第2話 勝者の過ちは美談となる


 ど、どうしよう。


 僕は彼女が何をしたかも分からない。もしかしたら大きな過ちを犯したのかもしれない。でも、このタイミングで彼女に出会ったのは何か意味があるのかもしれないと思った。


「体張って彼女を逃せば良かったのに。むしろ自殺するくらいなら彼女を守って死ねば君も今こんな気持ちではなかったんじゃないかな。君は弱虫だね」

 

 神が言った言葉を僕は思い出した。そう、その通りだ。過去に戻れるなら涼帆を守りたい、それで死ぬんだったらそれでいい。今だったらそう思う。


「今、この下等な生物の首を落として見せよう!」

 兵士の男が言うと、群衆が歓声を上げた。


 よく見ると涼帆は胸下くらいまでの長い髪をしていたが、彼女は肩上ぐらいまでしかない。似てはいるけど別人なのは分かる。でも、何もしなければきっとまた後悔する。


 どうしたら彼女を助けることができるんだろうか?見たところ兵士の男には仲間はおらず、一人だ。もし、あの男を何とかできても群衆が邪魔をするかもしれない。いやいや、考えてる間にあの子が殺されてしまう!行くしかない!


 僕は全力で走り出した。


「ん?」

 兵士の男が僕に気づいた時には遅かった。


 僕は男に体当たりをした。そして男の体は吹っ飛び、持っていた剣を落とした。


 やった! 僕はすかさず剣を拾い上げた。


「見たか!これが陸上部部長の脚力だよ!」

 男に剣を向け、僕は言った。

「なんなんだ貴様は! コイツの仲間か!」

 男は立ち上がろうとしたが、僕は男の首元に剣を近づけた。

「動くな! う、動くと、こ、こ、殺すからな!」

 男は黙って頷いた。


「お、おい。そこのあなた! こっちに来い!」

 僕は群衆の一人に声をかけた。弱そうな痩せこけたおじいさんだ。

「わ、私ですか? な、なんでしょう?」

「すみませんが、この子のロープを解いてください」

 おじいさんは、オロオロしながら彼女の近くにしゃがみ込みロープを解き始めた。


「わあああ!」

 群衆たちが叫び出し、逃げ出し始めていった。


 ロープが解けた彼女は立ち上がり、手首をさすっていた。彼女は奴隷のような布だけの服装で、赤い綺麗な眼をしていた。本当に涼帆に似ている。

 

「だ、大丈夫? は、早く逃げな」

 僕は彼女に言った。

「君はどうするの?」

「な、なんとかするさ」

「コイツの仲間が来て、殺されるよ」

「そうなったら……いや、そうなってもいいさ」


 遠くからサイレンの音がした。きっと仲間が来るんだろう。

 

「わたしは……」

 ロープを解いてくれたおじいさんが僕を見ながら震えていた。

「おじいさん、ありがとうございました。帰って大丈夫ですよ」

 僕はそう言い、軽く頭を下げると、おじいさんも軽く頭を下げ、何処かへ駆けて言った。

 

