Octet 2  ファサード

palomino4th

Octet 2  ファサード

(快晴の真昼で風が心地よい)

(高台の住宅地に風が吹き過ぎる)

(広田はスーツをまとって玄関脇の椅子に座り待機している)

(スマホを片手にしかつめらしい顔つきだがソーシャルゲームに興じている)

(動じない顔で操作しながら待機している)

(ふと顔を上げる 頭上遥か高くクリーム色の紙片が飛び去ってゆく)

(広田は黄色い凶鳥を目にしたように感じている)

(手首に時計からの振動が伝わる もうじき時間になる)

(ゲームを完了させ椅子から立ち上がる 身体を伸ばし業務に専念する担当者の振りをし 立って敷地前の道路の方を眺めて待つ)


(玄関前の駐車スペースにストーングレイの車が入ってくる)

(車から降りてきた若い夫婦二人 待機していた担当の広田は笑顔とハキハキとした声で迎える)

「シナガワ様お待ちしておりました。道は迷われなかったようですね」

(若い夫婦、夫は垢抜けたポロシャツとチノパンでカジュアルな姿、妻はブラウンのカーディガンにゆったりとしたワイドパンツ)

「今日はどうも、よろしくお願いします」

(夫の声 妻は隣で深くお辞儀をする)

「子供も連れてこれたら良かったんですけどね。保育園の日ですから。お迎えの時間までには家に帰ってなければなりません」

「では早速中の方へ」

(広田は内部へ二人を通す)

(玄関で靴を脱ぎ用意されたスリッパを履き夫婦は上がる)

「新築の匂い」

(小さく妻が呟く)

(リビングに入る)

「明るい色ですね。外からの光もよく入りそうだ」

「ドラマのセットみたい」

(広田は軽く笑い説明をする 天井の照明 隣接するキッチンへの動線)

(にこやかに微笑んで聴いている夫婦 顔を逸らせる妻 どこか冷めた顔で別方向を見ている)

(フローリングの室内を歩く夫婦 コンセントの位置などをぐるりと見ながら仮に入居した時の家具とインテリアの置き場所をイメージする)

(夫はソファの配置とテレビモニタの置き場所を考えている)

(妻はリビングでのハーブ植物の屋内栽培を考えている)

(広田は二人それぞれの反応を見ながら離れて立っている)

(三人でキッチンに移る)

(夫は携行していたコンベックスを取り出して出入り口や隅などの採寸をしてメモパッドに記録する)

「冷蔵庫は新しくね、大きいのを……良いのが使いたいから」

「今のはダメなのか」

「もう長いでしょう、せっかくの新居に運び込んで1年か2年で壊れたら運び込むのが2度手間になるじゃない」

「中古で出物があるかもしれない」

「冷蔵庫と洗濯機は新居と合わせて新調することに決めたから」

(妻の方は強気だ)

(シンクで水道のカランを試す)

(三人で浴室 ユニットバスの説明 給湯からお湯張り・沸かし直しのできるシステムをアピールする広田 室内の換気扇と暖房・冷房および乾燥のついた機構も説明)

(トイレに移動 様式便座には温水シャワーユニットがついている)

(三人は二階へ向かう)

(二階の部屋)

「子供部屋ですね」

(夫は収納スペースなどを見ながら二階からの眺めを見る)

(夫婦には男児がいる)

(夫には会社に隠れて関係を持っている女性社員がいる)

(妻はそれに勘付いている)

「まだ保育園ですけれど、あっという間に小学生、中学生ですからね。後から付け加えるよりもあらかじめフレキシブルに拡張できる余地を考えておきたいのです」

(夫は話している 広田はにこやかに聴いている 妻は冷ややかな目線で見つめている)

(この夫婦は問題を抱えている)

「二階にトイレがあるのが便利だ。家族がストレスなくそれぞれ暮らせるのが良い」

(夫はうなずきながら語っている 同意を求めて妻を見るが彼女の方は冷ややかに視線を逸らす)

「君も良いだろう?ここに決めても良いと思うんだ」

(妻は答えない)

(夫は決めたようだ)

(子供は粗暴な性格に育つだろう)

(数年後 夫の不倫のことが火種になり家族関係は凄惨な状況になる)

(この家族は実質崩壊する未来が訪れる)

(買い手としては相応しくない)

「今日、帰って話し合って、最終的に決めたいと思います。そうですね、今週中には正式に決めて契約の方をしたいと思っていますので」

(夫は広田に告げる 後日契約書を交わすことを約束)

(夫婦は輝くストーングレイの車に乗り出庫してゆく 広田は出てゆく車を見送る)

(広田はスマホを取り出し営業所に連絡を入れる)

(夫婦……夫の反応は良く物件は成約までゆく見込みであることを伝える)

(だがそれは実現しない)

(後日 広田には連絡があるだろう)

(あの若い夫婦は交通事故に巻き込まれ負傷する 契約はキャンセルになり彼らがオーナーになることはない)

(心配しなくても もっとマッチする客はまだ来るだろう)



(快晴の真昼で風が心地よい)

(高台の住宅地に風が吹き過ぎる)

(一月後 新しい内見の希望者が訪れる)

(広田はいつもどおりの担当者の笑顔で迎える)

(車を降りたつ壮年の夫妻)

(妻の方が正面を見て口にする)

「正面から見ると何か人の顔に見える」

(「私」の顔に気がついたようだ)

(夫は笑う)

「……ほんとだ。でもそういうのはちょくちょくあるものだろう。「シミュラクラ現象」って。三つの点が両目と口に見えたらどうしても顔に見えるんだ。壁のシミも材木の木目も」

(広田がドアを開く 内見が始まる)

(そして 彼らが相応しい家主たちであるのか 「私」はじっくりと観察を始める……)

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