フラれて異世界来たら彼女なんかいらなくなった。そして僕は君になる。

夢愛菫

愛する気持ちをありがとう

第1話 平和のために選んだ選択


 

「蘭丸くん。君は逃げただけだよ」

 書斎のような部屋で長い髪を後ろで束た、シャツにベスト姿の男はそう言うと、

部屋の中央で頭を抱え座り込む僕の前に立った。

 

 まるで貴族のような貫禄がある。

 そして男は続けた。


「もう一度思い出してみなよ、あの時のこと」

 

 あぁ、あの時か……。


 思い出したくない、考えたくないんだよ。

 だって、思い出すと死にたくなる。


 なんて、何を考えているんだろう僕は。

 もう死んでるのにさ――。




 彼女との出会いは高校二年の春だった。

進級後のホームルームで学級委員を決めることになり、友人の勧めもあったため僕は立候補してみた。

今まで学級委員なんてやったことなかったけど、充実した学生生活を送るためにもやってみようと思った。


 学級委員は男女それぞれ一名のみ、立候補した人は何人かいたのでくじ引きで決めることに。

 

 くじが引かれ「陽向 蘭丸(ひなた らんまる)」と、僕の名前が読み上げられた。


 そして、女子で選ばれたのが彼女、三日月 涼帆(みかづき すずほ)だった。


 一年の時はクラスも違ったし、話す機会はなかったが涼帆のことは知っていた。

なぜなら男子の中で人気が高い女子だったからだ。

人気の理由は明るく優しい性格をしていて、誰にでも同じように接するからだ。


 そして見た目も群を抜いて可愛い! 身長は百六十センチ半ばでスラっとした長い足に、無駄に大きくないけど存在感のある胸、それと人形のように整った顔に綺麗なチョコレートブラウンカラーの長い髪。


 今まで他の男子のする女子の話とかは、バカらしいって思っていたけど、そんな考えこそバカだと、気づくことになる。


 涼帆はホームルーム後、僕の席までやってきた。


 彼女は髪を耳にかけながら「一緒に頑張ろうね、陽向くん」と微笑んだ。


 その瞬間、僕の頭に電気が走り、世界の見え方が変わった。

よくドラマなんかで、色のついていなかった世界に色がついたってセリフを聞くけど、こんな感覚なんだと思った。

そして、こんな気持ちは初めてで、これが恋だと気づいた。


 その日から僕は彼女の事ばかり考えるようになった。

他の男子が涼帆の話をしていると、積極的に話を聞くようにもなったし、付き合うためにはどうしたらいいか考え、がむしゃらに行動するようにもなった。


 髪型やファッションにそこまで興味がなかったのに気をつかうようになったし、母子家庭でひとりっ子の僕の家はお世辞にも裕福なんて言えなかったからお金が必要だった。

そのため、母が働く弁当屋にお願いして、アルバイトとして働かせてもらえるようにもなった。

そしてお給料が入ると、SNSで見つけた美容室に行ったり、オシャレな人をフォローしてファッションを真似るようにもした。


 ただ、普段から話しかければいいのだけど、そこまで勇気を出すことには陰キャ脱皮中の僕にはハードルが高かった。

だけど学級委員というチャンスが僕にはあると考え、その時間にできる限りアピールをした。


 涼帆にふさわしくなるにはスペックを上げるしかないと思い、部活にも熱が入る。上級生が部活を抜けた秋には陸上部の部長に選ばれることができた。

だけど告白する勇気が出ずに時間が過ぎて行った。


 気づけば年が明け、二月を迎えた。


 あぁ、もうすぐ高校二年生も終わる。


 このままではいけないと思い告白を考えるけど勇気が出ない。

焦りからかなんとか彼女と普段から話すようにもなり、委員の活動を理由に連絡先を交換して、毎日連絡を取り合う中にはなっていた。

だけど進展を感じることはできなかった。


 そして二月といえばバレンタインデーがあった。


 人当たりの良い涼帆は友達にはもちろん、クラスの男子達にもチョコを配っていた。

みんな義理とはわかっていても大いに喜んでいた。

 

 当然俺も他のみんなと同じ、ひと口サイズのチョコをもらった。嬉しいは嬉しいけど、喜べない僕を見て涼帆が「陽向くん、チョコ嫌い?」なんて聞いてきた。


「いやいや! 全然嫌いじゃないよ!」

 と、僕は焦って答えた。


 涼帆は笑顔で「良かった。じゃあまた後でね!」と言い、僕の元を離れた。


 あぁ、そっか今日は委員の活動があるんだなと考え、嬉しいんだけど悲しい微妙な気持ちになっていた。


 そして放課後の委員の活動時、涼帆と二人になった。

 

