魔王、めっちゃ普通の家に住んでた。
@kumehara
第1話
「いかがでしょうか? 新築、5階建て、日当たり良好、50LDKの一軒家、王都の端から徒歩10分の好立地。周辺には飲食店、宿屋、病院、自警団の駐屯地などがございます。ご希望であれば、専属のハウスキーパーを派遣することも可能です」
「……駄目だ」
「かしこまりました。参考までに、どの点がお気に召さなかったのでしょう?」
「立地に決まっているだろう! どこの世界に、王都の徒歩圏内に根城を構える魔王がいるのだ!」
皮膚も臓物も簡単に突き破れるほど鋭利な爪を携えた指をブンブンと振りながら、魔王が猛抗議を入れる。眼前に凶器を突き付けられたエルフの女性は、しかし表情を一切変えることなく、ただ静かに自身の眼鏡を押し上げた。
「ですが、ご希望いただいた『圧倒的な広さ』と『アクセスの悪さ』を両立させる住居は、なかなか見つからないものでして……。せめてどちらか一方だけでも、外していただくことはできませんか?」
「ならん。最終ダンジョンなのだから、普通の人間にはたどり着けない場所にあるべきだ。その上で、入り組んだ迷宮を創るスペースや、勇者一行と戦えるだけの十分な広さも要る」
「……左様ですか」
勇者にカチコミをかけられないよう部下を鍛えるという選択肢は……との意見は飲み込む。人間族や魔族といった種族の壁を作らず、全ての顧客に満足してもらえる住居を紹介するのが、彼女の仕事なのである。相手の事情を必要以上に詮索することなく、ただ業務をこなせば良いだけだ。例え、その相手がRPGの
「もっとこう、険しい岩肌に囲まれた洞窟だとか、荒れ狂う海流に囲まれた孤島だとか、そういう場所はないのか?」
「はあ。一応、弊社にはそれらに該当する物件もございます。……あまり、ユーザー様からの評価は芳しくありませんが」
「構わん、見せろ」
「かしこまりました」
淡々と答えた彼女が、腕輪のはまった自身の右手を空へと翳す。間もなく、腕輪から発せられる白い光が辺りを包み込み、二人の体をその場から跡形も無く消し去った。
二人の体が出現したのは、王都から遥かに遠ざかった辺境の地。薄暗い森の奥深くで、目の前には巨大な洞窟がある。
エルフの彼女が装備しているのは、職場の備品である
「到着しました。こちらが、『険しい岩肌に囲まれた洞窟』というご希望に近い物件です」
客である魔王を連れて、速やかに内見を開始する。天井は高く、間取りも広く、全体の見通しは悪い。文字通りの、一寸先は闇だ。どこから敵が飛び出してきてもおかしくない内部構造に、勇者一行も気が抜けなくなるに違いない。
「ほう、悪くないな。……しかし、少々、一本道すぎる。先が見えないのは魅力的だが、迷う心配もないから、すぐに攻略されてしまうぞ」
「自然にできた洞窟ですので。ご契約が完了した後でしたら、お好きに手を加えていただいて構いません。ただ、耐震性や耐久性は保証しかねます。別途、費用も必要です」
「むう……」
「それから、すでにお分かりかと存じますが、音がかなり反響します。あらゆる生活音を、大迫力のステレオサウンドでお楽しみいただけますよ」
「要らん……」
「お気に召しませんか?」
「召さない。次だ」
「かしこまりました」
早々に内見を切り上げると、二人は再び白い光に身を預けた。
次に訪れたのは、断崖絶壁の上にそびえる禍々しい建造物の前だった。見渡す限り、周囲はひたすら海。常に時化ていることで有名な海域であり、暴風、高波、渦潮の三連星が侵入者の上陸を拒んでいる。歴戦の勇者であっても、簡単にはたどり着けないに違いない。
「到着しました。こちらが、『荒れ狂う海流に囲まれた孤島』というご希望に近い物件です」
「おお!」
魔王のテンションが、ちょっとだけ上がった。なかなか好感触のようだ。気が変わらないうちに、と物件の内見を始めた。
「こちらの建物は、数世代前の魔王様が拠点として使用されていたものです。その為、築年数はそれなりですが、こまめに清掃業者が入っているので、内装や設備は綺麗な状態を保っております」
「ほう、中も入り組んでいて、最終ダンジョンに相応しい風格だ。さすがは先代!」
「はい。……ですが、こちらは日当たりとアクセスが非常に悪い物件ですので、予めご了承ください」
「それがなんだと言うのだ」
「まず、日光が届かない為、植物や農作物の類が一切育ちません。そして食料がないので、動物もほとんど生息してはいないでしょう。海も先ほどご覧いただいた通り荒れ狂っておりますので、外での釣りも絶望的です。自給自足は不可能かと思います」
「…………」
「その上で、本島へのアクセスも容易ではない為、物資や食料が手軽に調達できません。ご自身が空を飛べれば少しは違うかもしれませんが……失礼ながら、お客様は、飛行することは可能でしょうか?」
「最終形態に変身すれば、多少は飛べるが……」
「お腹が空く度に最終形態へお
「……先代はどうしていたのだ」
「先代の魔王様がお住まいだった頃、ここはまだ孤島ではなかったのです。本島と繋がる陸の通路がありました。ですが、勇者一行が攻め入ろうとしていることに気付いた先代様が、機を見計らって通路を破壊し、通行不能にしてしまわれた……と伺っております」
「……そうか」
「いかがなさいますか?」
「…………遠慮しておく」
「かしこまりました。……僭越ながら、ご希望の全てを叶える物件のご紹介は、難しいかと存じます。つきましては、当初のご希望である『圧倒的な広さ』と『アクセスの悪さ』のみを確実に叶える物件探しに尽力させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もう、それで良い……。なんだか、疲れた」
「内見は、想像以上に疲労やストレスが溜まるものですからね。魔族の王であっても、例外ではないのでしょう。それでは、どうぞこちらへ」
うんざりした顔の魔王と無表情のエルフの体が、再度光に包まれた。
数ヶ月後。
魔王討伐の報せが届いた王都では、勇者一行を迎える準備が進められていた。世界各地を旅して、魔族との激闘を制した彼らは、まごうことなき英雄である。精一杯の労いをしようと、王も庶民も人外の種族も、皆が集まって賑わいを見せている。
そんな中、若者世代を中心に人気のSNSにて、とある戦士の投稿が話題を呼んでいるらしい。噂を聞いたエルフの女性は、会社の備品をちょこっと借りて内容を確認してみた。
そこには、田園風景の広がるだだっ広い土地に、ポツンと建てられた一軒家の画像が掲載されていた。都会から離れた、交通の便のひたすら悪そうなド田舎である。敷地面積の計測が難しい広大な平屋は、周辺の景観を損ねない雅な造りだ。ご丁寧に「魔王」という表札までかかっている。そして邸宅の周りには、農作業による食糧確保を試みる魔族の姿。
画像と共に添えられた、「魔王、めっちゃ普通の家に住んでた。」という一文を見て、エルフの女性はクスリと笑った。
魔王、めっちゃ普通の家に住んでた。 @kumehara
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