「貴様ら皆殺しだ!」

 兵士のような男が叫んだ。

「うるさい」

 彼女は男に広げた手を向けた。

「や、やめろ」

 男は身構えた。

「雷(いかづち)が生み出す、麻痺の力」

「うあああ!」

 男の体に電気のようなものが流れ、目を開いたままその場に倒れた。


「うわぁ、すげ」

 思わず声が漏れてしまった。


「掴まって」

 彼女は僕の方に手を伸ばした。僕は彼女の手を取った。


「風が生み出す、飛行の力」

 地面から風が沸き起こり、彼女と僕の体が浮び、空へと上昇した。

「わ、わぁ」

 僕は思わず、彼女の手を両手で握ってしまった。

「大丈夫、怖くないよ」

 彼女はそう言うと僕の手に手を重ねた。その瞬間だった、急に体が横方向に引っ張られたように、ものすごいスピードで移動を始めた。

「わああ! 死ぬ!」

「さっき殺されるよって言ったら君はいいって言ってたじゃん」

 彼女は笑顔でそう言った。

「あれはあれだよ!」

「あはは! 何それ! 君、面白いね!でも大丈夫、私の手を離さなきゃ落ちることはないから」

「ああ、良かった」

「あのさ、どうして君は私を助けてくれたの?」

「いや、だって同じ歳くらいの女の子が殺されそうになっていたら助けるでしょ?」

「女の子? 私のこと?」

「えぇ? もしかして男!?」

「あはは! ちゃんと女の子だよ! そういう意味じゃないよ!」

「えぇ、どういう意味?」

「私、魔族だよ?」

「ま、魔族!?」

「君人間でしょ? どっからどう見ても人間だよね? それにこの国の人じゃないでしょ?」

「ま、まぁ、人間だよ。あと……そ、そう! 他の国からきた!」

 一応、違う世界から来たことは黙っていよう。

「やっぱり! 他の国の人だよね!」

「う、うん。でも、僕には君もどう見ても人間にしか見えないけど」

「魔法で角隠してるし、髪色も変えてるからね」

 彼女がそう言うと小さな二本の角が頭から出てきて、髪色がチョコレートブラウンからダークレッドに変わった。

「す、すげぇ!か、カッコ良すぎるだろ!」

 僕の言葉を聞いた瞬間、移動していた彼女と僕の体が止まった。

「かっこいい? 本当に!?」

 彼女は僕の手を両手で掴み、キラキラした目をして言った。

「う、うん。かっかっこいいよ」

 僕は恥ずかしくて、きっと顔が赤くなってしまっていた。

「人間にそんなこと言われたの初めてだよ! 君は他の人間とは違うよ!」

「そ、そうかな? 僕は普通だと思うけど」

「全然違う! ごめんね、本当は適当なところで君を下ろして別れようと思ってたんだけど……私の村まで一緒に来てよ」

「あ、うん」

「私はカタリナ! 君の名前は?」

「僕は蘭丸」

「よろしくね、蘭丸!」

 彼女は言うなり、再び移動を始めた。

 

 カタリナは移動しながら教えてくれた。この国の人は魔族を嫌っているらしい。昔、魔族と人間の戦争が起きた。その際に魔王が殺され、人間側が勝ち、それからこの国では魔族への差別、迫害が始まったらしい。カタリナは仲間と一緒にその差別や迫害をなくすために反対運動をしていたところ捕まってしまったという話だった。


 僕はこの話を聞いて安心した。助けたカタリナが悪人だったらどうしようかと思っていたからだ。


 カタリナはとにかく僕のいた国に凄く興味があるようだった。いろんなことを聞いてきた。食べてるものだったり、どんな遊びをしてるかだったり、恋愛のことだったり……。


「蘭丸どうしたの?」

「ん? いやなんでもないよ」

 僕は黙ってしまっていた。

「それで、残してきた恋人はいるの?」

「……いた……かな?」

「いた?」

「もう、会うことはないんだ……」

「別れたの?」

「う、うん」

「あ、ごめんね、誰にでも聞かれたくないことあるよね」

 カタリナは気まずそうにいった。

「いや、いいんだ。僕が悪かったから」

「でも、今はいないから私ときたんでしょ?」

「そ、そうだね」

「やった!」

「何が?」

 彼女がなぜか喜んでることがわかった。


 それから数分して彼女の住んでる村に着いた。村は森の中にひっそりと存在していた。


「ここが私の村、ククル村だよ」

「ククル村か」

 入り口には木でできたアーチがあり、ククル村と書かれた看板が掲げられていた。ちゃんと文字も読めるようで安心した。

 

「ただいま!」

 カタリナは入り口付近で座っていた男に声をかけた。

「か、カタリナ! 生きていたのか! 良かった!」

 男は立ち上がり、カタリナを抱きしめた。

「苦しいよ!」

「こ、殺されてしまったかと……あっじいさん呼んでくるわ」

 男は駆けて何処かに行ってしまった。

「村長を呼びに行ったんだよ」

 カタリナが僕に言った。

「そうなんだね」


 それから村長と村人が何人かやってきた。


「カタリナ、本当に良かった。怪我はないか?」

 高齢の村長はそう言いながらカタリナの肩を叩いた。

「大丈夫! 蘭丸が助けてくれたから」

「蘭丸? この方か?」

 村長が僕の方を見た。

 

「ど、どうも」

「あぁ、ありがとう。本当にありがとう」

 村長はお礼を言いながら頭を下げると、後ろにいた人達も頭を下げた。


「私こんな布いつまでも着てられないよ、着替えてくる!」

 捕まった時に奴隷のような服に着替えろと言われ、渡されたらしい。


「蘭丸行こっ!」

 カタリナは僕の腕を掴んだ。


「待ってください、蘭丸殿。 お疲れのところ申し訳ないがあなたに聞きたいことがある、少しワシのところへ来てくれないだろうか?」

「え? 僕ですか?」

「左様、カタリナを助けていただいた恩人のあなたに無礼を働くつもりは一切ありません。ただこのような世の中ですから私たちも警戒しているのです」

「わ、わかりました」

 村長の言うことは分かる、彼らからしたら得体の知れない存在だよな僕。


「じゃあ、また後でね」

 カタリナは僕の手を離し、駆けていった。


「それではこちらへ」

 僕は村長に付いて行った。


 ククル村の建物は綺麗な木の家ばかりで、この村の人は凄い技術力だなと思った。そんなことを考えながら歩いていると、村長の家らしき場所に到着した。僕は案内されるがまま、席に着いた。部屋は大きな机が置いてあるだけの会議室のような場所だった。


「さて、改めてお礼を言わせてもらおう蘭丸殿。カタリナを助けてくれて本当にありがとう」

「いえいえ、偶然ですよ」

「偶然とは?」

「通りかかった所に捕まったカタリナがいたんです。だから助けないとって思ったんです」

「魔族をですか?」

「はい、その時は魔族だって分からなかったですけど、きっと魔族って分かっていても助けていたと思います」

「この国の国民は我々魔族を嫌っています。殺すことも厭わない、そのような人ばかりですのに蘭丸殿は珍しいですな。理由などはおありかな?」

「僕は差別しませんよ、この国の人間じゃないんで」

「な、なんと。驚きました、人間からそんな言葉を聞ける日が来るなんて」

 村長はそう言うと目頭を指で押さえた。


「おい、おい、じいさん。客人の前で失礼だろ?」

 村長の隣にいた男がハンカチのようなものを村長に渡した。村の入り口であった男だ。


「失礼した蘭丸殿、我々も人間から隠れ、隠れ生きているもので、カタリナが人間を連れてきた時に少し怖かったんじゃよ。それなのにそのような言葉を聞けてワシは本当に嬉しかった」

「そ、そうでしたか……」

 僕はそれ以上何も言えなかった。

「それにしても、カタリナを助けるなんて腕に自信があるんですな」

「いえ、全くないですよ」

「え? ならどうして助けたんじゃ? 殺されてもおかしくないじゃろ?」

 村長と周りの人たちは警戒した表情に一変した。

「あの、似てたんですカタリナが……大切な人に。だから守りたかったんです、殺されても」

 村長は安心したようにため息を着いた。

「蘭丸殿は凄く勇敢なんですな」

「そうじゃないんですよ。僕はその大切な人にもう二度と会えません、だからカタリナを見た時、再び失ってしまうような気がして、怖かったんです」

「おお、そうでしたか。カタリナはいい子ですぞ」

「はい、僕もそう思います」

 

 それから村長が「客人に対して茶も入れんのかお前らは!」と言い、飲み物やフルーツを用意してくれた。


「大したものは出せぬが遠慮せずに」

「ありがとうございます」

「それにしてもどうして、蘭丸殿はこの国に来のですかな?」

「僕が来た理由ですか?」

「そうじゃ」


 なんと答えればいいんだろう。もしかしたら情報をくれるかも知れない、でも神は魔王を倒そうとしている、魔族の人達からしたら魔王はその名の通り王様なんだから僕を敵として見るんじゃないかな?なんと言うか。


「いや、実は……」


 バンっ! という音と共に後ろの扉が勢いよく開いた。


「お待たせ蘭丸!」

「カタリナ!」

 タイミング最高。


「カタリナよ、もっと優しく扉を開けてくれないかの。壊れてしまう」

「えへへ、ごめんね村長! 話は終わった?」

「終わりじゃよ」

 僕は胸を撫で下ろした。

 

「ところでさ蘭丸はなんでこの国に来たの?」

 カタリナはニコニコしながら聞いてきた。


 お、おい勘弁してくれよ! 僕は心の中で叫んだ。


「何を言っとるんじゃカタリナ。お主ももう分かっているんではないか」

 村長がふふふっと笑うように言った。

「うん、ま、まぁ」

 カタリナは下を向いて答えた。


 え、僕分からないんだけど。もしかして村長にバレた!?


「言っていいかな? 蘭丸殿」

「は、はい」

 僕は恐る、恐る聞いた。

 

「嫁を探しに来たんじゃよな?」

「は?」

 何言ってんだこのじいさん?


「男同士の話だから言えない部分もあるが、カタリナ、ソナタを失いたくなかったんじゃとよ。だから命を駆けて守ったんじゃ。それにいい子だと言っておったぞ」


「そんなこと……言わなくても分かってたよ」

 カタリナは後ろを向いた。


 このじいさん、ちゃんと話聞いてた?


「なぁ、皆も聞いたじゃろ?」

 周りの人達は「うん、うん、その通り」と言うように頷いていた。


「ま、待ってください!」

 僕は立ち上がり言った。

 

「大丈夫! 結婚は急がないから。ゆっくりお互いのペースで進んでいこ。ね?」

 カタリナは僕のそばに来て手を握った。

「え、えぇ〜!」

「皆さん! カタリナ・イライアス・コールフィールドと蘭丸……なんとかは婚約しました!」

 カタリナはそう言うと僕に抱きついた。

「蘭丸 陽向だよ。てか、苗字も知らない人と婚約していいのかなこの子……」

「蘭丸のこと大好きだからいいの!」

 何故か僕は婚約をさせられてしまった。


 それから、この世界にいる理由も話せないまま、嫁探しできたということになり、僕はカタリナと暮らすことになった。


 涼帆のことを考えると、僕が原因であんなことが起きたのにカタリナと恋愛をするなんてできないと思っていた。でも時間が経てば経つほど、カタリナに魅かれていった。


 そして、なにも魔王に対する手がかりもない中、正直どうしたらいいか分からなかった。だからククル村で魔王のことを調べようと思った。


 まずククル村で暮らしていて分かったことが『反乱軍』の存在だ。魔族は基本的に反乱軍に属しているらしく、この村の住民も反乱軍に属していた。


 カタリナが捕まっていた理由もその反乱軍での活動が原因だった。カタリナは反乱軍の活動で、僕が最初にいた街『サリスマレ』の軍隊規模などを調べていた。そうしたら突然カタリナを捕らえた男に話かけられ、一緒に飲み行くよう誘われたらしい。

 

 でもカタリナが断ったところ、逆上し無理やり連れて行こうとしたらしく、手を離させるために魔法を使ったところ、魔族とバレたらしい。その理由はこの世界で魔法が使える人間は珍しく、あの街でも魔法を使える人間は少ないため、身分証の提示を求められたようだ。出す身分証がなかったカタリナは逃げ出そうとしたところ、対魔族用に開発された『魔封じの棒』というもので殴られ、身動きが取れなくなったところ『魔封じのロープ』で拘束されたらしい。


 対魔族用の道具を使われると人間には効果はないが、魔族の場合、動く原動力であるマナを封じ込められるため、カタリナは動けずにいたようだ。


 僕はその話を聞いてから魔法を知る必要があると思い、魔法のことをカタリナに、聞くようになった。

 

 魔族は体内で魔法の源であるマナが生成されるため、生まれつき魔法が使える。人間はマナを体内で生成することができないため、相当な年月をかけ、訓練を受けないと魔法を使えるようにはならないらしい。ただ、稀に生まれつきマナを生成できる人間もいるとのことだった。当然、僕はその「稀」な人間ではなかった。


「相当難しそうだね、使えるようになるまで何年もかかるんだ……」

「でも蘭丸なら大丈夫だって!」

「なんでさ?」

「ん……分かんないけど、なんかそんな気がする」


 そしてカタリナは僕に魔法を教えると言い出した。僕はカタリナに言われるがまま、カタリナや村の人々に毎日、魔法を教わることになった。

 

 それから半年の月日が流れた。

 

 僕は農作業をする仕事を与えてもらった。それに友達もできた。この村に来た時、入り口に座っていた男だ。彼の名前はイザーク、彼は村長の孫で僕のことを色々とサポートしてくれる。年齢は僕より十以上も上で、結婚しており、子供も二人いる。だけど、まるで同い年のように接してくれる親友だ。


 イザークは僕の武術の先生でもある。体術はもちろん、剣術も教えてくれる凄腕の先生だ。今日はそんなイザークとふたりで作業だ。

 

「なぁ蘭丸」

 イザークが畑を耕しながら話しかけてきた。

「どうしたの?」

「カタリナがウチの嫁さんに『蘭丸は何もしない!』って文句言ってたらしいぞ?」

「でも、できる限り家事は両立してるよ?」

「はぁ? そういうことじゃねぇんだよ。半年も経つのに抱きしめ合う以上進まないって言ってたんだとよ」

「そ、それは……」

「なんだ、前に言ってた昔の女か?」

「ま、まぁ」

「お前な? 男だけだぞ、『彼女はまだ俺のこと好きなんだ絶対!』とか思ってるの」

「いやいや、そう思ってるわけじゃないけど」

「女の方が切り替え早いんだから、新しい男とっくに見つけてるぞ」

「そ、そうかな?」

「あぁ、絶対」


 僕はそうなら、それでいいと思った。涼帆が立ち直ってくれて、新しい一歩が踏み出せたのであれば、そんな嬉しいことはない。ただ彼女が立ち直れずにまだいるなら……そう考えると僕は幸せになってはいけない気がした。


「まぁ、正直昔の女引きづんなって俺が言ったところでお前の気持ちなんだから変えることはできない。でもな、カタリナの気持ちも考えてみろ? 会えない奴のこと考えることが出来るんだったら、会える奴のことを考えて、大切にする努力したっていいんじゃねぇか?」

