ごめん!」
亭主、僕にとってあんたは救世主だよ。
フラれて異世界来たら彼女なんかいらなくなった。そして僕は君になる。 夢愛菫 @yomeasmi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。フラれて異世界来たら彼女なんかいらなくなった。そして僕は君になる。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます