人の家を内見する人はバカ

脳幹 まこと

人の家を内見するのはバカ


 これは私が部屋でくつろいでいた時の話です。


 呼び鈴が鳴らされたので出てみると、見知らぬ男の人が出てきました。

 服装からして宅配業者ではなさそうです。


 用件を聞いてみると、内見をしに来たとのことでした。


「人の家を内見しないでいただけますか」


 世間の常識をお伝えすると、男の人はキョロキョロした顔をして言いました。


「すみませんが、あなたは奥さんでしょうか」


 何を言ってるのか分かりません。私はずっと一人暮らしです。

 発言の意図を考えているうちに、男の人が突然部屋の中に上がり込んできました。

 そして人の家を勝手に一周しておいて、最後にこう言いました。


「住みたいなあ、ここにしようかなあ」


 この人はおバカさんなのでしょうか。


「美味しそうなお茶うけがある。食べよう」


 私の制止も聞かず、男の人は私が食べていた美味しいミルフィーユに手を伸ばし、むしゃむしゃと食べてしまいました。


「このお茶うけはとても美味しいですね。あなたもいかがですか」

「もう食べました」

「そうですか」

「気が済んだら帰っていただけますか。ここは私が暮らしています」

「そうなんですか。内見して気に入ったので、ぜひとも住まわせてください」

「ダメです。警察を呼びます」


 男の人は「警察」という言葉にたいそう驚いたようで、すごすごと去っていきました。帰り際、内見の記念にと台所洗剤を一つ持っていきました。


 やれやれ。


 私はすぐさまドアをかけ直し、念の為にチェーンロックもしました。

 今日は呼び鈴が鳴っても絶対に応答しないと心に誓いました。


 その後、私は部屋で元通りくつろぎました。実家にいるかのように安らげるのは私の稀有な能力です。

 良い機会だから、今日は見たかったドラマをこの大画面のテレビで一気見しよう。


 そう思って電源を入れようと思った瞬間、玄関の鍵がガチャと開いた音がしたのです。不意の来客でした。


 これまた間が悪いなあ、萎えるなあと思いました。急いでかけ直そうとしましたが間に合わず、ドアが開きました。

 チェーンロックががちゃがちゃと音を立てます。念の為にかけておいて良かった。


 先ほどと違う男の人が、ドアの隙間から驚いた顔でこちらを覗いていました。

 とても気まずいのですが、気を利かせて笑顔を作って挨拶しました。


「こんにちは」

「あなた、誰」

「内見しに来た内藤です」

「人の家を内見しないでください」

「分かりました」


 チェーンロックを外してあげると、勢いよく開きました。転倒でもしたらどうするつもりだったのでしょうか。

 私の制止も聞かず、ずけずけと部屋の奥まで侵入されました。

 違う男の人はミルフィーユの空箱を指して怒鳴りました。


「人の海外土産を勝手に食べないでください」

「食べたのは私だけではありません」

「そんなこと関係ありません、さっさと出ていってください。たとえ女性でも容赦無い処置をしますよ」


 ここまで強情だと仕方ありません。寛大な私はいそいそと去っていきました。

 勿論、洋菓子の他にも色々と拝借しています。抜かりはありません。


 ともかく、また別の家を内見しにいかないといけません。それが私の生き方なのです。


 ヤドカリみたいで可愛いでしょ?

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