「う、うん。そうだよな」


 イザークの言うことは正しい。正論すぎて僕の心に突き刺さる。カタリナが求めてくれるんだったら、僕も一歩踏み出さないといけないと思った。


「ただいま〜」

「おかえり!」

 カタリナは家に入った途端抱きついてきた。いつものことだ。

「カタリナは今日何してたの?」

「私はね〜、はい!コレ!」

 カタリナは僕の腕を掴み、何かを巻いてきた。

「えっ、ミサンガじゃん!」

「ミサンガ? 何それ?」

「僕の国では、これのことミサンガって言うんだよ。ずっとこれをつけていて、切れた時には願いが叶うってやつ!」

「へぇ〜、コレは『最愛の輪』って言うんだよ」

「最愛の輪?」

「うん! 今日はこれを作るために丈夫で切れにくい硬網樹(こうもうじゅ)のツルを取りに行ってたんだ。それに私の髪の毛も一緒に編んであるの!」

「えっ!? ちょっと怖くない?」

「何よ! 蘭丸ひどい!」

 カタリナは頬を膨らませ、僕の肩をポンポンと叩いてきた。

「ごめん! ごめん! そんなことないよ! あはは」

「もう! 私の髪の毛にも少量のマナが含まれているの。だから愛する人を守ってくれるお守りなんだ」

「そうなんだね、ありがとう」

「実はこの最愛の輪っていうのは人間から教わったんだ」

「えっ? 人間から」

「そう、蘭丸以外に唯一魔族をちゃんと扱ってくれる人」

「へぇ〜そんな人いたんだ」

「教会のシスターさんなんだけど、蘭丸、最愛の教会って知ってる?」

「いや、初めて聞いた」

「最愛の教会っていうのは選ばれた人の前にしか現れないの。私とお姉ちゃんはそこでシスターさんのお世話になったことがあって、その時に教えてもらったの」

「最愛の教会か、僕もいけるかな」

「そのうち行けるよ、だって、まだまだ蘭丸は弱いから」

「どういう意味だよそれ! でも、下級魔法を少し使えるようになったよ」

「どのくらい?」

「水……チョロチョロ」

「……」


 ちなみに魔法にはランクと属性がある。ランクとは、下級、中級、上級と魔法がランク付けされており、威力や効果などによって分類されている。下級魔法は、戦闘で使えない訳もないが、主に日常生活で使うような魔法だ。中級魔法から本格的な戦闘や治療に用いられる。上級はそれこそ、魔物(マナを持つ動物だよってカタリナは言っていた)との戦闘や戦争などで使われる強力な魔法らしい。


 属性とは、火・水・風・土・雷・闇・光・心の八属性がある。その中の火・水・風・土・雷の五属性が基本属性と呼ばれ、闇と光は珍しく、高属性と言われている。心は使えるって話を聞いたことないレベルで最高属性と言われているらしい。


 ただ、高属性と最高属性魔法は、その加護を受けたベース属性を持つものしか使えない。ベース属性とはマナのベースになっている属性のことを言い、生まれつき決まっているらしい。マナはそれぞれの属性をベースに生成されるため、ベース属性の魔法が一番得意になるという。他の属性魔法を使える人もいれば、ベース属性しか使えない人もいたりと個人差ありみたいだ。


 そして、個人が持つベース属性は、それぞれの属性を司る神に授かったものと言われているため、加護と呼ばれている。

 例えば、火のベース属性を持っていたら、火の加護を受けたということになるようだ。


「でもさ、蘭丸は本当すごいよ! こんな短期間で水魔法使えるようになるなんて! きっと加護は水だよ!」

「そうかな? みんなこのレベルだとどのくらいでできるようになるの?」

「あの……えっと、三歳ぐらい?」

「……」

「でもそれは魔族の話だよ? 蘭丸だったらすぐ上級だってできるようになるから!」

「その優しい言葉が逆に辛いわ、泣きそう……」

「明日私が上級魔法を見せてあげるから泣かないで?」

「本当に! 楽しみ!」

 

 次の日、僕とカタリナは辺に何もない荒野に来た。

「蘭丸、私の真横に来て。離れないでね」

「う、うん」

 僕は唾を飲んだ。


「上級魔法……」

 カタリナはスッと左腕を上空に向けた。

 

「闇と火が生み出す、黒炎の渦よ」

 辺りの空気がカタリナの方へ集まっていく気がした。


 そして、頭上に大きな黒い炎の玉が現れた。

 