 話さなければと考えれば考えるほど、僕は何を話していいかわからなくて、黙って先生から頼まれた学習資料の整理をしていた。


「さっき陽向くんがチョコ嫌いって言ったらどうしようかと思ったよ」

 涼帆が沈黙を破ってくれた。

「別にチョコを全員にあげなくてもいいでしょ」

 なんて冷たい言葉を返してしまう。

「何言ってるの?」

 彼女は不思議そうな顔をしながら僕に近づいてきた。

「あっ! ごめん! なんか意味のわからないこと言っちゃったね」

 僕は、素直に謝った。

「ううん、意味わかってるよ」

 彼女はそう言うと、リボンが巻かれたハガキサイズの箱を僕に渡してきた。

「え?」

 僕は理解できず言葉が出なかった。

「陽向くんが欲しかったのはコレでしょ? たったひとつの本命チョコだよ」

 彼女は少し恥ずかしそうに言って、僕にチョコを押し付けた。


 僕はチョコを受け取るけど、驚きのあまり呆然としてしまった。


「ここまでしてるのに、まだ何も言ってくれないの? この先は陽向くんから聞ききたいの」

「この……先?」

「もう! 陽向くん分かりやすすぎるの! 私だけじゃなくて、クラスのみんな気づいてるよ」

「ま、マジかよ」

「それだけ?」


 僕は心臓が飛び出そうなほど緊張していた。

 もう、言うしかない。

 

「あ、あの…… 三日月さん? いや涼帆さん!僕はあなたが大好きです!僕の彼女になってください!」

 僕は叫んだ。

「もう、ダサいよ! でも、いいよ、こちらこそお願いします」

 彼女は言うなり、優しく微笑んだ。

「ねぇ、聞きたいんだけど、どうしてさっきみんなと同じチョコくれたの?」

 僕が質問すると涼帆は「ちょっといじわる……したかったんだ」とイタズラを楽しむ、小さな子供のような笑顔を浮かべながら言った。

 

 僕は大好きな涼帆と付き合うことができた。


 それから三年に進級し、クラスは別になったけど学校から一緒に帰ったり、休みの日にはデートしたりと純粋な恋愛をしていた。

 

 ただ弱虫な僕はその先に進む勇気が出ず、次はキスするを方法で悩んでいた。



 でも、そんな幸せで平和な日々が続くことはなかった。

 


 

 三年になり、ひと月が過ぎた五月のとある日、いつもと変わらず一緒に学校から帰っていた。

今日はファストフード店に寄り、話をしていたら十時を過ぎてしまった。

 遅いから家まで送ることにした僕は、学校からそんなに離れていない自宅を過ぎ、彼女の家へと向かった。


 僕は歩きで登校できる距離に住んでいるけど、涼帆は電車を利用して登下校している。

二駅先が最寄駅だから歩けなくないが、歩くとなれば三、四十分はかかる距離だ。

それにも関わらず涼帆は「歩いて帰りたい」と言った。


 今考えれば、僕のプライドを傷つけないよう涼帆はいつも、さりげなくリードしてくれていた。

きっとあの日も意気地のない僕のことを考えて、一歩踏み出すきっかけを作ってくれたんだ。


 それなのに、それなのに僕は――――。



 歩き始めて十分くらいの頃、僕らは大きな公園沿いの道を歩いていた。


 公園の中からはバイクの音や音楽、笑い騒ぐ声が聞こえてくる。

 

「ここはいつもこんな感じなの?」

 涼帆は眉をひそめながら聞いてきた。


「そうだね、なんかよく溜まってる人がいるよ」

 

 そんな会話をしている時だった。


「あれ? 蘭丸?」


 背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

 振り返ると、中学時代の同級生だった草加部 雄大(くさかべ ゆうだい)の姿があった。

 

 草加部は僕と背丈は変わらないが、金髪にニット帽、鼻や唇にたくさんピアスをつけていてパーカー姿、どっから見ても素行のいいように見えない。


 僕は草加部が昔から好きじゃなかった。理由は簡単で、中学時代の草加部は僕らのような大人しい連中に威張り散らしていたからだ。

ひどいイジメとまではいかなかったものの、イジメと変わらないようなイジり方をしてきたり、さりげなくパシリに使ったり、時には恐喝されたこともあった。


「お、おう。久しぶり」

 僕は強がり、作り笑いを浮かべながら答えた。


「え? なんだよ蘭丸、垢抜けたじゃん! 元気してたかよ〜」

 下品な笑いを浮かべながら草加部は僕の肩を叩いた。


「う、うん元気! 元気! ゆ、雄大は? ど、どうよ。げ、元気だった?」

 僕は涼帆の前でカッコつけ、仲の良いフリをした。下の名前でなんて呼んだこともなかったのに完全に強がったのだ。


「俺は変わらねえよ、つか彼女か?」

 草加部は涼帆を指差して言った。


「そ、そう。お、俺の彼女」

 そう言うと僕は、涼帆の肩を抱き寄せた。普段俺なんて自分のことを言わないし、こんなことをしたのも、この時が初めてだった。


 涼帆は無言で軽く頭を下げた。


「マジか! お前やるな! そんな可愛い子が彼女か!すげぇよ!」

 草加部のそんな言葉を聞いて僕は完全に調子に乗ってしまった。


「なぁ蘭丸! ちょっとこっちこいよ! 彼女紹介してくれたお礼に俺の仲間たちも紹介するからよ!」

 草加部は手招きしながら公園の中に入って行った。


「ねぇ、蘭丸くん帰ろ?」

 涼帆は不安そうな顔で僕にそう言った。


 僕はその言葉を聞いておくべきだった。


「大丈夫、中学の時の友達だから」

 この時の僕は、中学時代には対等に見てくれなかったやつに認められたと思ったんだ。


 そして公園の中に涼帆を連れて入って行ってしまった。


「おいみんな、これ同じ中学のやつ〜」

 草加部は僕をそう紹介した。

 

 そこにはガラの悪い男たちが七人いた。

スクターや単車が数台あり、地べたに座り込んで酒を飲んだりタバコを吸っている。

それに、スプーンの上に乗せた何かをライターで温め、注射器で吸い取っているやつもいた。

置かれたスピーカーからは音楽が流れていて、本来は公園の一角なのにおかしな場所に来てしまった感じがした。

 

 中でも一番大柄な男が立ち上がって僕の方へと近づいてきた。


 その男は百八十センチを超える長身で、短髪にTシャツ。

腕は刺青だらけ。

 

「雄大、仲良いのかコイツ」

 男は僕を指差しながら言った。

 

「勘弁してくださいよ、アキラ先輩。仲良いわけないじゃないっすか」

 草加部は笑いながら言うと、缶ビールの蓋を開けた。


「そうか、じゃあ帰っていいぞ」

 アキラはそういうと手で追い払う仕草をした。


「あ、は、はい」

 完全にビビってしまっていた僕は草加部の言ったことなんて気にせず言われた通り帰ろとした。


「い、いこ」

 僕は涼帆に声をかけた。


「おい、何言ってんだよ。帰んのはお前だけだよ。女は置いてけ」

 アキラは低い声で言った。


 その瞬間、血の気が引いてくことがわかった。


「で、でも僕の彼女なんです」

 なんとか声を振り絞りアキラに言った。


「それが俺になんの関係があんだよ」

 アキラは言うなり涼帆の手を引っ張った。


「私帰ります! 話してください!」

 涼帆はアキラに強い口調で言った。


「お前、誰に口聞いてんのかわかってんのかよ」

 アキラはそう言うなり、涼帆の頬を叩いた。


 涼帆は頬を抑えながら、今にも泣き出しそうなのにグッと堪えていた。


 僕はスマホをポケットからだし、動画を撮り始めた。


「今すぐ彼女から手を離せ! しょ、証拠も取ってるからな! か、彼女を離さないと警察を呼ぶぞ! お、お前たちがやってるそれ薬だろ? 暴力だけでなく薬でも逮捕されることになるぞ!」


 僕は彼女を守るにはこれしかないと思ったんだ、これが最善の策だと。


 だけど、そんな僕を見てアキラ達は笑い始めた。


「わかった、わかったよ蘭丸。落ち着けって」

 そう言いながら草加部が近づいてきた。


「く、くるな! それ以上近づくと警察に電話するぞ!」

 僕がそう言った瞬間だった、急に足に力が入らなくなり、その場に膝をついた。


 あれ、僕はどうしたんだ?

 

 じんわりと後頭部が熱くなってくるのを感じ、振り返るとバールを持って、にやけている男の姿があった。


「黙ってろよ」

 草加部はそう言うと僕の口にタオルのようなものを押し込み三人がかりで押さえつけた。

そして血が顔の方にまで垂れてきた。

 

 草加部は「バカだなお前」と言い、僕のスマホを踏みつけ、破壊した。


「おい、女。コイツ助けたきゃ黙って股開け」

 アキラは涼帆の首を抑えながら言った。


 そして、涼帆は黙って頷いた。


「じゃあ、自分で脱げるよな。さっさとパンツ脱げよ」

 アキラは手を離し、スマホを取り出した。


「なぁ、お前のデビュー作だよ! 俺が撮影してやるから喜べよな」

 アキラがそう言うと男達が笑った。


 涼帆が躊躇っていると、アキラが僕に近づき、頭を踏みつけた。

 

「おい、おいチンタラしてんとコイツ死んじまうぞ」


「わ、わかりました。脱ぎますからやめてください」

 涼帆は涙を流しながら下着に手をかけた――。




 そして、涼帆はただ、僕の目の前で犯されるだけだった。



 


 アキラはことを終えると、車で迎えにきた奴らとこの場を去っていった。

去り際にアキラは「お前らの学校分かってるし、家だって調べりゃすぐわかんだからな? 意味わかるよな? いい子にしてれば今日撮影した動画が学校で流れることも、親が見ることもねぇんだから」と言った。


 他の連中もアキラがいなくなるとバイクに乗り、去る準備をしていた。

「じゃあ、またな蘭丸。あんま調子乗んなよ、こうなんだから」

 草加部はそう言うと、僕に唾を吐きかけた。そして全員どこかへ消えていった。


 この公園に残ったのは、酒の空き缶と黙って座り込む涼帆、そして最低な僕だけだった。


「きゅ、救急車、よ、呼ぶよ。け、警察も」

 僕は涼帆に近づきながら言葉をかけるが何の返事もない。

 

「ぼ、僕のスマホ壊されちゃったから涼帆のか、貸してくれる?」

 僕がそう言うと彼女は立ち上がり服を整え始めた。


「ねぇ、涼帆。救急車と警察に連絡しよ」

「やめて。絶対」

「で、でも」

「でもじゃないよ。このことは誰にも言わないで」

「涼帆……」

「蘭丸くん。もう二度と私に近づかないで」

「で、でも」


「もうあなたのことを愛すことはないから」

 涼帆は歩いて公園の出口に向かった。


「待って!」

 僕は涼帆の後を追った。


「ついてこないで! もう連絡もしてこないで!」

 涼帆は僕を置いて公園を出て行った。



 僕は何も言えず、しばらくその場に立ち尽くしていた。





 それから涼帆は学校に来なくなった。

 当然、僕の連絡も出ない。

 

 涼帆の友達は僕たちが付き合っていたことを知っているため、僕に涼帆のことを聞いてくるが「ごめん、分からないんだ」としか答えられなかった。




 そして、なんとか学校に通っていたがもう僕にも限界がきた。


 僕は涼帆に何をしてあげられるのだろうか、その方法が分からない。


 むしろそんな方法なんて、ないんだと思ってしまった――。




 僕はあれから考えたくなくてもあの事件のことばかり考えていた。


 今も布団の中で考え、眠れないでいた。


 時計を見ると深夜二時を過ぎたところだった。


 僕は寝ることを諦め、家を出た。


 気がついたら僕は学校に来ていた。


 僕はここで涼帆に出会い、人生を変えてもらったんだ。

だから最後もここで終わりにしよう。


 野外の非常階段には扉があって、鍵がしてあるが、扉をよじ登れば越えることができる。

僕は扉を越え、ゆっくりと非常階段を登って行った。


 僕の頭の中では涼帆と過ごしたたくさんの思い出がある。

そしてそれが今走馬灯のように頭を巡っていく。

久しぶりにあの事件以外のことを考えられた気がした。


 会いたい。

涼帆に会いたい。

でもそれはもう叶わないことなんだ。


 僕は屋上に着くともう迷うことはなかった。


 フェンスを越え、屋上の縁に立った。

 

 あとはフェンスから手を離せば終わる。

 

 僕はゆっくりと目を瞑り、フェンスから手を離し、体を前に倒した。


 足がフェンスの縁から離れる感触がわかった。


 胸がスッとし、落ちる感覚が……!?





 あれ? 落ちてるのか僕は? なんの感覚もしない。


 僕は恐る、恐る目を開けた――。


 えっ? どこ?


 僕は飛び降りたはずなのに、本棚だらけの書斎のような場所に立っていた。


「いらっしゃい、蘭丸くん」


 男の声が前方からし、顔を向けると、ドラマで会社の社長が座っているような長机があり、そこの席には誰かが座っている。男は長い髪を後ろで束ね、メガネをかけている。

そして男でも見惚れるような整った顔をしていた。Yシャツにベストを着ていて、まるでどこかの貴族や大金持ちのような雰囲気がする。

 

 僕が呆然と男を見つめていると、男は席から立ち上がり、机の前に立った。


「君、望み通り死んだよ」

 男はそう言うと、机にもたれかかり、腕を組んだ。


「あ、そうですか」

 自殺したはずなのに、少しショックだった。


「驚かないの?」

 男は優しい笑顔を浮かべながら言った。


「この状況にですか?」

「うん、そうだよ」

「ここは天国ですか?」

「現世と天国の間ってところかな?」

「そんなところあるんですね」

 なぜか分からないが僕は今凄く穏やかな気持ちだった。

「悲しくないの?」

「少し……ですかね。ちなみにあなたは誰ですか?」

「なんとなく察しはついてるかと思うけど、神という存在だよ」

「あぁ、やっぱり」

「あはは! もっと驚けばいいのに、リアクションなしとは。君には感情がないのかい?」

「他の人よりかは感情が薄いかも知れません。もう少し感情的になれれば僕は生きていたかもしれません。」

 僕は少し下を向いた。


「知ってるよ、君に何があったか。君というか君の彼女になにがあったかね。いや元カノか! あはは!」

 神は言うと笑った。


「笑い事じゃないですよ! 彼女、涼帆は辛い思いをしたんですから!」

 僕は神を見て少し強めに言った。


「なに事故に遭ったかのように言っているんだい君は? はっきり言って君のせいだろ?」

 今まで見せていた笑顔が消え、冷たい目線で神は言った。


「ぼ、僕のせ、せい? 」

「それ以外何があるって言うんだい? 」

「ぼ、僕じゃなくて、涼帆を乱暴したのは刺青を入れた大きい男でして……」

「おい! 何勘違いしてんだよ、君があの場に行かなければ、あのような事は起きなかった。君がくだらない見栄を張って、悪い奴らとも仲が良いってアピールしたかっただけだろ」

 僕が話し終える前に神は言った。


「い、いや……」

 僕はその場に座り込み、頭を抱えた。

「それに君があの子を守ってあげられるのであれば百歩譲ってヨシとしよう、君は守ろうとしたかい?」

「は、はい。動画を撮って警察を呼ぼうとしました。ただ後ろから殴られるなんて……」

「君はアホかい? それのどこが彼女を守る行動だったんだい?」

「もしあそこで僕が暴力を振るってしまえばアイツらと同じになってしまうじゃないですか? それに余計に怒らせもっと酷い目にあっていたかも知れなかったんですよ」

 神は僕の言葉を聞くとため息をついた。

 

「蘭丸くん。君は逃げただけだよ」

 神は座り込む僕の前に立った。

「ただ、僕は平和的に解決しようと……そう考えただけなんです。逃げてなんて……」

 僕は顔を上げられず、ただ床を見つめていた。

「へぇ、そうなんだ」

 男はやれやれと笑うかのような表情を浮かべ続けた。

「でさ、君はなぜ平和にこだわるのかな? それは他人のため? それとも自分のため?」

「それは……。誰も、誰も傷つかないためです」

「誰も? 君がの間違いだろ?」

「……」

「君は高校三年生の十七歳だよ、若さがある。身長も百七十センチくらいあって、体格が悪いわけでもない。陸上部の部長で足も速いし、体力もある。そんな君が選んだ行動は本当に正しかったのかな?」

「……」

「もう一度思い出してみなよ、あの時のこと」

「……」

「体張って彼女を逃せば良かったのに。むしろ自殺するくらいなら彼女を守って死ねば君も今こんな気持ちではなかったんじゃないかな。君は弱虫だね」

 僕は何も言えず、ただ黙るだけだった――。


「あ、ごめんね! ちょっと意地悪言いすぎたかな? そんな話をしたかったわけじゃないんだよ」

 神はしゃがんで僕の肩に手を置いた。

 

「そんな君にチャンスをあげようと思って君をここに呼んだんだ」

「どういうことですか?」

 僕は顔を上げて答えた。

「君を英雄にしてあげよう、望むなら愛と欲望にまみれたハーレムを手に入れることだってできる」

「はい?」

「君には俗にいう異世界に行ってもらうよ、アニメとかで見たことあるでしょ?」

「まぁ、ありますけど。なんで僕なんですか?」

「それはいずれ時が来れば話してあげるけど、今は言えない。できればその理由は自分で見つけてほしい」

「はぁ、それで僕は異世界に行ってなにをするんですか?」

「異世界にはね、魔王って存在がいるんだよ。その魔王関連でやってもらいたいことがある」

「魔王と戦うんですか?」

「あはは! 何を言ってるんだい! そんなこと君にできるわけないだろ!」

 神は爆笑しながら言った。

「そんなストレートに言わなくても……」

「あぁ、ごめん、ごめん。 君にはね、探してもらいたいんだ魔王を」

「魔王の居場所が分からないんですか?」

「分からないというか、昔倒された魔王が近い内に復活するようなんだよね。私の世界にいる預言者の予言で知ることができたんだ。でも分かったのは復活するということなんだよね」

「復活?」

「そう、だから魔王というか、魔王が復活しそうな場所だったり、新たに魔王になる人を見つけて私に教えてもらいたいんだ」

「神様なんだからそのくらい分からないんですか?」

「本来だったら大体のことはわかるんだけど、何故か調べても分からないんだよ。できればその理由なんかも見つけてもらえるとありがたい」

「ひとつ疑問なんですけど、どうして神様が魔王を探してるんですか? 神様が人間とかの世界に干渉していいものなんですか?」

「その理由も今は言えないんだ、悪いね」

「分かりました」

「それでどうする? 君は異世界に行って第二の人生送った方がいいんじゃないかな? それに死ぬんだったら誰かのために死んだ方がまだマシだろ?」

「……」

「まぁ、強制なんだけどね。」

「じゃあなんで聞いたんですか」

「流れかな? あはは!」

「そうですか……」

「そんな元気のない君に異世界のどんな言語も理解できる力を与えよう」

「は、はぁ。あとは強い武器とかももらえるんですか?」

「あとは君本来持っているものだけで頑張って」

「え、それだけですか? せめてもっと異世界のこと教えてくださいよ」

「うん、魔法がある。まぁ頑張れば覚えられるんじゃないの? 知らんけど」

「えぇ、そんな……」

「あとは必要最低限のお金あげるから。服は……そのままでいいよ」

 神は机に置いてある小さな布袋を僕に渡した。

「制服ですよ?」

「向こうでもそんな格好してる人いるじゃない? 知らんけど」

「知らんけどってなんですか、ハマってるんですか。はぁ。」

「うるさいな君は。とりあえず、もう行って来な!」


 突然、僕の足元に魔法陣が広がり光り始めた。


「ええ、待ってくださいよ!」

「頑張って蘭丸くん。用があるときは連絡するから」

「どうやって!?!?」

「そのうち分かるよ」

「適当すぎませんか!」

 魔法陣から強い光が発せられ、目の前が真っ白になった――。




 なんか今日二度目だな、この感じ。


 ゆっくり目を開けると、両側には煉瓦の壁があり、どこかの路地にいるようだった。


 路地の先から誰かがスピーチしているような声がする。


「とりあえず、行ってみるか」

 僕は路地を抜けた。


 そこには、煉瓦調の建物が並んでいて中世ヨーロッパのような場所だった。僕が出た場所は広場のようなところで、多くの群衆が何かを囲っていた。


 お祭りかなんかかな?


 とりあえず気になったので、中央で何が起きているか確認してみることにした。人をかき分け抜けると……。


「この世の中を腐らせている原因はこれだ!」

 トルコ兵のような服装をした男が剣を掲げ、叫んでいた。恐らく、ここの兵士とか警官とかそんなとこだろう。


 腐らせる原因? なんだ?


 足元を見ると、ロープで手足を縛られた人が寝転んだ状態で、頭を踏みつけられていた。


「嘘だろ?」

 僕は驚きと共にこの世界、そしてこの世界の人々に震えが起こるほどの恐怖を感じた。


 踏みつけられていたのは、チョコレートブラウンカラーの髪に、人形のような整った顔をした少女の姿だった。


「す、凉帆?」


 これから僕は異世界で、どう生きて、どうなるんだろうか。

 


 



 

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