「闇を司る神、イライアスから受け継がれし力よ。破壊の限りを示せ」

 黒炎の玉が地面に落ち、もの凄い爆風が僕らを襲った。吹き付ける風も熱を帯び凄く暑い。


「うわああ!」

 少しでも力を抜けば後ろに吹き飛ばされそうだ。


 徐々に風が止み、目を開けると前には直径五メートルはあるクレーターができていた。


「う……嘘だろ!?」

 カタリナがこんなに凄いなんて知らなかった。

「えへへ! 凄いでしょ?」

「凄すぎだよ。というか、カタリナって闇魔法の使い手だったんだね。カッコイイ!」

「えへへ。 それに火を組み合わせた上級魔法! 惚れたでしょ?」

「もう惚れてますよカタリナ様」

「うん、知ってる〜! それじゃ今から教えるから闇魔法!」

「できる訳ないだろ!」


 カタリナは何を言っても聞かずに、出来もしない上級魔法を教え始めた。一日中。


 それからカタリナは時間があれば闇と火の上級魔法を僕に教えた。当然できる訳なかったが。


 ある日僕はカタリナに言った。

「カタリナ。凄い魔法を教えてくれるのは嬉しいけど、難易度高すぎるからせめて中級魔法教えてよ」

「それはダメ」

「どうして?」

「蘭丸なら絶対できるから」

「僕には……無理だよ、闇の加護もないんだから」

「それはそう言われてるってだけの話でしょ? 蘭丸はどうしていつもそうなの? 僕には無理とか、できないばっか。何か本気で頑張って手に入れたものはないの?」

「……それは」

 涼帆の顔が浮かんだ。

「あるの? なに?」

「いや……なんでもない」

「言ってよ」

「やだよ」

「どうして」

「カタリナに嫌な思いさせるから」

「蘭丸がする話ならなんでも聞くよ。嫌なことなんてなにひとつないから」

「本当に何話してもいいの?」

「うん、いいよ」

 僕は完全にカタリナの言葉に甘えてしまった。そして、涼帆との出会いからあの事件までの話をしてしまった。


「ごめん、嫌な話をして」

 カタリナはなにも言わず、僕のことを抱きしめた。

「蘭丸、辛かったんだね」

 僕は彼女の一言に涙が溢れた。

「ぼ、僕がいけなかったんだよ……」

「そうかもしれないね。その子にも酷いことをしたと思う、でも……」

「うん」

「でも、私は蘭丸が大好きだから、前に何をしたかなんて関係ないよ。だって蘭丸は私のことを命をかけて守ってくれたんだから。その女の子との事件がなかったら、蘭丸が私のこと助けてくれなかったかもしれないし。こんなこと言ったら本当に酷いって思うけど、蘭丸はその事件のおかげで強くなったんだって思うの」


 僕は涙が溢れて、何も言えなかった。


「もうその子じゃなくて、私だけ見て欲しい」

 カタリナはそういうと肩を掴み、僕の目を見つめた。

「ごめん、その女の子に悪いことした、申し訳ないっていう気持ちは捨てられない。でも!」

「でも?」

「僕はもう、カタリナの事しか見てない、いや……見えないよ。まだ情けなくて弱い僕だけど、頑張って君を守れる男になるから、だから……」

「うん」

「だから、その時は僕と結婚して欲しい!」

 婚約してるけど、僕から必ず言わなければいけないことだとずっと思ってた。

「もう何言ってるの……蘭丸以外となんか結婚したくないよ、絶対しないから」

 カタリナは優しく微笑み、そしてルビーのように美しい赤い眼から一粒の涙がこぼれ落ちた。

「心から……心から愛してるよ」

「私も愛してる」


 カタリナはゆっくり目を瞑った。


 僕は彼女の唇に唇を重ねた。


 そしてその日初めてカタリナと同じベッドで眠りについた。




 そして次の日の朝、僕は農作業があったから出かけることに。


「それじゃ、いってくるね」

「いってらっしゃい!」

 カタリナは僕に近づきキスをした。

「愛してるよカタリナ」

「私も愛してる! 大好きだよ蘭丸!」

 僕はひと時も彼女から離れたくないと思った。


 それから僕はテンションが高すぎて、スキップをしながら農場に向かった。「蘭丸さんご機嫌だね」なんて洗濯物を干しているご婦人に言われるくらいだ。



「おはよ! イザーク!」

 僕は先に来ていたイザークの肩を叩いた。

「お、おう。なんだよ朝から元気だな」

「まぁね! おし!今日も頑張ろうじゃないか!」

「なんだよ、気持ち悪りぃな。あはは」


 その日の仕事は今までで一番捗ったと思う。イザークに「少し落ち着けよ」って言われるくらい。


 こんな最高な気持ちも生活、友達に魔法、全部カタリナにもらったんだ。本当にありがとう。早く帰って彼女を抱きしめたい。


 無我夢中で仕事をしていると、夕方になり、作業の終了時間までもう少しとなった。


 そんな時だった。


「蘭丸殿!」

「あっ村長! どうし……」


 村長の姿を見て、言葉が出なくなった。村長の頭からは血が流れ、息を切らしやってきたのだから。

「じ、じいさん!」

 イザークが駆け寄り、首にかけていたタオルで村長のおでこを抑えた。


「結界が張ってあって、人間にここはバレないはずだった、それなのに……」

「どうしたんだよ……じいさん、なにがあったんだよ」


 村長は涙を流しながら言った。

「カタリナが……早く家に戻るのじゃ」


 僕は全力で駆け出した。


 

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